ティムウラ
大会当日。わかった事が2つある。
『これはっっどぅっっいうっっ事なのかぁぁぁあああ!!?初出場のレラ=メイベル選手の圧勝だぁぁああああ!!一体何が起きたというのかーー?!』
レラは間違いなく強いという事。
本戦トーナメント出場者を決める場外負け有りのバトルロイヤル方式の予選に出場したレラは、『隠蔽』した『霊力手』で同じリングの中にいる選手19人を瞬く間に場外へ弾き出した。
実況もかなり熱が入った様子で驚きを表現している。
レラのスキル"模造品"は、1度でも左目に映した誰かの霊術や霊法、魔法やスキルを扱えるようになるというとてもズルいものだった。
しかも最近発現したスキルのくせに、発現するより前に見たものもその対象に含まれるというズルさ。
黒坊主の『隠蔽』と俺の『霊力手』の合わせ技も出来てしまう驚異の便利スキルだ。
唯一。あくまでも"模造品"である事から、威力だったり利便性だったりはオリジナルの半分程度でしかない。又、四葉の『九方霊陣』は、陣を描くという特殊条件発動の霊術の為、レラに扱う事は出来ないのだそうだ。
それともう1つ大事な事がわかった。
それは前に酒場で出された落花生に似たこの豆だ。これが恐ろしく美味い。
ストレイシープという見てたらやたら眠くなる羊からもらった乳で作ったバターを使い、皮を剥いた豆を手早く炒めて塩を振る。
バターと豆を焦がさないように強火で調理するのは難しいのだが、それを乗り越えた先にあるのは幸福そのものだ。
パリパリという楽しい食感に内包された凝縮された旨みと香りがたまらない、酒が欲しくなる最高の一品料理となる。
ただし内包されるのは熱もだ。美味いからとどんどんと豆を口に放り込んでしまうと、翌日は温かい物が一切食べられなくなるくらいの火傷を負うことになる。
外見も味もほぼ落花生だが、それよりも香りが強く、少しだけ硬い。上位互換といった所だ。
_______ちびり。
酒実の種子を一晩水に漬け込むと日本酒に似た味になる。麦も存在しているようだし、ビールを作る事も夢ではなさそうだ。
食文化には『発酵』は不可欠。やっぱり旨い酒がなきゃ何にも始まらないのさ。
「お主。随分お気楽じゃの……」
引き気味にジジイに言われるが、それも仕方がない。美味いんだもの。
「おい…あんた……そのナッツちょっとくれないか…?」
気が付くと数人に囲まれていた。他の観客がこのバターピーナッツの香りにやられたらしい。
このナッツは杓子を使わないで調理をしたので、分けるのは可能だが……
「ぐあぁぁぁああああ!うっめえぇぇぇえ!」という絶叫が響き渡り。
『どうした事かーーーー!!?まだ全ての予選が終わった訳ではないのに、何やら観客席に列が出来ているぅぅううう!!?』
実況放送されてしまうぐらいに目立ってしまった…。
「レラ!お疲れ様!」
選手控え室。とは言ってもただ広い部屋に、幾つかの椅子が置いてあるだけの簡素な造りだ。16名の本選出場者達が筋トレをしたり、瞑想をしたり、ただ座っていたり、と各々が自身の出番を待つ中………
「おい。俺の相手のレラ=メイベルってのはてめえか?」
前の世界だったら少しでも近付きたくない、筋骨隆々で傷痕だらけの身体を見せびらかす上裸の巨漢が話しかけてきた。
「いや。この子だよ?」
俺は杓子で調理をしたバターピーナッツを食べるレラを見て、応える。
「お?そうか。まだ子供じゃねえか。大丈夫か?いや予選勝ち抜いてっから弱くはねぇんだろうしな……手加減しねぇぞ?」
こういう時のテンプレとも言える『がっはっは!ガキか、楽勝だな!ママのおっぱいが吸えなくなるのが嫌なら、さっさとここから失せるんだな!!はっはっは!!』的な感じじゃないのか!見た目に反して中々良い奴じゃないか!
「うん…!僕も負けないよバトラさん!」
「おう!…ん?何か旨そうなもん食ってんな?_______あ、てめえが噂のナッツ屋か!!?」
ナッツ屋。いや売ってないからナッツ屋ではないだろう。
「すげぇ噂になってんぞ!『ティムウラ』が来た、『ティムウラだ』ってよ。」
出た!また訳の分からない言葉『ティムウラ』。助けてレラー。
「『ティムウラ』。この世界に霊……魔力補給方法としての食を広めたとされる伝説の料理人で、木の実や草でさえも彼にかかれば至高の料理に変わったっていう………確かにお兄ちゃんみたいだね。」
伝説の料理人か。俺みたいにプウから連れてこられたのか?伝説、というぐらいだからきっと生きてはいないのだろうけど、確かに前の世界の知識があれば、ナッツや野草等も美味しく調理出来ただろうな。
「伝説とはいえ、ティムウラの影響はすげぇよ実際。研究家ってのがいてよ、ティムウラの料理を再現しようってんだ!」
「ティムウラの残した日記には料理の手順が記されていて、彼が去る前に1枚1枚をステータスカードのような物に遺したんだ。6枚のカードは各国が管理していて、残りのカードの所在は不明。仮に遺跡とかで発見して売れば、一生を5回遊んで暮らせる程の富を得る、って有名なんだ。だから俗に『ゴールドカード』って呼ばれてる。」
「そんでよ、研究家ってのがこの間作った料理があってな、それがうめぇんだ!」
「僕が生まれた国が管理しているのが、『パン』っていう料理のゴールドカードなの。」
「おう。このテレサ帝国が管理しているゴールドカードが『酒』だ!そんでよそんでよ、研究家が苦労して完成させたのが『ツマミ』だ!いや~~そのおかげで今日も酒がうめぇんだ!」
何か研究家をやたらと推すなこのバトラとやら。まさか…
「バトラさん。まさかこの大会に優勝したら求婚する?」
「!!!??なんだ!!?なんで??わ?ん?」
動揺し過ぎだろ。
「それで、優勝出来なくてもこのナッツを意中の女性に持っていきたい、と?」
「ぐっっっ!!?何でなんだ!?どうしてだ!?」
図星か。ってことは
「白々しくレラに話しかけにきたのは、これが目当てって事?」
「うぅう………」
「別に責めてる訳じゃないよ。ナッツならあげるよ。試合の後でね。」
「ほ、本当か!?……すまねぇ!」
あーあ。泣きそうだ。バトラさんには悪いけど、優勝はレラだからな。さっきジジイが「本選出場者でレラの敵になるような奴はおらんのぉ。いくら特殊なスキルを持っていても、それはむしろレラに有利に働いてしまうしの。」と言っていたし、そうなのだろう。
そんな事より今はティムウラの事だ。プウが連れてきた地球人だとすると料理に特化していたはず。にも関わらずこの世界に料理は浸透しておらず、煮る、焼くのみ。
レシピもある。が、パンや酒かぁ。パンはまだしも酒はただの果汁だしなぁ。レシピとは言えない気がする。
『汝には神の霊具を授けといたから~。』ってプウは言っていた。もしかしたらそのティムウラさんには杓子のような便利道具は渡されていなかったのかもしれない。だとしたら不憫過ぎる…。
この世界は素材は豊富だが、調味料が無さすぎる。杓子が無ければ一から精製しなければならないしな。料理が普及していないのはその辺りが関係するのだろうか。
っというか、『ティムウラ』じゃなく『木村』な気がするのだが……。
「それで、そのティムウラさんはどうなったんだ?」
「『ドゥムバァイス』という料理を神様に献上して、神界に旅立った。っていうのがおとぎ話の最後だね。」
お、進展か!?プウに『ドゥムバァイス』……『オムライス』かな?を供えたら前の世界に帰れるって事か!?
「何処に供えたかわかる!?」
「ううん。献上した、としか書いてなかったから。」
うーん。やっぱりそんなに簡単じゃないか。
「ティムウラの事が詳しく知りてぇなら、優勝したら図書館の出入りが許されるから、そこで読めばいいじゃねぇか。」
図書館…か。非常に魅力的な響きではあるな。封印石についても何らかの書物があるかもしれないし。
「レラ!絶対に優勝しよう!もし相手がとんでもなく強かったら俺の霊力手で________」
「多分今のお兄ちゃんの霊力だと、誰かに気付かれちゃうよ?」
そうなんだよなぁ。触っているだけで恐ろしい量の霊力が封印される封印石。もう俺の霊力は具現化をしないでも、レラやジジイに見えてしまっているらしい。
しゃもじのおかげか、この石の特性かはわからないが、触れるだけなら根こそぎ霊力を持っていかれる訳ではないのが救いだ。石を手放して、杓子料理を食えば直ぐに元に戻る。絶対に手放したりはしないけどな。
「でも大丈夫!優勝なら出来るから!」
真っ直ぐに嫌味なくそう言い切るレラ。少しは周りの視線を気にしてもらいたいものだが。
「はっはっは!!悪いが優勝すんのは俺だがな!はっはっは!!」
バトラに関してはそんなに気にしてはないようだった。
_______マジでか。
『うぉぉぉぉおおおおお!!!?まさかまさかのレラ選手ぅぅう!!!本当に『無詠唱』で『多属性』なのかぁ!?バトラ選手を圧っっっっ倒ぅぅぅぅう!!』
一瞬だった。
試合開始から直ぐに先が広がった木の棒……つまりこん棒のような物でレラに殴りかかったバトラ。
木刀より殺傷能力高い武器じゃねぇか!というツッコミを入れるよりも先に、腕ごとこん棒が凍り付く。
混乱するバトラにレラが右手をかざすと、霊力によりバトラは場外へと吹き飛ばされた。
苦くもリングへと這い上がるバトラが見た次に見た光景は、不敵に笑うレラと、こん棒が燃えている所だ。さっき凍り付いていたはずのこん棒が、次見た時には燃えていた。
まさか魔法剣の使い手なのか!?と騒ぐ奴はいない。というかこの世界には『剣に魔法を乗せて、燃え上がる剣!!』とかあるのだろうか。あれはでも鍛冶屋さんが一生懸命打った剣を台無しにする行為だし、魔法は切りつけるより飛ばした方がいい気がするし。
『レラ選手は一体いくつ属性を持っているのでしょうかジルヴァさん?』
_______!?解説席にジルヴァ!?あ、あーまぁそうか。ギルドの長ともなればそりゃVIP扱いにはなるよな。
『……武器を凍らせた『氷属性』、そしてそれを相反するはずの『炎属性』で燃やした。手をかざして相手を吹き飛ばしたのは『風属性』魔法のハンドブラスト。少なくとも3つの属性使いという事になる。『魔導師』ではないはずだが、無詠唱となると……"超越者"スキルだろう。』
『な、な、なんだってぇぇえ!!?簡単に言いますがジルヴァさん!!では仮に本当にレラ選手が"超越者"スキルだった場合…………!?』
『あぁ。彼に勝てる可能性があるとすれば、護衛団長か、テレサ様だけだろう。』
会場が最高潮に盛り上がる。それもそのはず。この武術大会では賭け事が行われていて、初出場の子供であるレラの配当金の賭け率が恐ろしく高い。
俺はもちろんレラに賭けた。10000デル。レラが優勝すれば1億にまではね上がる。
大袈裟な実況と解説のおかげで阿鼻叫喚だ。まさかバトラが1回戦で負けると思っていなかった奴等も多い事だろう。
「まいった。勝てる気がしねぇ…」
大袈裟に手のひらを天に掲げて負けを宣言するバトラ。
『ここでバトラ選手が降参!レラ選手が華麗な勝利を飾りましたぁぁぁあああ!』
そういえば実況や解説はここの会場全てに行き渡るスピーカーを使っているようだけど、マイクとスピーカーなんてあるのかな?
「これもスキルだよ。"拡声"って言って、任意の範囲に任意の声を届かせるスキルで、その範囲が広ければ広い程こういう仕事で活かせるんだ。」
声に出ていたらしく、試合から戻ってきたレラが答えてくれた。レベルは違うが獣王の霊術みたいな感じか。
「えくしーどすきる?ってのは?」
「『人』族の中で、極一部が発現するレアスキルの総称。テレサ様の"石化"、サイハク帝国王女の"誘惑"が有名だよね。」
石化と誘惑ね。そりゃ恐ろしそうだ。確かにレラの"模造品"も強力なレアスキルと言えるな。
「次の試合では試してみたい事があるんだー。」
と言うレラに緊張感は感じられない。あくまでもリラックスをして、自身の実力を実戦で試そうとしている。
………恐ろしい子だ。