温かさ
「そうか。いや大丈夫だ、あんた達は悪くない。レジスがやられるような敵だ。あんた達だけでも帰って来てくれて良かった。」
どうやら俺とレラが隠れてあの惨状を見ていた、と解釈されたようだ。
まぁ妙な疑いをかけられるよりずっといい。
「失礼した。私はこのギルドのマスターを務めているジルヴァというものだ。」
初老髭男がまさかのマスター。でも確かに年齢のわりにはがっしりとした体つきだ。
「私はルークだ。よろしく。奴とはライバルだったが……そうか。死んだのか……。バカめ……。」
若いイケメン騎士ルークは握手を求めてくる好青年だ。あまり強そうには見えないが……
「ウチのSランクはルークしかいなくなってしまったな。」
Sランクとの事。前の知識で言えばランク付けの中では最高ランクに位置するはず。
「パーム…パームぅ……何で、どうして……。」
さっきから泣き崩れているのは冒険者、というよりは酒場の店主?という風貌の小太りの男。レジスと一緒にいた何人かの中の1人に知り合いがいたのか?
「彼の名はバルト。彼のパーティのパームという女に惚れていたんだ。まぁ惚れていた、だけなんだがね。」
ジルヴァが小声で教えてくれた。それは気の毒だ。
「あぁ。惚れていた、ってだけだ。もう数十回はフラれている。しかも他にも惚れてる、気が多い奴さ。」
俺の顔色が曇ったのを見て補足される。残念なタイプのあれだったか。
「で、カードと一緒に渡してくれ、と頼まれているのがこれ。」
霊力袋から取り出したのは世界樹の枝だ。すると3人は口を揃えて驚く。
「「「世界樹!?」」」
「世界樹にたどり着いたのか!!」
「ふははははっ。あいつはいつも私の先を行く…!」
「とすると、パームは助かるのかい!?」
「いや。蘇生には魂が抜け切る前の肉体が必要だ。」
「あぁぁ。パームぅ…」
ジルヴァの言葉に気になる単語があった。
「蘇生?」
「ん?あぁ。世界樹の枝があれば『パナセア』の作成が可能だ。まぁまだまだ材料は足りんが。」
パナセア。困った時のジジイ辞典は今は使えない。『人』の世界では目立つので、レラの腰ヒモストラップになっているからだ。
「傷や病気をたちどころに治す奇跡の薬のこと。」
レラが小声で助けてくれた。あぁなるほど。致命傷だろうが瀕死だろうが、生きてさえいれば治る薬か。ファンタジーだ。
でも四葉やレラの能力がノーリスクで使えたらそれはかなり脅威じゃないか?あのどんぐりなんてデコピンで倒せるし。
「パナセアの素材の内1番難易度が高いとされる世界樹の枝。無事に帰還していればSSランクだったな。」
「彼の意志は私が継ごう。後はロマネ遺跡だったな?」
ルークが受付の女性に確認を取ると
「ルーク様!あそこは危険ですっ!!」
と、焦りながら言葉を返す女性。なんだそれ。
「お?こらこら。ギルドの受付が差別したらイカンだろう?はっはっは!」
ジルヴァの言葉で我に返った女性は顔を真っ赤に染めながら俯いてしまう。
やっぱりなぁ。『人』の世界。聞いていた話と大分違う。
死を憂い、意志を継ぐ。誰かに期待して、心配して、恋をする。
一部だけ。一部だけが腐ったからそれが伝播していく。
先程から目の端々が捉える新聞のようなもの。座って読んでいる者がいたり、テーブルに置いてあったり。
そこには大きな大きな文字で『炎の騎士団、ミノタウロス討伐隊編成!』という文字が書かれている。
『討伐』。その言葉で獣人をどう思っているのかが解る。解ってしまう。
レラの話だとミノタウロスとは野牛族の呼び方。あれだけ気の良い奴等を討伐しようとするんだよなぁ。
「ミノタウロスか…」
「……!?まさか魔導師の方ですか!?」
受付の女性がキラキラとした期待の眼差しを向けてくる。魔導師だと何か良いことあるのか?
「俺は料理人なので。ちょっと気になっただけですよ。」
「ですよね。」という落胆の声が聞こえてきそうな表情を見せた女性。
悪魔と契約した者を魔導師と呼ぶんだよな。ん?でも悪魔と魔族は違う?でも『人』は悪魔を魔族と呼ぶ?
そもそも悪魔と魔族が違うなら『魔王子従属上位悪魔』とかいう奴はなんだったんだ??
あ、クロルが悪魔を使役している?…いやあの口振りではそんな様子はなさそうだ。クロル以外の魔王子が悪魔を使役しているという事か!
うーん。わからない。まぁ魔王城まで行けば少しはハッキリするか。
「あんた達はこれからどうするんだ?この都出身じゃなさそうだしな。」
そんなジルヴァの問いに応えるのは簡単ではない。まさか魔王城まで行くなんて言えないし。
『旅の途中で採った野草や木の実、魚とかを売りながら歩いてるんだ!ね、お兄ちゃん!』
レラが応えてくれた。事前の打ち合わせでレラは左目を髪で隠している。『愛されし子』は悪意に利用されやすいからだ。
「……そうか。では今日はバルトの宿に泊まると良い。……おい!バルト!いつまでもグズグズしてねぇでこの二人の面倒見てやれ!」
ちょっとした同情の眼差しをジルヴァから受けたのが少し気になるが、宿を取ってくれるなら万々歳だ。
「しっかし、孤児が徒党を組んで盗賊になる事は多いけど、君らはえらいね!ちゃんと二人で生きているんだね!」
ギルドから出た俺らを、自身が経営する宿へと案内をしてくれているバルト。金がない事を言うと
「金は心配しなくていい。レジスが使っていた部屋がそのままだからね。滞在中はそこを自由に使ってくれていい。レジスもそれを望んでいるはずさ!」
と快く迎えてくれた。宿は石造りのに2階建て。1階に受付や食事を取るスペースがあり、2階に8部屋、大体10畳くらいの広さの部屋に、スノコを引いただけのベッドが2つ。掛け布団は……ただの布だな。トイレは壺。お風呂は無し。しかしこれで、
「うちの宿はテレサ帝国でもかなり上等でね!あ、いやいやだからと言って遠慮する事はないよ!まだまだ帝国1位には程遠いしね!」
かなり上等でこれ。確かに広い。石造りできちんと清掃はされているから綺麗は綺麗だ。
「なぁ、レラ。これ風呂はどうするんだ?」
「……魔石なんて高価なものは個人では手に入りにくいから、貴族の家にしかお風呂はないよ。領民は共同風呂に入りに行くの。」
布団はジジイに出してもらえばいいが、風呂は銭湯なのか。じゃあとりあえず銭湯に…
「お主。教会に行けと言われていたの、忘れとるじゃろ?」
「あ…」
そっか。ステータスカードをもらわないと、犯罪者みたいに扱われちゃうんだっけか。
宿から出て街の中央まで歩く。
街の中央には騎士の格好をした男が、獣人を槍で貫いている様子を象った石像が鎮座している。胸くそが悪い。
その石像を見下ろすようにそびえ立つ塔のような建物。これが教会なのだそうだ。
「ここは何を信仰してるんだ?」
《えへん!ここは『クロノス教』!アド様が司るうちの1つ、『時』の信仰なのさ!》
頼んでもないのに出てきた雪だるま、もとい小人さん。
「じゃあアドニ様もここに関わったりするの?」
《まさか。そんな訳ないじゃない。ただアド様を敬うってのは『人』族としてはまだマトモだよね、ってだけ。》
「お主らは時々誰かと話しとるように見え、ぶぉっっ!!」
「腰ヒモストラップが喋るなよ。」
街中で喋るジジイには霊力手によるニギニギの刑だ。
「ぐはっ!やめっっ出るっ!出てしまっ!あぁああああ!」
霊力手にくるまれているので、その声は外には漏れない。何かが出てしまうらしいが無視だ。
「ようこそクロノス教会へ。聞いておりますよ。さぁこちらへどうぞ。」
む…。もう少しでジジイから出る何かを確認できるはずだったのに惜しいな。
黒と白の修道服を着た、40代半ばの優しい顔をした女性だ。
「シスター!!!」
突然レラが叫ぶ。と同時に修道服の女性に駆け寄る。
「ま、まさかあなた……リキュウの……!?」
「うん!!」
「あああああ。生存者がいるのですね!?………ああ!」
レラの顔を両手で撫でながら崩れ落ちる膝、ぶわっと溢れる涙。
「あなたが知っているシスターは、私の姉なのです…!」
浅はかな考えだった、と女性は話す。
リキュウで生まれ、リキュウで育った彼女とその姉は、サイハク帝都に赴き、聖職者になるべく修道院に入った。
無論そこはゴーマン教会。絶対神ゴーマンを崇拝し、その御言葉を賜る事の出来る枢機卿が絶大な権力を握る巨大組織。
彼女はそれが我慢出来なかった。背信者として日に多くの者達が断罪をされていく毎日。日毎に増す権力者達の装飾品、日毎に増す救われない貧困者。
元々聖属性の魔力適性のあった二人だったからこそ、聖職者に憧れた。でもその実態は全く理想とは外れていたのだ。
来る者は拒むし、去る者に興味はない。それこそがゴーマン教会唯一の救いだった、と彼女は語る。
「姉は、その場に残った。腐ってしまった組織から故郷を守る為だけに。………わたし、には…耐えられなかった……」
涙ながらに語る彼女の背中を、レラは一生懸命に撫でた。
自分が知るシスターへ、恩を返すかのように。
「姉に何があったのか、知っていたら教えて。あの姉が"ホワイトカーテン"をかけ忘れるなんて、そんな事がある訳がないの!」
真っ直ぐとレラの顔を見るシスター。後ろめたさから目を逸らしてしまうレラ。
そんな息苦しい状態を見ていられない俺は、水球に変えた霊力をシスターの頭の上に落とす。
________バシャァ。
《レラを守りたい気持ちはわかるけど、もうちょっとやり方あったと思うよ……》
この場で唯一発言しても影響のない小人さんの呆れた声が響いた。