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猫と杓子がやたら強い。  作者: しゃもじ派
『人』の世界
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「いるじゃん!(にわとり)!!!」


俺の前をこっこっこっこと平然と通りすぎる鶏。鶏にしては少し、いや大分大きいか。


森の中に広がった小規模な草原に()()()いた。何羽だこれ……100はいそうだ。


「あぁ『不飛鳥(ふひちょう)』じゃな?どこにでもおる最弱の魔物じゃな。」


「食わないのか?」


「そうじゃなぁ。霊力含有量が多い訳でもないしの。普通の動物にも負けるのに、何故魔物なのかわからん程じゃ。」


度々耳にする『霊力含有量』。この世界の奴等はこればっかだ。霊力含有量が高くても美味しくないものだってある…だろ多分。今のところないけど。


確か魔物、モンスターは生物が高い霊力を持って巨大化したもの、だったか?


でもじいさんがモンスターってことは特に大きさは関係しないのか。


「魔物化してもあまり大きさが変わらん種類の虫を補食するんじゃが……さほど霊力が上がらんようじゃなぁ。」


単純に管理されて飼育されたものではないからそうなるのか?


ぜひ何羽か連れて帰りたい!!原則1羽1日1個だからな鶏卵は。前の世界ではスーパーで1つ15円程度の安い物なので、実はかなり希少な物だと知る人は少ない。


そのシステム可され過ぎた『養鶏』に物議を醸されていたが、結局皆大好き鶏卵の魔力に、口を閉ざさざるえなかったのが現実だ。あんな美味い物を手放す事なんて出来るわけがなかったのだ。


鶏のオスメスの違いは分かりやすく、飛ばないので捕まえやすい。まして霊力が使えるこの世界では殊更容易だ。


霊力の檻に、霊力手で次々と捕まえる。オスメスで10羽ずつでいいか。増やせばいいし。


「レラ。この草原に卵が沢山落ちてるはずだ。拾い集めてくれるか?」


「うん!まかせて!」


無精卵やら有精卵やら育ち途中の卵やら色々あるだろうが、選別や洗浄は後だ。とにかく3日後には目玉焼きを作らなければいけない。


………ん?3日?


そういえばここは1日48時間の世界か。鶏の産卵周期はどうなるんだ?1日1個だから、やはり48時間に1個か?


拾った卵は増やす用にしたら間に合わないかもしれない…。


「お兄ちゃん!足長不飛鳥の卵もあったけど…どうする?」


足長不飛鳥……足長……ダチョウか!?


となると________でかい。何だこれでか過ぎだろ。足長とかそういうレベル軽く越える。遠目からこれ石だと思ってたわ。


2メートル近くありそうな巨大な卵。…まぁ一先ずこれで作ってみるか。


それより肉だ。マグロと牛肉の中間のようなクセのない味わいのダチョウ肉。鳥というよりは馬肉や鹿肉に近い赤身肉を食いたい!


「その足長不飛鳥の本体はいないのか!?」


「え?いるじゃんそこに。」


レラが指差した先は木だ。俺の隣の横縞模様の幹と鳥の足みたいな根が特徴的な木。ん……?鳥の足みたい…?


そっと上を見上げてみたら、そこには普通に葉が生い茂っているだけ________じゃねぇ!?これ葉じゃなく羽毛か!


千里眼で上空から確認した所、超巨大なダチョウの首から上が森の中から突き出していた。()()()()()()


この森の一部は木ではなく、ダチョウの体で出来ているらしい。


そして肉だが、諦めざるを得ないようだ。試しに千里眼でダチョウの羽の中を覗いてみたが、スカスカだ。


2本の足から首が生えているというのが正しい。


さて、一応ダチョウの卵を使った目玉焼きの味見をしておくか。城で披露する以上、失敗は許されないからな。


ダチョウの卵の調理は気室を見つける事から始める。通常は暗い部屋で懐中電灯を当てながら探すのだが、この大きさとなると大変だ。


そもそも通常サイズのダチョウの卵だって金槌で割る。気室を見つけ霊力手で強目にどーん、とやるとヒビが入った。


そこからペリペリと殻を剥がしていき、中身が出るくらいの穴になったら、一気にフライパンにどーん。それか真ん中に一周ヒビを入れてから、鶏卵の割り方でどーんでも良い。


注意が必要なのは、殻と中身の間にある薄皮。これがダチョウの卵はとりあえず臭い。


改めて中身をみるとでかいなぁ。これで全員分いけるだろうなぁ。などと考えながら加熱。


ダチョウの卵はあまり火を通さずに食べるのが美味しいのだそうだが、とりあえずちゃんと固めてみようと思う。


「足長不飛鳥の卵って食べれるの…?」


「ん?食べてみればわかるよ。」


しっかりと加熱された目玉焼きは、黄身も固まる程度。ダチョウの卵は鶏卵に比べ水っぽいから、生食には向かないのだが…


「うん。普通の目玉焼きだ。」


当たり前だが、恐らく誰もが言ってしまう感想だと思う。ダチョウの卵を加熱すると、思いの外鶏卵と似た味なのだ。


「本当だ!美味しい!!」


「これは……!!霊力含有量が高いのぉ!!」


もちろん杓子から出した醤油をパーっとかけてある。そんなの美味いに決まっているだろう。


これなら納得してくれるはずだ。







テレサ帝国へ戻り、『テレサの台所』に養鶏を依頼すると同時に、乳製品の進捗具合を確かめて3日。


チーズやヨーグルトは発酵に時間がかかるものだし、そもそも発酵の概念がないのでかなり難航しそうだが、生クリームとバターについてはもうかなり形になっていた。


勿論オリーブオイルも出来ていた。


どうやら遠心分離を"回転系"スキルの『人』を雇って成功させたらしい。


"回転系"……。回転といっても様々あるらしいが。この国では他にどんな需要があるのだろう…。


そして約束の時。俺はテレサ城のキッチンに立っている。


キッチンとはいえ、大きなテーブルと、何かを焼く煮る用の(かまど)や鉄串、大小な鍋があるだけの簡素な一室。


ん?いや石窯がある!!あ、パンか!?


「ティムウラのカードに書いてあった物を再現した調理器具だ。パンを焼く時に使う。あぁ、ここの器具は全て使ってくれて構わない。」


説明をしてくれたのは料理長のタモン。是非ともティムウラの技術を、との事でこの広い厨房が狭く感じるくらいのギャラリーが集まっている。


器具は使わないけどね。霊力の方が楽だし。


「で、では皆様!これより義兄のスキル"調理(アートオブクッキング)"による『めだまやき』及び『おむれつ』の調理を開始致します。ぜひ近くでご覧ください!」


ちゃんと霊力具現化してよね!と小声で俺に念押しするレラ。わかってるわかってる。


俺が霊力袋から2メートルの卵を2つ取り出すと、周囲がざわめきだした。


そりゃそうだ。こんな卵どうすんだ、ってね。


「ま、ま、まさか、キリムの石!?」


「あんな固い物を食うのか!?」


「いや、中身のねばついた水かもしれんぞ?」


キリムの石、ねばついた水……。何て勿体無い世界なんだ。


「足長不飛鳥のいる森の名前が『キリムの森』。そこに落ちてる石だからキリムの石。」


もう解ってきたレラが、何も聞かずとも小声で教えてくれる。いい子だなぁ本当に。


まずは金槌を具現化し、卵に一周ヒビを入れると、「おぉ…!」という感嘆の声が響く。


それを具現化したドでかいフライパンに________


「ん!?んんん!?どこから出したんだあの鍋!?」


タモンが乗り出すようにレラの肩を掴む。


「い、如何なる場所、時間、気候であろうとも、自由で大胆な調理を可能とするスキルが、おにい……義兄の『調理(アートオブクッキング)』なので…す!」


「何か…歯切れが悪いな、少年……。」


「ま、まだ解らない事が多いスキルなので……」


懸命に色々と誤魔化してくれているレラを横目に見ながら、俺は調理を続ける。


目玉焼きを弱火で加熱している間に玉ねぎ、人参、セロリを炒め、そこに角切りにしたトマト、粉末状にしたナッツを加える。


トマトの皮は賛否あるが、俺は食感の1つとして残す事を選ぶ。


酒実のジュースを加えて、軽く煮込み塩で味を整えると、トマトソースが完成。


もう1つの卵を割り、ボールの中に卵の3分の1の羊乳を足してかき回す。空気を混ぜるようにふんわりと混ぜるとふんわり仕上がる。


強火で熱くしたフライパンにバターを溶かし、バターが溶けきらない内に卵液を流す。固まった所を真ん中に集めるように箸で混ぜる。


『もう少し火を通そうかな…まだちょっと生っぽいな…』と思ったら火を止め、簡単に丸めながら余熱で火を通すとふわとろオムレツが完成する。


水を加えて蒸し焼きにするベースドエッグで仕立てた目玉焼きには単純に塩を振って提供しようか。


「……まさか完成か??」


タモンが唖然としながらぼやくように言う。


「完成ですよ。運んでください。」


「…そうか。参考になるもなにも、気が付いたら終わっていた。誰か何をしたか解ったものはいるか?」


ギャラリーに声をかけるが、首を縦に振る者はいない。フライパン自体ないし、仕方ないのかもしれないが…。


まぁ『テレサの台所』にレシピ、乳製品、オリーブオイルの用途、各野菜類の栽培、養鶏を託してあるから大丈夫だろう。







王族の食卓に立ち入れる訳もなく、しばらくしてから再び王の間に呼ばれた俺とレラ。


大臣と護衛の騎士達をチラッと見ると『ヒィッ』と小さく震えたのが見えた。


うんうん。食をバカにする奴は食に怯えながら生きるといいのさ。


「確かにこの世の物とは思えぬ美味だった。この城の料理人が作るのは可能か?」


テレサ女王は興奮を抑えるように、努めて冷静に言葉を発しているように見える。まぁトマトソースをかけたオムレツなんて舌の肥えた前の世界でも人気料理だったしね。


「えぇ。『テレサの台所』に全て託しましたので。」


「なに?………あそこは国営の市場だぞ?」


ん?まずかったか?勝手な事をした…いや、でも別に悪い事ではないよな?


「あ、いや、すまない。恐ろしい程の国益になるのでな。お前の望みを聞くのが少し怖いよ。」


俺の顔色を伺ったのか、すぐに女王が言葉を足す。確かにこの世界ではレシピは売れる。しかも恐ろしい金額で。まぁそんなにお金があっても仕方ないけど。


「自分の望みは3つ。まず1つ目が図書館への立ち入りの許可を頂きたい事。」


「…………ん?んん!?そんな事で良いのか……?」


「ええ。2つ目。パナセアを1つ頂きたい事。」


「パナセアを1つ…やっとそれらしい望みだが、1つでいいのか?お前の功績から考えると宝物庫まるごとの価値はあるぞ…?」


「そして最後に、城の入り口にある獣人の石像を全て譲って頂きたい。」


「「「!?」」」


3つ目の願いを口にした瞬間。ピリッと空気が張り詰めるのを感じた。


テレサ城門をくぐって直ぐの中庭に、様々な種族の獣人の石像が並んでいた。そしてそれが『人獣対戦』の()()()だと聞かされた時、俺とレラは言葉なく決めていた。


恐らくこの像は、テレサ女王のスキルによって石化させられただけ、すなわち助けられるのだろう。


しかしただ石化を解除するだけだと、当然とんでもない混乱が起きる。盗むのもリスクが高い。よって……


()()()()()()()()()()()()()()()のが好ましかった。


「お主とレラで城など潰してしまえば良かろうよ。」等と物騒過ぎる事をじいさんが言っていたが、確かにそうだ。武術大会を見る限り、レラが本気を出せば敵になるような存在はこの国にはいない。


これで願いが通らないようならば仕方がない。また違う手を考えるしかない。


そんな事を考えていると、女王がふぅと息を吐き、落ち着いた口調で言葉を発した。


「お前達程強力な霊力を持つ者が存在している時点で国家としては危機だ。しかも獣人の石像をよこせと言ってきた。それだけなら即刻首をはねる所だが、調理法だけではなく、それに関わる農業や産業にと多大過ぎる国益をもたらした。________なぁ聞かせてくれ。どうしてそれを望むのだ?」


答えによっては全ての敵意が向く空気。背中に嫌な汗が通るのを感じた。

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