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猫と杓子がやたら強い。  作者: しゃもじ派
『人』の世界
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合成魔法


おいおい……。そんな目立って大丈夫なのかレラさんよ。


第2試合、魔法対決を挑まれたレラは正々堂々と圧倒した。


グレーのローブに身を包み、深々とフードを被った対戦相手は、手に持っている杖をかざしながら、ぶつぶつと何かを唱えているようだった。


その点レラは脱力したまま何も言わず、目の前に火の玉を発現してみせた。


魔法対決なのだから、ここで既に決着はついているはずなのだが、相手がごねた。


「威力!そう!威力をもって勝敗を決めよう!!いや、ただの威力じゃない、あの旗だ!あの旗の布の部分のみを燃やす勝負といこう!!」


四角いリングの端に立っている旗を指差したフードの男。確かに国旗とかではなさそうだから、燃やしても問題にはならなそうだが。


そこから詠唱を再開したフードの男が魔法を発現したのはおよそ1、2分後…。実戦でやるには不向きだと気付かなかったのか…。


「_______この世の全てを焼き付くす力の片鱗を与えたまえ_______"スパイラルファイア"!!」


フード野郎の杖から赤い炎が迸る。それの大きさは大人一人分くらいなのだが、四葉やレラと比べるととても小さな炎に思える。


そして旗の1つの上半分を焼き尽くした。布の部分だけではなかったのか…。


それでも観客席からは『おぉ!』という感嘆の声が聞こえてきている。…あれはスゴい事らしい。


「ど、どうだ!!この精密な魔力操作!!デカイ魔法を大きな的に当てるだけがま________!?」


ローブの男の言葉を遮って、15センチ四方の旗布を、青白い閃光のようなものが貫いた。


俺は知っている。あれは火力の強い火だ。


『何だとぉ!?』


『どどどどど、どうしました解説のジルヴァさん!?』


『"完全なる炎(ペルフェットフレイム)"。合成魔法だ……。』


『合成魔法!!?あ、あの伝説の!?おぉおおっとぉぉぉお!?これは大変な事になってきたぞレラ選手!まさかまさかの合成魔法まで使いだしたぁぁあああああ!!!』


例えば高濃度の酸素が燃焼を助ける。例えば水素が爆発を引き起こす。火は色んな物を『食う』事でその力を増したり、失くしたりするのだが、レラがそんな事を知る訳がない。科学の分野だ。


「合成魔法…確かに『人』族の中には多属性を扱える者がおり、しかもそれを混ぜる事により、異なる性質を持った魔法が発現する、と聞いた事があるのぉ。レラがそうじゃったか。」


そんなに驚いてなさそうなジジイが呟く。


「実況や解説や観客席の反応とは違って冷静なんだね。獣世界では普通なのか?」


「普通な訳があるか!そもそも獣人が持つ属性は1か無か。儂ら妖精は、植物を操る妖法しか出来んからの。儂が驚かんのはお主らだからじゃ。」


そうだよねぇ。四葉も同じような事言ってたし。


『えー。会場の皆様にお知らせ致します。現在開催されている武術大会は、不測の事態により中断させて頂きます。』


さっきまで元気の良い実況していた女性の声が一変し、真面目な口調で試合どころか大会自体の中断をアナウンスした。


え……レラさんすげぇな。まぁこのままやっても武術大会としては面白くはないのだろうけどさ。






「おぅ!お前か!合成魔法を扱うレラ=メイベルとやらは。」


大会が中断され、甲冑に囲まれ「ついてきてもらおうか」からの、あれよあれよという間に、テレサ城王の間で跪く俺とレラ。


女性にしてはやや低い声で、男らしい口調で話して来たのは、この国のトップである5代目テレサ女王だ。


ファーが飾る赤いマントと、キラキラと光るティアラは確かに女王のそれだが、あどけなさの残る印象の顔立ちでありながら、切れ長な目と男勝りの口調は、親しみ易さを覚える。どうみても20代半ば、といったところだろう。


四葉がプリン、獣王がシュークリームとすると、テレサ女王はフォンダンショコラ、かな。


ビターなショコラケーキに舌鼓を打っていると、手に持つ食器からも伝わる変化に期待を持たされる。熱々でトロトロな甘いチョコレートが流れ出す時の香りを楽しみ、チョコレートにチョコレートを絡めるという背徳感さえある贅沢に浸る。皿に添えられた甘さを控えた生クリームは調和に一役を買う正に『仲人』。皿に散りばめられたミックスベリーは彩りだけではなく、様々な変化をもたらしてくれる至高の雫。


うーん。確かにフォンダンショコラも美味しいよ。美味しいけど、プリンの方が好きだなぁ。


「………いちゃん!…お兄ちゃん!!」


_______しまった。久々のピンクの気配か?


またレラに如何わしい事を考えていた、と指摘されるのかとハッと我に返ると、そこで初めて自分の中の首もとのすぐ近くに西洋剣があるのに気付く。


うわぁ……。普通に怖い。その剣を持つのはとても迫力ある怒りの形相の戦士だ…。


「女王様の問いに何故応えられぬ!?」


おおう。何かを質問されていたらしい。レラと話しているのとばかり思っていた。


「よさぬか。その者の魔力はここにいるレラより上だ。無論私よりもな。兵の無駄死には避けたい。」


すかさず女王が助け船を出してくれた。納得のいかなそうな好青年の剣は、しぶしぶ鞘に納められた。あぁ良かった。刃物怖い。


しかし無駄死にか。そんな狂暴に見えるのか俺とレラは。


「兄弟で行商をしながら旅をしているのだったな?何故だ?」


一応一国の王なんだし、正直に言って協力してもらうか…?いやでも事前情報ではあまり『人』と組まない方が良さそうだし。


チラッとレラを見ると、聞こえない程度のため息をついて、レラが口を開く。……確かに情けないよな。知らない世界とはいえ、のんないたいけな少年に委ねるとは。


「義兄の『食』への関心が強いが故、旅をしております。」


とはいえ、やはりそこはこちらの世界を知る貴族のレラはとても頼りになる。こういう場面でも大人びた、堂々とした対応が出来ている。


「ほう。『食』とな。そういえばティムウラの再来、と噂が立っていたそうだな!どんな物だ?」


「陛下。お戯れは程々になさって下さい。本題を。」


女王を嗜めたのは、様々な装飾が散りばめられたマントを羽織る老人だ。大臣…でいいのかな?


「お、おう!そうだな!なぁお前ら、この城で働かないか?」


女王が嬉々としてとても断り辛い事を言ってきた。いやいや、そんな場合ではないのだが…


「お受けなさった方が賢明ですぞ。何せ国としてもお主らのような強者がフラフラしていては困りもんでの。」


だよねー。これ断ったら良くて投獄、下手すれば死刑ってやつだよねー。じいさんのくせに中々の眼力で睨み付けてくるしなー。


「なに。悪い話じゃないぞ?ここにいればお前のやりたい食の知識も深まるぞ!ベツキア王国から『メダマヤキ』のゴールドカードの写しを買ったのでな!」


目玉焼きだと!?ティムウラ……いや、木村!!またとても奥深い料理を遺したな!


ん…?そもそもまだ鶏と言えばあの胡桃さんが捕まえてきた黒いヤツしか見たことないけど…。


「……陛下の申し出を受けるのであれば、教えてやっても良いぞ?拍子抜けする程簡単なものだったがな。」


________何だと?


「あ、え!?え~っと、お兄ちゃん……?」


「おい!そこのジジイ!!!!」


俺は大臣のじいさんを指差し、叫ぶ。一瞬凍り付いた空気が溶け、周囲を取り囲む兵士達から「無礼だ!」という声が飛ぶ……が関係ないね。


「いいか?目玉焼き、確かに言葉にすれば玉子を熱したフライパンの上で加熱するだけの料理だ。その行程は誰でも可能だろう。が、その料理を世界中の人が愛していて、研究も深く深くされている。それこそ万人に受ける焼き方はない、と断言出来る。それを拍子抜けする程簡単だと!?片面を焼くサニーサイドアップから、水を加えてベースドエッグ。両面を焼くターンイージーからオーバーハードまで、焼き上がりに細かく名前がついている。更にフライパンを傾けて油を溜め、それをスプーンで黄身にかけながら焼く、というこだわり調理まである。油もサラダ油でやってもいいが、胡麻油・亜麻仁油・白絞油・オリーブオイルと変えてみると、また風味が変わって良い。そしてついに出来上がった自分好みの目玉焼きにかける調味料が、だな…………………………」


「王室でもやるんだ……お兄ちゃん…。」


「殆ど何を言っているのか解らんが……しかし凄いなお前の義兄は。ここにいる兵士達はかなり腕が立つ直属護衛軍なのだかな。」


「も、申し訳ありません………」


「ん?はっはっは!良い!それよりもこちらから彼の怒りに触れるような真似をした。許せ。」


大臣のじいさんと、それを咎めようとしたその他大勢の兵士達は、ちゃんと解ってもらえるように俺の霊力を縄状にしたもので縛り付けている。


「________________つまり、それら王道の調味料に加え、アジシオ、めんつゆ、ハーブ、チリソース、ドレッシング、ラー油等々。……マヨネーズやバターを醤油に混ぜてみたり、何もかけないという強者もいる。玉子は全てを受け入れてくれる上に、万能的な栄養価の最高位食材であることは間違いない!!」


お。解ってくれた表情だ。うんうん。解ればいいんだよ。


「からの、ベーコンから出した脂で焼くベーコンエッグ。これは調味料が要らなくなるくらいに味がつく。あのスモーキーな香りが玉子に移った時……そこに言葉はいらないですよ。ただ称えたい。ベーコンエッグ様!とね。その点ハムは弱いようにも見えるが、確かにベーコンのような脂はない。スモーキーさもない。が、ハム独特の風味や食感を玉子が包み込むことによって__________。」


「あーぁ。終わったと思ったのに……。」


「かなりの怒りを買ってしまったようだな…」


「いえ、いつもの事なので…」


俺が一頻りの目玉焼きの説明を終えた時、皆の俺を見る目が変わった気がした。……なんだ?あぁ!次は玉子焼きの説明をして欲しいのか!確かに玉子をフライパンで焼く、という所は目玉焼きに似ているしな。味や仕上がりは全く異なるのにな!本当に不思議な食材だよ玉子は。


「……わかったよ。玉子焼きっていうのは、目玉焼きと違って生の玉子の黄身と白身を混ぜてから焼くもの、なのは皆が知っている通りだよね!でも、その実はまたこれも奥がとても深くてね_____________」


「「「「「!?!!?」」」」」


「…皆様申し訳ありません。もう少しお付き合い下さい…。」


「お前も大変だな、レラ…。」


「恐れ多くございます女王様……。」


その後、眠ってしまいそうな奴を霊力手のデコピンで叩き起こしながら、玉子焼きの説明もしてやった。とはいえこの世界での話ではないからな。根気よく伝えるしかないな。

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