パナセア
ふっふっふーん!
ついに手に入れたぜステータスカード!
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メシノ・ナオト
年齢29
出生 不明
職業 『旅の料理人』
スキル『調理』
状態『良好』
装備『厨師服』『杓子』
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俺はキラリと光る銀色のカードに書かれた文字を見て、ニヤニヤとしていた。
これで身分証明に困る事はない!何せ教会の人間に見抜かれなかったんだからな!
このカードが俺の霊力で作った偽造カードだとしても、だ!
仕事にならなそうなシスターに水をかけた後、彼女は奥へと下がって行った。そりゃ着替えたりするだろうしね。
うちのレラちゃんをいじめないで欲しいわっ。
故意ではないとはいえ、シスターの魂を吸いとってしまったのはレラなのだから。
いずれきちんと説明するべきだけどな。もう少し後でもいいだろう。
代わりに出て来たのが司教様だったり、大司教様だったりするのだがことごとく"調和譲渡"とやらを弾いてしまったのだ。
しゃもじの封印石を肌身離さず持っているせいで、大分俺の霊力も抑えられてしまっているはずなんだが。
だから一芝居打ったのだ。
「うっ……!ぐあっ!遅れ、て、きや、がったぁ………」
「お兄ちゃんそれ本気でやってる?」というレラの声が聞こえてきそうな表情を何とかスルーし、倒れながら自分の手に銀色のカードを具現化した。
「あっれー?このカードはぁ!?ステータスカード、と念じたら出ていたぞぉ!」
「それ以上は本当に気持ち悪いからやめてお兄ちゃん…」という視線を見ないようにして、大司教の顔をチラッとみると
「うむ。恐らく初めから使えたのだが、魔力が乏しく発現しにくいのだろう。成長と共にすんなりと出せるようになろう。」
白い頭、白いひげ、白い服の白いおじいさんが納得したように頷いていた。
「しかし黒髪とはのぉ。長く生きとるが見るのは初めてだ。」
やはり黒髪は珍しいらしい。道を行き交う『人』もだが、獣人でも黒髪はいなかった。
「迷信めいた話なんじゃがな、黒髪はこの世界にはいなかったそうだよ。神が何処かの世界から、この世界を良くする為に連れてきた者、だと言われている。」
正解!大司教様!さすがだ!
「深緑の髪はまさにクロノス神と同じ色。誇りを持つんじゃよ。」
にっこりと笑ってレラの髪を撫でる大司教。宗教アレルギーの国民性を持つ俺だが、きちんと腹を割って話せば、やはり聖職者は基本的には優しく心が綺麗な人が多いと思う。
「いらっしゃい!」
元気良く挨拶してくれたのは酒場の店主だ。なんとこの世界にも酒があるらしく、広い土間に切り出された石でテーブルと椅子が並び、一応店としての体裁を保っている。
「よぉ。また会ったな!」
ドンッとテーブルに置かれた小さめの樽酒と共にジルヴァが現れた。
ちょうど良い。こいつに色々聞いてみるか。
「あんた、呑めんのか?」
「まぁ嗜む程度だけどね。」
俺の返答にニヤリという表情で応えたジルヴァ。木製のコップに豪快にダバダバと酒を注ぐ。
「ほらよ。」
「頂きます。所でこれなんのお酒?」
レラからの事前情報だが、冒険者への敬語は基本的に使わない方がいいらしい。色々事情があるが、概ね『ナメられないように』そうするのだろう。
「なんの?酒は酒だろうが。大丈夫か?」
「酒、は酒実の果汁だよ。」
半分呆れながらも、俺の意図を汲んだレラが補足をしてくれる。
前に九尾の里で食べた酒樹の実、あれの果汁か!?確かにあれにはアルコールのような成分が含まれているようだったし。全く酔わなかったけど。
コップに注がれた液体を飲んでみる。輝くように赤く、ベリーと柑橘を混ぜたような香り、甘味と酸味の絶妙な調和。まるで上質なカクテルだ。
搾ったのか砕いたのかはわからないが、これなら酔えそうだ。という事は種子にアルコールのような成分があるのかな?
程なくしてテーブルに運ばれたきた皿は3つ。ナッツのようなもの。ほうれん草のような草。焼かれた小魚。
焼かれるか茹でられる。これらは素材の味が良くわかる調理だ。
ふーん。これは落花生か?味も見た目もかなり似ている。バターと塩で仕上げればとても美味しくなりそうだ。ほうれん草みたいな形の割にシャキッとした繊維質な食感が好ましく、先に感じる少しの青臭さと豊かな甘味、後味に僅かに残る渋みが美味い。小魚はしっかりと焼くだけでも丸ごと食べられるのが嬉しい。が、塩が欲しいね。僅かに利いたこの魚が持つ塩気だけでは少し物足りない。
「何だ何だ?何でツマミを見ながら目を見開いて固まっちまってんだ?」
「いいの。お兄ちゃんはこれでいいの。この状態のお兄ちゃんの近くで声を出しちゃダメだよ。標的にされかねないからね。」
なるほど。やはりこういう楽しみがあるな。調理とは『組み合わせ』だ。ここにこれを加えて、こういう風に熱を加えてやるとこの味になる。調味料はともかく食材は未知。こういう物を美味しく仕上げるのが料理人だ!腕がなる!
「うおっ!?どっから出したそれ!」
俺が目の前の食材を調理しようと、霊力をフライパンに具現化するとジルヴァが驚いていた。
「お兄ちゃん!お店でそれはダメだよ!!」
はっ!……それはそうだ。酒場の店主が出してくれた料理に手を加えるだなんて常識外れにも程がある。
「ごめんレラ。つい……」
「『人』の料理の事ならぼくが教えるから、作りたいなら後で!」
「はい……。」
「おいおい!それ、どっから出したんだよ?」
「どこって?普通にこう霊力で…」
「はぁ!?」
ジルヴァの質問に応えようとすると、レラの焦った顔が見えた。あ、そうか。霊力じゃなくて魔力か。
「ジルヴァさん!それがお兄ちゃんのスキル『調理』なの!いつでも何処でも食材を調理できるスキルなんだよ!べ、便利だよね!!」
あ、そっちか!霊力操作が普通じゃないのか?しかしスキル?しかも『調理』って……。めちゃめちゃカッコいいじゃないかレラ!
「ほう。補助系、いや実務系スキルか。パーティに1人欲しい所だな。________おい!あんた!やっぱうちに登録しろよ!引っ張りだこだぞ!?」
「登録したらパナセアとかいう薬は手に入るか?」
「あんたもパナセアが欲しいのか!?……がっはっは!命知らずで良いねぇ!」
パナセアとかいう奇跡の薬。封印の解除に使えるかもしれない。
俺は手に持っていたフライパンを消し、豪快に笑うジルヴァを見る。
「……本気、みてぇだな。」
「あぁ。絶対に助けなきゃいけない奴がいる。」
「……ふぅ。わかった。あんたはレジスの最後を看取った。知る権利はあるからな。」
ジルヴァは目の前の酒を飲み干した後、またダバダバと豪快に酒を注ぐ。
「まずは、だ。冒険者登録をして、ベテランのパーティに入ったとしてもパナセアは手に入らない。素材を手に入れる前に死ぬからだ。」
目の前の酒を見つめているジルヴァは、言外に「そういう奴等を沢山見てきた」と語っていた。
「パナセアを手に入れる方法は2つだ。1つは、素材を全て集めてから教会に行き、膨大な寄付金を払って精製してもらう方法。だがその素材集めの難易度が高過ぎる。何せ最も簡単に手に入る『ドラゴンの骨』ですら攻略難度Aクラス、ロマネ遺跡の最深部にあるドラゴンの化石からしか取れないからな。」
ドラゴンの生の骨なら持っているが……化石じゃなきゃいけないのか?攻略難度Aクラスと言われても全くピンと来ないのだけども。
「その素材の詳細は?」
「世界樹の葉と枝、ブルーフラワー、ドラゴンの骨、生命の水、ミスリル鉱石、大魔石の7つだ。」
ブルーフラワーって、ジジイの頭にあった花か??ミスリル鉱石と生命の水に関しては初めて聞いた。大魔石ってのはしゃもじの糞(大)の事だろうか。
「あのレジスでも、世界樹の枝と葉を手に入れる為に命を犠牲にしたんだ。ドラゴンの骨の採掘はルークがやるさ。金もきっと用意するだろう。……そうまでしてようやく出来たパナセアは一人用だ。レジスの弟に使われる。」
弟。それはそうだろう。何か明確な理由がなくそんな危ない橋を渡る訳がない。レジスは弟を助ける為に、命を懸けた。
「吸収不全症。それが奴の弟の病名だ。食っても打っても注いでも魔力が吸収されず弱っていき、徐々に存在が希薄になり、まるで空気に溶けるように死んでしまう不治の病だ。」
「その病気にも効くパナセアってのは、呪いや封印に効果はあるか?」
「呪いに封印ねぇ。______あぁ。そういや魔力封印の呪いをかけられたテレサ様を、教皇がパナセア使って解いたっつー話を聞いたな…。」
封印の呪いを解いた!?良し、決定だ。俺はパナセアを手に入れる!
「…ん?後1つ手に入れる方法があるって事か?」
「あ?…あぁ。だがまああまりに現実的じゃねぇからな。こっちはオススメしねぇ。」
「なんだ?______盗む、か?」
「あんた無害そうな顔してとんでもねえ事を言い出すな。違う違う。」
ジルヴァは一瞬俯いた顔を上げた時、非常に好戦的な笑みを浮かべながらこう言った。
「帝国が開催する武術大会で優勝する事さ!」




