クロルクード
「良く見りゃなんだぁこりゃ!?人族、獣人族、精霊に、妖精だと!?いつからてめぇらそんな仲良くなったんだぁコラ?」
裏返ったような声、不良少年のような口調。……の割にはなんか会話したがってるように見える。
「うるさい。すぐ出来るから座れ。」
「あぁ!?てめえ誰に命令してんかわかってんのか?コラ」
コラを語尾につけるキャラ、なのか?
「お、お主がこの『竜繭』を転移させたんじゃな!?」
「おーぅ。話が解るじゃねぇか妖精。―――――そうだ!魔王子が1人、クロルクード様が「出来たよー。食えー。」…………かぶせてんじゃねぇよコラぁ!!!」
とりあえず尻尾肉を、炭火焼き風にしてみた。
霊力擬似炭火で焼いてみたら美味しそうに見えるし、何とも言えない良い香りが鼻腔をくすぐる。
炭火の効果で、ミディアムレアなのにキチンと中に火が通っている、という矛盾が可能となり、その効果は絶大!
俺が解体・調理している間に、周囲の虫の残骸はジジイが妖術で片付けてくれた。
あれだけの悪臭を放っていたのに、それをまるで養分にするかのように、ほぼ一瞬でお花畑に変わってしまった。
ジジイ……なんだかんだすごい奴だ。
焼けた尻尾肉ブロックを薄く切る。ローストビーフの切り方だ。
肉汁が出るわけでもなく、ほわっと上がる湯気。
「〰〰〰ええええ!!?今身体に電流が走った!?」
そう。とてつもない美味しい香りが鼻に入ってくる事でなる『鼻ピリ』。その名の通り、良い香り過ぎて首下の背骨あたりがピリッとくる現象の事だ。
それをレラは感じてしまったらしい。
――――――早く早く早く早く早く。そんな静かに急かす声が聞こえてきそうな静寂。霊力ナイフで1枚1枚丁寧に切り取り、一欠片の黒胡椒と、岩塩を振る。
ここには敵も味方もない。今ここにいる人数分の皿と、人数分のドラゴン肉。
先程まで騒いでいた悪魔でさえも唾を飲む。
「…………さぁ。召し上がれ。」
―――――――静寂。そして咀嚼音。喉にするりと入る音が聞こえてくるようだ。
……あぁ。どうしてもと言われて、本当に遺憾ではあるが、強いてあげるとするならば、この味は馬肉に近いといえば近い。
生臭い愚かな創作馬肉ではなく、所謂本物の馬肉はとろけるような甘さと旨味を兼ね備えた完璧な肉、と思っていたのだが。
このドラゴン肉は固くなく、柔らかくない。肉という事を忘れるような柔らかな食感があり、しかし再び肉だと思い出させてくれるような力強い弾力が不思議な感覚を感じさせてくれる。
これを知れば肉汁など子供の味。咀嚼毎に溢れ出るのはまさに肉の旨味と甘味。一切の雑味や嫌味を省いた、まさに『奇跡』と呼ぶに相応しい。
「おい。おい……。おい…………。なんだよ……こりゃ……」
悪魔は涙を流していた。いや。ここにいる全員が泣いている。
食に感動する。それは全てを強制的に包み込む幸福。
「きーーーーーーたーーーーーーーーーーーー」
という言葉と共にしゃもじは飛んでいった。いや、比喩ではなく本当に垂直に飛んでいってしまった。興奮し過ぎたらしい。
いや尻尾肉でこれか。牛でいうロースやバラ、サーロイン、ヒレ、更にホルモンまで、まだまだ食べる部位は沢山あるのに。
「「「「…………ふぅ。」」」」
満足してしまったのだ。たった一切れで。
………………。あ。マズイ事に気がついてしまった。
「そこの悪魔さん。」
「おっ?どうした料理人?」
「このドラゴンは飼育してましたか?」
「バカかお前。ドラゴンなんか飼えるわけねぇだろ。俺の能力"睡眠人形"で隷属させたんだよ。」
ふぅ。良かった。悪魔とはいえペットを調理してしまったとなったら償い切れないし。
少し心に引っ掛かる部分はあるが。
「……へぇ。そんな能力があるんだ?」
「てめぇらにも俺らの能力みてぇなのあんだろ?……スキルとかいったか?」
「あーぁ。それな!うんーまぁな!」
「何だその心がねぇ返事は」
あれ……?そういえばこの悪魔、割と話しやすいぞ?
周りの皆はまだトリップしてるし。
「で、何しにきたの?」
「おう。今は人族の手伝いだな。奴等は世界樹を狙ってる。……じゃねぇのか?っつかてめぇは何だ?」
……すんなり教えてくれるし。
悪魔って問答無用に殺戮するものかと思っていたのだけど。
「俺は……まぁ旅の料理人だな。」
「意味わかんねぇな。……いやある意味では自然か?俺の能力はてめぇの料理の為にあんじゃね?って思う程だからな!」
……やはり引っ掛かる。
「能力……睡眠中の生物を意のままに操る、って感じ?」
「はっ。そんなチャチな能力じゃねぇよ。俺の"睡眠人形"は、対象が眠っている時にしかかけられねえが、完全隷属能力だ。」
ゾワリと背筋が凍る感覚。―――――俺の頭の中で警鐘が響く。
そしてそれは覚悟と決意をもたらす。
「……急に、良い殺気放つじゃねぇか料理人のくせによ」
冷や汗を垂れ流す悪魔を俺は睨み付ける。
悪魔。魔王子。
思い出すのは霊都で聞いた下衆な笑い声。
「1つ聞く。お前の霊力はドラゴンの霊力を上回っているのか?」
―――――こいつが牙を剥いたら、それはしゃもじに届き得る。
危惧しているのはそれだ。
ここで殺しておかなければならない。
霊力は使えない。なら物理で殺す。
長い沈黙。とても長い時間、目の前の悪魔を睨み付けていたかのように思えた。
悪魔は「ふぅ。」とため息を吐き、諦めたかのように冷や汗を止めた。
「あぁ……。確かにドラゴンの霊力を上回る生物はいねぇな。つくづく面白ぇ奴だ。俺は今からてめぇに殺されるか。だが、その前に1つだけいいか?」
彼は悟っていた。恐らく彼の脳内では必死に、この状況を打開する方法を模索していたのだろう。
……俺が杓子を解放すれば、恐らく彼は影すら残らない。そんな根拠のない、けれど断定出来る事実。
「何だ?」
「何で俺は殺されんだ?」
「…………。確かに。」
「はぁ!!?」
言われてみれば確かに殺す必要ないな。能力を使えないようにするか、しゃもじを遠ざければいい。
「ドラゴンの霊力が多いと何だってんだ!?」
「……あ、いや。ほら霊法って霊力が上な存在には使えないじゃん?」
「……はぁ?ようは俺がてめぇに能力を使うって思ってんのか?」
「そんなようなもんだね。」
「はっ。じゃあ安心しな。"睡眠人形"は対象が睡眠状態でいる事と、この能力を知らない事が条件で発動する能力だ。つまりてめえにもここにいる獣人族や妖精にも効かねぇって事になるな。」
「……精霊は?」
「使えるわけねぇだろ。やれたら始めからやってんよ。そもそも精霊は概念みてぇな存在だし、大概の能力の対象外……、ってか人族のくせに『隷属の魔法陣』を知らなそうだな?」
「……なんだその不吉なものは!」
「ぷっ!くははははは!そうさ!ありゃいけねぇ。人族が考え、進化させていった隷属魔法さ。1回見たが……あれは節操がなさすぎる。」
俺は驚いていた。……目の前に立ち話し笑うこの悪魔と呼ばれる人型の何かが、とても『人』らしく見えているからだ。
「精霊も悪魔も概念みたいな存在なんじゃないのか?」
クロルクードと名乗った悪魔と雑談をしながら、バラ肉の部位、竜バラを串に刺し軽く炙る。
竜肉が炙られる事で放つ芳醇な香りを目がけて、トリップしていた皆がゾンビのように這い出してきた。
しゃもじ、四葉、レラ、胡桃さん、香さん。ギラギラとはしているが、上目遣いがとてもかわいい。
「よこせー」
落ち着きのない尻尾ピーンの足元ぐるぐる。時々膝を引っ掻れ。
しゃもじだけならいい。
「よこせーよこせー」
……この場にいる尻尾を持つ全員がこの行動をしている。
だが何の自信があってジジイと角がこの上目遣いの列に加わっていられるのかが疑問だ。
プウの服でなければ、俺の膝は完全に露出していたことだろう。
「あぁ。てめえは獣人族に育てられたんか。悪魔と魔族は違うって事知らねえんだな?」
意外とこの不良少年……もといクロルクードという魔王子は冷静である。
よだれを垂れ流している点を除いて、だが。
しかしいや、なるほど。確かに前に見たベリアルとかいう悪魔とは全く違う。確かにクロルクードはここに存在しているとハッキリわかる。
「うめぇ!これもドラゴンの肉か!?さっきと味がちげぇ!」
ちゃんとこうやって物を食べているし。
しかも味も解るようだ。マグロだってテールとトロでは味がまるで違う。
やはりこの悪魔。なかなか話せる。
「確かにこれを食うて死ぬのなら悔いは残らんのぉ。」
鮮烈過ぎた竜肉の旨味インパクトに少し慣れてきたころ。
本当の意味で味わう事ができる。
ジジイが魔王子を意に介さず、串焼きをまじまじと見つめながら、食べるのを惜しむように口に運んでいた。
「…………。はふっ。………………ふふふふふふふふふ」
四葉は恍惚な表情で串焼きを食む。熱さと美味さの狭間で、幸福に支配され、不気味に笑っている。
バラ肉とはいえ脂身のないこの肉ならしゃもじにあげられそうだが……あまりあげると太るしなぁ。
「はやくくれないとなおとがたいへんなことにーー」
何する気!?脅してきたよこの子!怖い!
いやいやいやいや!話が進まない!!
悪魔と魔族は違う!?やめとけよ。俺は言われた事を信じるしかないんだからなまだこの世界では!
そもそも、と前置きをして語り始めたクロルクードによると
魔法と霊法は、以前からの知識から言えば悪魔から借りるか精霊から借りるかの違い。
それが間違っているわけではないが、正確ではないとの事。
魔法とはつまり『魔族が考案した、少ない霊力で効率的に霊力現象を起こす方法』であり
霊力と気、生命力を混ぜて嵩を増し、練り上げたものを『魔力』と呼び
『魔力』を使用して霊力現象を起こしたものを『魔法』と呼んでいる。
……蕎麦とかうどんみたいな感じだろうか。いや、炊き込みご飯か?
あ、肉うどんいいなぁ。煮干し(仮)ならあるし、竜肉で作ってみようかな。
悪魔というのは、『人』の強い感情に魔力が集まって出来てしまった概念のようなもの。
魔族というのは、獣人族と変わらない種族の1つだという。
「潜在魔力が生まれつき高い種族。それが魔族だ。」
『人』と魔族に最早霊力という言葉は使われず、『潜在魔力』と呼称しているが、同じものらしい。
『人』は悪魔と契約する以外に、地下世界に存在すると言われているドラゴンから霊力を借りる。
「俺らからすればむしろ異端は人族だ。悪魔なんぞ生みやがって。それを獣人共はわからねぇんだ」
吐き捨てるかのように言った魔族の目は遠くを見ており、物憂げな表情だった。
「じゃあなんでこんな事をしたの?」
いつの間にか俺の隣に立っていたレラを、魔族は一瞥した。
異端だと言ったり、『人』の手助けをしていると言ったり。
確かに思う所はある。
「目的がある。悲願、とかゆーやつさ。」
クロルクードの決意に満ちた瞳を見るに、その悲願の内容を、今この場で語る事ではないのだとここにいる全員が悟る。
数秒の沈黙。だがすぐにクロルクードは話を続けた。
「……何で人族の感情と魔力が混ざると、悪魔みてぇなもんが出来るとか。そういうのは一切わかんねぇ。俺はバカだからよ。研究機関はあるみてぇだがな。」
「……魔族には『人』と契約出来ない?」
「あぁ。その通り。ブルーグラスでは悪魔と魔族を一緒にしてるみてぇだしな。驚きだろ?」
「んー。そうだな。なぁ!ジジイ!」
「……!?」
突然話を振られたジジイが焦る。
「情報は正確に伝えて欲しいかなぁ。さも当たり前のような口調で言ってたなぁ!」
「……し、仕方ないんじゃ!『王の種』が奪われてしまってからというもの、自分の記憶だけが頼りなんじゃ!」
「花王様の助け船ではないが、その魔王子が嘘をついている可能性もなくはないぞ?」
とフォローを入れる角だが、自信なさげにしているのは、解っているからなのだろう。
そう。嘘をつくメリットがない。俺は既に殺す気はなくなっているし、しゃもじはドラゴンの骨を引っ掻いて遊んでいる。
「魔族が獣人の敵、てのは間違ってねぇよ。俺等は戦争を起こそうとしてるからな。」
「それが悲願、とかいうやつ?」
「その結果が、さ。これ以上は俺からは言えねえ。でもなんつーか、お前の飯で解決しそうな気がすんだけどさ。悪いけどついてきてくんねぇかな?」
「……?どこに?」
「魔王城。」
いきなりぶっ飛んだ話ではある。獣人達の世界、黒い砂漠、魔王城。俺が『人』の世界に行けるのはいつの日になるのか……。
でもまぁ、
「いいよー、な?しゃもじ?」
「ねるぞなおとー」
ほらね。振り回されるのは今さらだし。




