獣神
「獣神とはその三大精霊をも凌ぐ力を持つ、精霊の神なのです!!」
両手を広げて笑顔になって立ち上がる女性。なんかノってきたなこの人。尻尾が激しく揺れている。…興奮しているのだろうか。まぁ確かにおとぎ話にでも出てきそうな三大精霊とやらを凌ぐ存在と会えて、それが無害であるなら興奮もするだろうさ。
しかし……スケールが大きすぎて良く解らなくなってきた。
「何故しゃもじ……あいつが獣神だと一目で解ったのですか?」
と俺が湖の上で蝶のような羽虫を追い掛けているしゃもじを指差しながら問うと
「獣神とは……
『精霊らしからぬ小さきもの、赤みがかかった灰と黒の体毛に身を包み、鋭い縦長の瞳孔、陰陽が一体となった尾を有する』
と言い伝えられております!」
と返ってきた。まぁ当てはまるよね。陰陽が一体となった尾……確かにしゃもじの尻尾は背中側が黒く、お腹側が白い。黒が陰で、白が陽とするなら当てはまらない事もない。
確かにしゃもじがこの世界で言う所の獣神なら、あれだけの力を持っている事も説明出来る。
力……あれ?さっきこの人足噛みつかれてたよね!?何で平気なんだ?
『俺が防御力特化』とか思ってたけど違うのか。…となると、しゃもじが加減をしているって事だ。……あー生意気!!
「獣神様の御名は『しゃもじ』と仰るのですね?何て素敵な御名なのでしょう!」
自分の両手を絡め、目を輝かせる女性。暴走してるな。まだ確定してはいないのに。
でも素敵な名前とは初めて言われたな。名付け親として素直に嬉しい。
「そういえば貴女の名前は?」
「私はヨツハ。四つの葉と書きます。太古より伝えられた願いを叶えるという四つ葉の植物から名を戴きました。」
クローバーだね。太古なのか…じゃあ今はもうないという事か。
しかし言葉が通じて、漢字も存在するとなると違う世界って感じが薄い。日本語だし…プウがその辺を何とかしてくれたのかな?
「そうですか。四葉さん。僕はナオトといいます。素直な人と書いて直人です。」
「ふふっ。『人』とはまた意地悪な名前ですね。直人さん、私の事は四葉と呼び捨てて構いませんよ。どうか敬う事もお止め下さい。」
意地悪!?どういう事だ?……まぁいいか。獣人と人、同じく『人』だが、何か確執のようなものがあるのだろう。
「じゃあそうしよう。四葉も俺を敬う事はせず、直人と呼んでくれ。」
「そうしましょうか…直人。」
うわうわうわうわ。何か女の子と仲良くなる手前みたいな緊張感だ。手汗かいてきた。
「そ…そういえば水竜の事なんだが…」
「えぇ。きっとしゃもじ様の霊力を恐れて出て来れないのね。」
……違うわー!さっき「うまかったー」って言ってたじゃんしゃもじ様が!!
「何にしても私は生贄の身…最後に獣神様に会えて嬉しかった……。獣神様とはいえ、水竜様と闘うとなれば無事では済まないはず。」
遠くのしゃもじを見つめながら瞳に涙を溜める四葉を、俺は横目で確認した。ん~言い辛い。いやでも良い事なハズだし…。
「さぁ。水竜様が来る前にここを去って?ふふっ。私、家族以外に敬語を使わなかった人は貴方が初めてなんだよ?」
俺の方に向き直る四葉。涙を溜めた瞳が輝く四葉を俺は抱きしめ……るとかじゃないよね今は!!抱き締めたい衝動にはかられはしたが、それ所じゃないからな!!
「もう居ない……。」
俺がこの言葉を捻り出すのに、どれだけ勇気を振り絞ったか解るまい。こんな感動的な場面で爆弾を投下するんだぞ!?ぼやく事しか出来なかった。
「え……?なに……?」
真っ直ぐ俺を見つめながら、無理に笑顔を作って首を傾げる四葉。…うぅ。
「でっかいのは、うごかなくなっちゃったよー?」
いつの間にかしゃもじが足元に居た。でかしたしゃもじ!言ってやれ!!
「それは…どういう事でしょうか。獣神様?」
しゃもじに目線を合わせるように座り込む四葉。しゃもじ以外の猫ならば悪手だな。猫が怯えてしまう為、極力目を合わせない方がいい。しゃもじは昔から大丈夫だったが。
「おれはしゃもじだよ?」
「失礼致しましたしゃもじ様。どういう事でしょう?」
「おれががーっていったら、ばーってなって、うごかなくなったよー」
真ん丸の目を輝かせながら、その場でくるくると動きながらしゃもじが説明している。……よし!やはり俺から説明しよう。
「実は殺しちゃったんだよ、うちのしゃもじが。…その水竜とやらを……。」
「えっ?えっ?…えっ?どういう事??」
「あーうん。そうだよね。えっとここの対岸に、水竜の血で出来た道があって、そこを辿れば確認は出来るけど……行く?」
「い…いえ…。ここから確認してみます……。」
敬語に戻っちゃったね。って、ここから確認する?四葉が何か呟き始めた。
――矮小なる我の霊力を糧に九尾の名の根源たるその力の片鱗を貸し与えよ――
――千里眼――
四葉が静かに目を閉じて呟くと、ぽうっと穏やかな光に包まれた。
そしてゆっくりと開けた四葉の瞳は神秘的な程に透き通っている。
「確かに対岸に血で出来たような道がありますね……そこを辿ると……。」
遠くを視る事が出来る霊法か。俺も使えたら便利だよな。後で教えてもらおう。
「――――っ!?」
あー見えたらしい。やはり声にならないか。目を見開いて、口をパクパクさせている。ピンっと耳が立ち、胸まで伸びている金糸のような髪が若干逆立とうとしてフワッとした。
そのまましゃもじに視線を移した……と思ったらパタッと地面に倒れてしまった。
おいおい……。