市場
やってしまった。
王室で大臣と兵士を縛り付けて熱弁。
これは本当に死刑かもしれない、と思ったのだが、女王からは意外な言葉が出た。
「お前がメダマヤキを知っていた事実はこの際は良い。が、長い説明より実際に食べてみたほうが早かろう?皆をその気にさせたお前には食べさせる責任があるな?……作れ。」
そう言われてぐうの音も出ず、勿論作る事にした。
「ここにいる皆を満足させる事が出来たなら、望む褒美をとらすぞ?」
その一言で俄然やる気が湧いてきた!
まずは調達、運搬だ。城から軍を出すと言われたが、丁重にお断りをした。
余裕を持って3日後に振る舞う事を約束し、城を後にした。
「本当にお兄ちゃんといると退屈しないね。」
と苦笑いのレラは、市場に並んでいる謎の木の実を手に取りながらぼやく。
「流石に『人』族の市場に卵はなかろうよ…。」
そう言うのはストラップジイさんだ。
地面に置かれた籠に入れられた様々な食材が並ぶ市場。
そこには自分が知るマーケットのような、色とりどりに綺麗に整頓された空間では全くなく、一言でいえば乱雑。一応カテゴリ分けはされているような気がする、ぐらいの乱雑さ。
獣世界の食材街のような品揃えもない。あるのは酒実とそのツマミになるようなナッツや小魚。少量の野菜のような草と、緑や紫の小さめな果実、何かの肉……あ、羊乳がある。
木村さんはどうやら食を広められた訳ではなさそうだ。生でも食えるが、焼いたり茹でるとまた違う味になる、と店員の兄さんから説明をうけた。
「兄さん達は妙な格好をしているが、旅の人かい?」
妙な格好といわれるのも無理はない。ここの国の人達は皆、少し茶色く濁った白地の服を着ている。…着るというよりも巻くに近いその形で食ばかりか、衣服にも興味が無いことがわかる。
「ええ。ちょっと料理を研究しながら旅をしていまして。」
「あ!?なんだ、『研究者』かよあんた!」
明らかにがっかりした様子を見せた店員。…あ、そういえばバトラはどうなったんだろう。ナッツ渡せなかったな。
「________ん?持っていかねぇのか?」
「そうだなぁ。羊乳は沢山持ってるし…ナッツをもらおうかな。………って金ないわ!」
「あるよ。お幾らですか?」
レラが奢ってくれるらしい。……本当に情けないな俺…。
「金払うのか!!?」
何だその変なツッコミは。
「僕達は国家研究員ではないので、ちゃんと払いますよ。」
国家研究員…。料理のか?あぁバトラの求婚相手?
「何だよびっくりさせんなよ。あいつら金も払わねぇで商品持ってくから、俺らからすればモンスターよりタチが悪いんだよな!」
軽快に笑いながら悪態をつく店員。モンスターか。ジジイもモンスターって言われてたな。
「物々交換ってのも可能ですか?」
そう聞きながら霊力袋からサク取りしたマグロを取り出す。霊力袋は何でも幾らでも入るし腐らないから、調子に乗って足の生えたマグロを乱獲したのを思い出したのだ。
他にも大樹がとってきた大角鹿だったり、イワシだったりカニだったりうなぎだったり米だったり。色々とかなりのストックがある。
「ん…?これは…?何かの肉のようだが……。________!!?ま、まさかこれ『アシサカナ』じゃねぇか!?」
興奮を抑えきれない店員の話では、アシサカナとは水生のはずの魚が何らかの理由で霊力を高く持ち、巨大化及び陸生化したものを言い、その霊力含有量の高さからかなり重宝されるらしい。
更にモンスターが蔓延る人世界では、かなり珍しいもののようで、相当の価値があるという。
「ま、まさかとは思うが……これって、皮がやたらと厚いツルッとしてて目がくりっとしてる……」
「…ん?あ、あぁマグロですね。」
「まぐろか!!?ほぇー。これがかい。ほぇー。」
ちなみに霊力袋の中にはカツオもある。何尾かは鰹節にしようと思ってはいるので、こちらは売りたくない。
キラキラとした目でまじまじとマグロのサクを見つめる店員だったが、すぐに表情を曇らせた。
「いや……ダメだ。これに見合う品が無い。仕入れる金もない。」
ただで捕ったマグロにとても高値をつけて下さっているようだ。
「いや、沢山あるから安くても大丈夫ですよ。」
俺は命を懸けていないし、漁獲に苦労した訳でもない。というかこの世界のマグロはとにかくデカいから、1尾でかなりのサクがとれる。
むしろこのマグロという魚の美味さを知って欲しい。
「いや、しかし……ううん……。」
とにかく渋る彼は、あくまでも商売人なのだろう。タダより高いものはない。
「よし!じゃあ皆で食べましょうか!」
「_______へ?」
とはいえ、だ。杓子を使った料理を公表する訳にはいかない。となると醤油が使えず、マグロの極一般的な食べ方である刺身の選択肢がなくなる。
大豆はあるから後は小麦があれば醤油の生成は可能だが…現状杓子を使わない調味料は九尾の里産大豆で作った味噌と岩塩だけ。となると……
「この実を幾つかもらいますね。」
店先に並んだ緑と紫の木の実。これは見覚えがある。
具現化したボウルに木の実を入れ、手で潰していくと豊潤だが少し青臭いような香りが漂う。
簡単に潰した後、布にくるんで搾る。この実は『もう限界です!』ってぐらい搾ってからもまだしつこく果汁が出るので、根気が必要だ。
出来上がったジュースをしばらく置くと果実部分が沈殿し、油分が浮き上がる。その上澄みの部分の油がオリーブオイルだ。
皿に広げるように並べた薄切りのマグロに、九尾の里で食べたレモングラスもどきを散らす。そこに搾りたてのオリーブオイルを回しかけ、砕いた岩塩を振る。これでマグロのカルパッチョの完成だ。レモンがあれば最高だが、今のジジイに出してもらう訳にはいかない。
更にマグロのアラでとった出汁に、角切りのマグロとざっくり切ったネギを加え、味噌で味を整えれば、『ねぎま汁』の完成だ。
炊き出しのようなスタイルで、どんどんと並ぶ行列にカルパッチョとねぎま汁を配っていく。
ねぎま汁に使用する部位は基本的に中トロより脂乗りが良いものがいい。マグロの脂はつゆにコクを与える所か、それをふんだんに吸ったネギは形容できない程の旨味と甘味の爆発物と化す。
マグロを知る人なら『勿体無い』と嘆く事だろう。まるで宝石のような輝きを放つ大トロや中トロを加熱し、くすませてしまうのだから。
だがその背徳感を乗り越えた先でもまた『勿体無い』と嘆く事だろう。何故この味を知らないまま過ごしていたのかと。
ネギだけでは『勿体無い』。白菜も水菜も芹も春菊も。えのき、しめじ、椎茸。豆腐にくずきり。これら全ての食材を格段に昇華させるねぎま汁。出来る事ならシンプルに醤油で味付けした鍋を楽しみたい!!
………ふっ。市場で働く全員を昇天させちまったみてぇだな。
『人』は本当に美味いものに出会うと、言葉を発する事を忘れちまうからな。
逆に脂を補うカルパッチョは脂肪分の少ない赤身がいい。搾りたてのオリーブオイルの香りがレモングラスとマグロのほのかな酸味で彩られ、これも美味い。
…が、やはりマグロの刺身はわさびと醤油で頂きたいものだ。
昇天していた市場の皆、とはいえ20人程度しかいない小規模市場だが。しばらく経つとガヤガヤと俺の前に様々な商品を持ってきた。
「あんたが巷で噂の『再来の料理人』だろ?良いもん食べさせてもらった礼だよ!持っていきな。」
果物売りのおばちゃんから大量のオリーブをもらい
「アシサカナがうめぇのか、あんたの料理がうめぇのか良くわかんなかったけどよ、これ持ってってくれや。」
とさっきまで話していた兄さんから様々な形のナッツをもらった。
「困った事があったらうちを頼りな。『テレサの台所』一同、あんたらを歓迎し、助けになるぜ!」
ねじりハチマキを額に巻いた、いかにも大将!って感じの中年オヤジが叫ぶ。
テレサの台所…。まぁ食材売っているのはここの市場ぐらいしかないし、多少の権力を持っていてもおかしくはない…か。
「あ……!じゃあオリーブオイルと、羊乳で生クリームとバター、ヨーグルトやチーズを作ってみようか?」
遠心分離も霊力を使えば強引に出来るし、熟成させる保温室も魔石があれば出来るだろうし。始めは失敗だらけだろうけど、そこは反省と対策と意欲と挑戦でがんばれ!
理論を説明し、後は試行錯誤を重ねて欲しい旨を伝える。
俺の霊力で遠心分離を実演してみたが、そんな事を出来る『人』はいない!と強めに言われた。
更に魔石を買う金がない、という事なのでまぐろを丸々2尾置いていき、市場を後にした。
後はちょくちょく様子を見に行くだけだが……皆とても意欲的だったのでそこそこの品質な物が出来るまでは、さほど時間はかからないだろう。
「とんだ寄り道じゃったの。」
テレサ帝国より程近い山中。モンスターや魔獣が蔓延るとても危険な場所、らしいが…今の所はそういったものに遭遇していない。
さっきまでの市場のやり取りを振り返ったジジイがぼやいた。
「仕方ないだろ。料理を広めるのが俺の使命なんだから。」
「え!?そうなの!?……でもそれなら向いてないよねお兄ちゃん…。」
急に失礼な事を言い出すレラ。どうした!?そんな事ないよな!この世界じゃ俺以上に食の知識を持っている奴はいないしな!
「お兄ちゃんの言っている事、殆どわからないもん。さっきだってばたぁ?くりいむ?ちいず?とか。まぁ製法さえわかれば名前はいいんだけどさ。用途もわからないし。」
僕はもう慣れたけど…。と言葉を締めくくったレラ。確かにレラの言う通りではある。バターも生クリームも用途を知らなければ美味くはならない。
が、じゃあ他にどう教えれば良いのか。おい!プウこら!ざっくりし過ぎてんだよお前の世界は!!!
まぁでもパンがあるなら必須な程重要な食材達だからな乳製品は。卵料理だって幅がかなり広まるし。
「あ、いたよ。」
レラが指差した先にいたのは巨大な蛇だ。とはいえ獣世界に居たようなサイズではなく、せいぜいアナコンダのサイズだろう。
え……まさか。
「あれの卵なら角と一緒に捕りにきた事があるよ!」
そうだよねー。誰も鶏って言ってないもんねー。確かに蛇の卵は食えるって話だが…種類によっても違うだろう。
レラが蛇に向かって手をかざし、霊力が迸るような感覚が……って待て待て待て待て!
「ちょっとあれはやめようレラ!」
「…?どうして?あれ美味しいよ歯応えあって。お兄ちゃんらしくもない。」
完全に野牛族の食生活に毒されているようだ。……けど確かに何となく食わないのは良くないな。
「よし。物は試しだ。食ってみよう!」
________うん。やめよう。やめとこう。確かに「鶏肉みたい」と言われがちな蛇肉は唐揚げにしたらそこそこの美味だが、卵は恐ろしい程何の味もしない。
確かに卵なんだが…これじゃあ誰も満足しない目玉焼きになってしまう。
「美味しい!美味しいよお兄ちゃん!このからあげ??って止まらなくなるね!!」
いや満足しないではなく、変に満足してしまうが正しいか。
レラが蛇肉の唐揚げをおかずにして、何の味もしないゆで卵を食べて絶賛している。
こっちにだって料理人としての意地がある。自信がある料理を美味しい、と言われなきゃ意味がないのだ。
せめて鳥類の……あ、ドラゴンの卵ってあるのかな??肉があれほど美味ければ期待出来るかもしれない。
「おーい…。このくらいでいいかのぉ。」
「あ、あぁ!ありがとう。充分だ。」
先程の市場での事もあるし、霊力袋の中に思い付く限りの野菜や果実をストックしておく為にジジイに頑張ってもらっている。
うん。妖精とか嘘をつかなければ本当に便……良い奴なんだがな。
そろそろ『じいさん』に昇格するか。
俺の霊力で型どった見本を参考に、次々と妖術で作り出してもらう。
やはり1番は小麦だな。成功するかはわからないが醤油の仕込みをやってみよう。1度作る事が出来れば酵母菌を採取でき、その後の安定生産にも繋がるしな。




