テレサ帝国
草原を歩く。
2つの太陽は煌々と輝き、雲は流れ、緑は萌える。
「しかし本気で行くつもりかの?」
もう何度目になるかわからないジジイの質問。
「行くんでしょ?魔王なら何か知っているかもしれないし。」
無視を決め込もうとしていた俺に代わり、レラが応えている。
俺の腰には蒼く輝く石がぶら下がっている。
_______封印石。
覗いて見ると、中でしゃもじが寝ているのが見える。
気持ち良さそうに寝ているのが救いだ。
「クロルがちゃんと伝えてくれていれば、迎えにぐらい来るだろ?」
「正確に伝わっていれば、じゃな。出会い頭に攻撃されるやもしれんぞ?」
「言ってても始まらないよおじいちゃん。」
「じゃからまずは王の種をじゃな……」
「そればっかりだなジジイ。その王の種ってのは何処にあるんだ?」
「ほっ!ついに興味を持ったか?」
「………。」
「おい!!まぁ良い。薔薇の女王が住まうのは、人世界のほぼ中央。『生命の樹』の森じゃ!」
「なんだ、人世界には世界樹みたいなのがまだあるのか。」
「お兄ちゃん…。生命の樹はあるけど、ないんだよ?これも常識なんだよ?」
あるけどない?常識?
「まぁそういう事じゃ。生命の樹の森はあるが、生命の樹はまた別の空間にあるんじゃ。」
「あ、そういう事なんだ?」
レラは理解していたが、うーん。わからん。
「まぁ同じ人世界なんだから、行く事にもなるだろ。」
「ならいいがのぉ。」
多頭竜の襲撃から約一月。体感にして二月。
ようやく気持ちの整理もつき、本格的に封印を解く事を考え始めた頃。
俺が殺したと思っていた竜人は生きていたが、リーダーの『グリ』と名乗る者以外は目が覚めていない。
幻術の中で死ねば心が死ぬ。自然に目を覚ます事もあれば、一生そのままの場合もある。
だから世界樹どんぐりが、少しずつ少しずつ彼等の意識に干渉する香りを出し続けるのだそうだ。
いつになるかは解らないが、1年もかからず目が覚めるだろう、という事だ。
現実とほぼ相違のない幻術を施したのは四葉だ。
まだ霊力手で千切った、生々しい竜人の首の感触を覚えている。
あれは幻術だった、と聞いて確かに安心はしたけど、いまいち信じ切れない。
この感覚がある限り、多分俺は霊力で人を殺せる。
そして大切なものを守る為ならまた使ってしまうだろう。
四葉が居なければ実際に世界を滅ぼしていただろう、とジジイに言われた。
その四葉も未だに目が覚めていない。
無理矢理俺の霊力と同化した後遺症なのだそうだ。
「じっくりと治すしかないな。霊力を補給しようにも、器がボロボロなのだ。」
そう言った胡桃さんが四葉の看病を買ってでた。
胡桃さんは元々霊都から派遣された野牛族の里の警備員だしな。
「封印石の解き方、親父なら知ってんだろ多分。」
クロルはそう言い残し、魔王城へと戻った。
魔王へ説明し、納得してもらった上で俺らを招いてくれるそうだ。
今は俺とレラとジジイで、とりあえず何かの手掛かりを、と1番近い『人』の街に行ってみる事になったのだ。
グリはあの日の翌朝。仲間を置き去りにして逃げ去ってしまった。
獣人達基準の牢屋は本当に役に立たない。
でもどちらにしても幻術とはいえあんな事をされて、何も話してないのだから問い詰めても無駄だろう。
さて。たどり着いたのはテレサ帝国の都。
とても高い塀に囲まれた大きな街だ。
ここに来たのは理由がある。それはこれだ!
「あ、ステータスカードと世界樹の枝!そうだったね!」
レラは俺の手元にある物を見て思い出したようだ。
レジス・プトランという男の遺言を果たしに来たのだ。
「おう!………ところでギルドって結局なんだ?」
「………!?」
「簡単に言えば職業供給所、じゃな。」
「………!?」
「レラ!無言で驚くの禁止!」
「………!?」
もういい。
「ステータスカードの提示をお願いいたします。」
うわっ!『人』だ!!当たり前だけど『人』だ!!
この都に入る為の唯一の門には、やはり門番のような人がいて。
『人』っぽい!セキュリティだセキュリティ!
「…ステータスカードの提示を。」
こんな高い塀の中だ。それこそあの超大型にしか穴を空けられなそうな高く厚い壁。中に犯罪者を入れてしまえば、被害の拡大がとてつもなく早いのだろう。
この臆病さ。慎重さ。これが『人』だ!
「怪しい奴だ!」
「いや違うんだ。あーーー。この間モンスターと戦った時に落とし…「そういうものじゃないよお兄ちゃん!」…そうか。」
個人情報発現魔法、だっけ?いっそレジスのものを見せるか……いや駄目だ、死亡って書かれてる。
「あなた、孤児だったのね?」
突然話しかけてきたのは真っ黒な修道服を来た女性だ。年齢は30代中盤といった所だ、
「え?あ、そう!孤児なんですよ僕!だからステータスカードなくて…。」
「そういう方最近多いの。安心して、さぁこちらにいらっしゃい。」
女性に促されるまま、門番小屋の中の椅子に座る。するとすぐに女性が詠唱を始めた。
"主よ。小さき我に大きな力を。子たる者の委細を示せ。"
女性の手が柔らかい光に包まれ、それを俺の頭の上に運ぶと
パァンっ!という音と共に女性の手が弾かれる。
「あら。あなた魔力耐性が強いのね。教会に行かなきゃいけないわね。」
そう言うと彼女はどこからか巻物のようなものを取り出してきて、それを少し破る。
魔力耐性。単純に女性の魔力だと俺に干渉出来ないって事だな。
「ちょっとごめんなさいね。」
巻物の紙を俺の顔の前に持ってくると、じわーっと何かが浮かび上がってきた。……俺の顔だ。
「これから1日間あなたの滞在を認めるわ。その間に教会に行き、洗礼を受けてくれればこの『写紙』は勝手に破棄されるので、必ず受ける事!」
なるほど。そして何かが起これば容疑者としてその紙が提出される訳か。写紙、しゃし。惜しい!
街を見渡すと錬成の技術はあるようで、レンガや製鉄品が至るところにある。
家屋は切り出した石を重ねて、レンガで隙間を埋めたような建築で、木材等は一部にしか使われていない。
壁の中という限られた空間では、木材の方が当然高級品なのだろう。
道にもレンガが敷き詰められていて歩きやすい。ここは大通りだからか道幅はかなり広く、恐らく20メートルはある。
夜間証明は特になさそうだが、個々の家の前にランプのような物があるので、それが道を照らすのだろう。
そして道を歩くのは『人』だ。全員が西洋系の顔立ちで、髪の色は大体が茶色か金色。衣服で階級の見分けがつくようにしているのは直ぐに解る。
馬車に乗った青年は恐らく貴族。綺麗な色の刺繍が入った綺麗な服。歩いているのは恐らく市民。ただ布を紐で纏めたような服だ。
気になるのは飯屋だが。予想に反して意外とある。
肉を焼く。果物を切る。野菜を煮る。という単純な調理ながらも食事は職業になる程関心がある、という事だ。
で、だ。ファンタジーといえばこれだこれ!武器屋!
店の前には剣がクロスしたどこかで見たような看板が掲げられている!
入りたい!所だがまずは用を済ませる事が優先だ。
この世界初めての人の社会。もちろん色々勝手が違うだろうけど、揉める事だけは避けたいものだ。
_______テレサ冒険者ギルド
特に看板等はないが、赤レンガ作りの大きな建物だ。
後で聞いた話だが、この赤レンガが冒険者ギルドの証との事だ。
中に入ると沢山の『人』が壁に貼られた紙を眺めたり、真正面に見える受付で話をしていたり。
2階はご飯を食べられるのか、くつろげるスペースが見える。
「あの、少しお訪ねしたいのですが……」
「はい!テレサ冒険者ギルドにようこそ!!……登録でございますかぁ?」
受付に居た若い女性は、満面の笑みの対応の後で俺の顔を見て、初めて見る顔だと判断したのだろう。
髪色は金だが、日本人に近い顔立ちはかなりの親近感を覚える。
「あ、実はレジス・プトランさんから預かっている物が……」
「「「レジスだとぉ!!!!?」」」
俺が言葉を言い終わる前に、ガタガタッという音と共に3人の男が叫びながら俺の肩を掴む。
「おい!あんた!レジスが何処にいるのか知っているのか!?」
「パームは!?」
「『戦神の槍』は!?」
「待て待て待て待て!とりあえず待て待て!」
そんなに一辺に色々言われてもわからない!とりあえずレジスが人気者ってのはわかった!
「まずはこれを見て欲しい。」
俺はレジスのステータスカードを提示する。
それを見た上で、慌てて俺を見直す男達と受付の女性。
「あんた、これを預かった、と言ったな?どういう事か話してくれるか?」
直ぐに冷静になった、この中で1番落ち着きのありそうな髭を蓄えた初老の男が、その髭を撫で下ろしながら聞いてきたので、俺はあの状況を説明することになった。




