ジジイ
倒れるとはまたベタだな。あれ?本当に気を失ってるぞ?とりあえず両脇を抱えて台に寝かせておこう。
さっき干して置いた鯖蟹に陽が当たってくれている。気候は春に近く、とても穏やかな温かい風が吹いている。しまった。鯖蟹の半分は煮干しにすれば良かった…。生干しは保存性が低い。
そういえばここには『夜』が存在するのだろうか。今朝プウに会ってから長い事経っているが、陽はまだ真上にある。体感では24時間は経っていると思うのだが。
……不思議と疲れてはいないし、眠くもないが。猫も元来1日14時間程寝るのはずなのだが、隣で相変わらず元気に「めし〜」と要求している。後でまた色々と四葉に聞いてみよう。
杓子を鋏に変えて、腰に吊るしていた蛇皮袋から取り出した蛇干し肉2枚を細かく切り、しゃもじに与える。…本当に良く食うな。太るぞ?
デブな猫もかなりかわいい事はかわいいけど、病気が心配だ。太らせないようにしなければ。
……待てよ?蛇の時は叩いたら干し肉になったよな……。何で魚はならないんだ?と思い、鯖蟹の様子を見に行ってみると、既に完成していた。まだ2時間も経ってないのに。もしかしたら完成品を干していたのかもしれない。良く見ろよ俺。
杓子を焼き網に変える。調理道具には問題なく変わってくれるな。鯖蟹を1枚乗せてみると、煙が立ってきた。どうやら焼けているようだ。便利じゃないか。
食べてみると……淡水魚だ。鯖みたいな形をしているが、岩魚のような味がする。
蛋白で、軽く解れていく身を口に入れると、炭火で焼いたかのような淡水魚独特の香りが鼻を抜け、絶妙な塩加減と相まって旨味が広がっていく。……塩!?いやまぁ、今更驚く事もないか。杓子がある限り、料理の点では何も困らない。出来るだけ魚は頭から骨まで丸ごと食うのが俺の流儀だ。……頭も骨も旨いじゃないか。
ふとしゃもじに目をやると、台の上の四葉の隣で伏せていた。やっとお腹が満たされたのか、そのまま前足に首を置いて寝てしまった。
猫が人の隣で寝るのは警戒心が薄れた証拠、要するに無害な人と認識したのだ。お前な……会ったばっかの人に気を許してんじゃねぇぞ?妬くぞコラ…。俺の隣に寝るまで2年も費やしたくせに!!
まだまだ元気な俺は、台の上で眠る2人から20メートル程離れた鳥の頭の形をした花を調べる。周りにも花はあるのだが、見渡した限りこの花だけが空色だからだ。
こんな猛毒草『トリカブト』のような花だが、俺は花が好きだ。2センチ程の小さくも可憐に咲く花……素晴らしい。
『ギギギギギ……』
根本から何かカミキリ虫のような鳴き声がする。試しに茎を軽く引っ張ると『ギャギャギャギャギャ……』と声が大きくなった。禿げたお爺さんの頭の様な根が見えた。……俺は何も見なかった聞かなかった!!うん。花は良いなあ。
さてさて!この場からいち早く離れて、杓子の変化範囲について実験でもしようかな!!そうだ。せっかくだから四葉を起こして、色々聞きながら……
「おい!お主!!」
俺が四葉としゃもじが寝る台に戻ろうと踏み出した瞬間だ。昔テレビで観た目玉だけで動く変な妖怪のような耳に突き刺さる高い声が聞こえ……ないわ。うん。聞こえない聞こえない。
「儂を起こしてそのまま去るとは何事じゃ!!」
ダメだ。回り込まれた。
頭に青い花を生やした間抜けなお爺さんが立っている。俺の靴を手の平でペチペチしている。身長は10センチ程か?周りの真っ青な草の為に胸から上しか見えないが、目が細く、シワシワな顔をしている。小さいのに造型が細かいな……当たり前か。生きているっぽいし。
「これだから最近の若いもんは……儂が若い頃はもっと好奇心にあぴぎゃっっっ!?」
反射的に蹴り飛ばしてしまった。何を?……知らない知らない。ただの草の根をだ。大体にしてピーピーとうるさい甲高い声なんてしゃもじだけで充分だ。
おー弧を描きながら豪快に飛んでったなぁ。あっ落ちた。10メートル程飛んだ。……起きた。こっちを睨んでるな。……あ、やばい来た。ガサガサガサガサと音を立てながら10メートルの距離をつめるのに、2秒とかかってない気がする。速いね。
「いきなり蹴り飛ばすとはどういう事じゃ!!」
ノーダメージか。まぁ軽く蹴ったしな。
「いやだって…怖いし。」
「怖いじゃと!?花の妖精である儂が怖いとは……随分とまぁ臆病な奴じゃな!!」
なん……だと……?
「今何て言った……?」
「お主は随分と臆病、と言ったんじゃ!!」
「そこじゃねぇ!!お前は何者だと言った!?」
「ほ…?花の妖精じゃが?」
はぁぁぁぁあああ!?大概にしろよこのジジイが!!
「妖怪の間違いだろ…?」
「失礼な奴じゃな!妖精じゃ!何じゃお主は。擬態した儂を直ぐに見破ったくせして。儂に用があるんじゃないのか?」
嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!!!止めろそれは止めろ!
擬態?出来てねぇよ!!不自然にお前の花だけが青いじゃねぇか!!
「何じゃその目は?良かろう。それ程信じられぬと言うならば、ここら一体を花で埋め尽くしてみじゃばらっっっ!」
また反射的に蹴り飛ばしてしまった。だってそんな神秘的な事をあんな説教臭いジジイがしようとするなど許せる訳もない。
……あ、また立ち上がってこっちに駆け寄ってきた。元気なジジイだ。ぜぇぜぇと肩で息をしているが。
「年寄りを労れぃ!!」
「年寄りったって、妖か……」
「妖精じゃ!!」
もう良い。解った解った認めよう。妖怪な。
「……お?解ったようじゃな?なら良しとしよう。」
腕を組み、うんうんと頷いたジジイ。腕あるんだ!?
「それよりお主は……まさか『人』か?」
……ジジイなら色々知ってそうだな。試しに聞いてみるか。
「そうだけど……何か?」
細い目を見開いて驚くジジイ。開いた所で、髪の毛がタコヒモになった程度だが、マジマジと俺の全身を観察する。
「あ…いや珍しいのぉ。人がこんな所に居るなんてな。」
「『人』が何だ?何かあるなら教えてくれ。」
「お主は……なるほど。純朴な眼じゃ。悪魔とは契約していないのじゃな?」
悪魔?……まぁ獣人が居て、精霊が居て、妖怪が居りゃ悪魔も居てもおかしくないわな。
「俺は精霊と契約している。とりあえず話してくれ。」
俺の言葉を聞いたジジイは息を吐いた。何だ?悪魔が怖いのか?妖怪のくせに。
「でものぉ……二度も蹴飛ばされたしのぉ……。タダでと言うのはチト図々しいのじゃないかのぉ?」
手を組んだまま斜めを向き、生意気な顔をした。クソジジイ…………。
「……これしかないが。」
俺は皮袋からお木の実焼きを一欠片取り、差し出した。ジジイは斜めを向きながら片目でお木の実焼きを確認する。そして喰い始めた。……植物じゃねぇのか。光合成してろよ。
「もぐもぐ……まぁ…いいひゃろ。おひへてひゃりょ…もぐ…ゴク。」
いい加減にしろよこのクソジジイ。




