ドラゴン
「いや待て待て待て待て!待たんか阿呆が!!」
「なんだようるさいな!いいか!目の前にドラゴン。これは食うだろ!!?」
「………………!!!」
「それが阿呆じゃと言うておるんじゃ!竜なんぞ食ってみろ。数日の内に世界樹の森ごと火の海じゃぞ!!」
「うるせーーー!俺はドラゴンを食う事が夢だったん………………えっ?」
「『触れるな。報復を恐れよ。彼等は同胞の敵を決して許さない。従え。委ねろ。彼等は意思を持つ災害なのだから。』って、誰でも教わる事だよお兄ちゃん……」
「いやでもこれはさ、な、レラ。これは繭に包まれていたって事は、虫じゃん?竜虫的な??」
「ドラゴンが脱皮した直後の鱗はとても柔らかいから、それを守る為に2年間繭に包まれるのも常識だよ……」
「うーん。じ、じゃあしっぽの先端とか……」
「お兄ちゃん!」
どうしてもダメらしい。これだけ大きなドラゴンなんだから、少しくらい肉をもらっても大丈夫そうな気がするけどなぁ。
「………………!!!」
四葉は遠くを見ながら絶句していた。そんなダメなのか……。
「良いか!レラが言うように竜とは災厄なんじゃ。生物界の王、神にすら牙を剥く絶対の存在じゃ!水竜なんか偽物中の偽物。その証拠にほれ、四葉が硬直しとるじゃろ?寝とるからまだ良いが、花王の儂ですらこの距離、この圧力はきついんじゃ。」
「レラも俺もあんまり気にしてないんだけど?」
「ううん。僕がこの手を放したら多分死ぬよ?」
あ、確かにレラは俺の袖を強く強く、それはもう強く握っている。って事は四葉も……
「ぷはっ!はぁはぁはぁ。あ、あり、が、と、な、おと……」
硬直し過ぎて息が出来なかったらしい。
思わず手を握ってしまったが、これはあれだ。人助けだ。うん。
「話には聞いていたけど、こんなにすごいんだ、竜の圧力って。」
息を整えた四葉が、俺の陰からドラゴンを覗きながら呟いた。
「圧力、ねぇ……いや、あの、動けないんだけど……」
「うん。動かなくていいと思うよ直人!」
「お兄ちゃん、里に帰ろ?」
こんなかわいい二人におねだりをされてしまうと無下には出来ないな。
でも竜食べてみたかったなぁ。ゲームでもマンガでもすげぇ美味いという表現が一般的だし。
「これ、このままにして大丈夫かジジイ?」
「そうじゃなぁ。まぁ竜だけならこちらから手を出さん限りは、攻撃されたりせんじゃろうがな。問題は何故ここに『竜繭』があるか、じゃな。この千年樹ごと何かしらの力で転移させたのは、恐らくは聖域を狙う悪魔かの。奴等の誤算は獣神様がいらっしゃった事…………ってありゃ?お主ら!儂を置いて行くな!!」
「問題ないなら良いだろ。食っちゃダメなんだ《バキャッ!!》ろ?………………ばきゃ?」
突然響いたたっぷりと不吉を孕んだ生々しい音。
それの正体は、血を撒き散らしながら宙を飛ぶドラゴンの首だ。
「なおとーくうぞーー」
絶対に返り血をしこたま浴びるはずの位置で、尻尾を高々と上げている綺麗な毛並みのしゃもじが、興奮気味に言葉を発しているのがわかる。
……あいつどうなってんだよ。
あーぁ。ほら皆の時間が止まっちゃったじゃないか。
「ななななななななななななななんて事をしてくれたんですか!!!?」
「って言われてもやっちゃったもんは仕方ないだろ?」
「あぁ…………もうおしまいです。手玉を、獣王様に手玉を送らなきゃ…………」
異変に気付いた香が物凄い勢いで走って来たかと思えば、へなへなとその場にへたりこんでしまった。
しゃもじが首を飛ばしてしまったドラゴンの血抜きをすべく、霊力手で吊るし、しばらく経った。
ドバドバと出ていた青い血はもちろん俺の霊力で受け止めて、使い道があるかどうか後で誰かに聞く。
ドラゴンの血は、不老不死の何かとか、万能薬の材料だとか、そういうのが相場だ。むやみに捨てられない。
あとはー爪が武器になるとか、鱗が防具になるとか、が相場か。
いやほら。もう首飛んでるし。もうこれは美味しく戴かないと逆にダメなやつだろう!
それにしてもでかいなぁ。ティラノサウルスとかリアルにいたらこんな感じなのかな?
お、翼がある。身体の割に小さなこの翼で飛べるのか?ファンタジーだからいいのかな?
「な、な、な、な、な、な、な!?」
「お、お、お、お、お、お、お!?」
うん。もう1人居て、「と、と、と、と、と、と、と、」と言ってくれたら完璧だったね胡桃さん、角。
「お前は何て事を「あ、もうそれ聞いたよ角。」…………むぅ。いやしかしだな……」
「くくく、あはは、あーはっはっは!ナオト!流石だ、やはり私と子を成そうぞ!」
三段笑いという中々高度なテクニックを駆使した胡桃さんの言葉に、四葉の時間が再び流れた。
「……え?……んんん??どういう事です?胡桃様……??…………なおと???」
「ん?どういうも何も、そのままの意味だが?というか四葉は要らんのか?」
「え!?いえっ!あ、いや欲しいです……じゃなくてぇ〰〰〰〰!!そうではなくてですね!ひとっ!そ、そうです!『人』と交わるのですか胡桃様!?」
「私は強ければ良いと思っている!」
わぉいい顔、いい声。そりゃそう言われたら男としては嬉しいだろうけど、残念。これは借り物の力なんだなぁ。
「胡桃さんはもう少し恋だとか愛だとか知った方がいいかもねー。」
「ほぉ。ナオトらしくもなく、そんな食えないもんを大事にするのか?」
このリス……俺を食欲の権化か何かだと思ってやがるな。
「くるみちゃん。お兄ちゃんの言う通りだよ。恋も愛も大切!!」
「え!!?レラってそういう人いるの!?」
「いるよ!僕だって女の子を好きになるんだ……けど、、、」
うぉ!ヤバい、あれか!レラのツラい過去の話になってしまうやつか!
そんな時はそう、メシだ!
突如として始まった『恋ばな』のおかげで、皆の時間が再び動き出したようだし!
「あぁ。前に言ってた『人』だな。修道服の女以外はいなかったから、生きてると思うぞ。」
「うん。それだけで今は充分だよ。ありがとう角。」
「む。そうか。何なら手伝うぞ?」
「ううん。角がここにいなかったら誰が里を守るのさ。」
「む。まぁ……そうだな。」
「うん。」
レラはすごいな。この年齢なのに色んな経験をしている。
俺に出来る事と言えばそう!料理だ!
ドラゴンってどうやって食うんだ?所謂マンガ肉とかいうやつか??
皆の口振りだと、早く隠した方がいい。それも無駄なのかもしれないが。
"千里眼"の要領で上から見下ろし、霊力手を駆使して解体していく。イメージは巨大化。まな板に乗る魚を捌くイメージ。
ホルモンも食べれるのだろうか。……毒という概念が存在しない以上食えるよな。
丁寧に丁寧に1つずつ血抜きをし、切り出した骨も良く洗う。一応鱗も皮も取っておこうかな。
ドラゴンを食うだなんて夢の中の夢だ。無駄にする所はなくすように調理する。
「……ここまでバラバラだと圧力も何もないね。」
「そうじゃなぁ。嵐の前の静けさと言った所なんじゃろうなぁ。」
「ふふふ。でも何となく、直人としゃもじが何とかしてしまいそうな気がしますね。」
「楽観し過ぎだろう四葉。竜の群れは地形を変えるらしいぞ。」
「とはいえ胡桃殿。奴は単身で世界樹を吹き飛ばしたぞ。」
「「「「「…………。」」」」」
「あぁ。手玉を送らなきゃ、手玉、手玉、手玉」
「香。少し様子を見よう。手を下したのが獣神様なら或いは許されるかもしれん。」
「まぁあくまでも文献の中の話じゃからの。王の種にすら竜の姿を視認した経験はなかったしのぉ。どうなるかはわからん……。」
皆が話しているのを横目に見ながら、解体を続ける。
竜の肉は脂身の少ない、というよりもほぼ無い青身肉。まぁ赤身でも白身でもなく、青い血なんだからこの色だわな。
腹の内側、ホルモンの一部に脂肪がついていたが、それ以外はほぼ筋肉。
美味い物=「脂のってる」「肉汁が」「とろける」「甘味がある」等と言う油脂糖質信仰の日本人舌の俺は、これを美味いと感じられるのだろうか。
それにしたって昔の常識があるから、青身肉は美味しそうには見えないなぁ。
……ん?何か空気を切るような音が聞こえる。と思った時には
ドンッ!と何が落ちた音、その直後
「おいおいおいおいおいおいおい!!!!どういう事だこりゃ!あぁ!?…………説明しろそこの獣ぉ!!!」
突然響いた怒声。その主は、角を獣だと言い放った。
青白い肌、青い短めの髪、尖った耳、黒マントにくるまったような格好。それから覗く、コウモリのような羽。
「やはり……絡んどったか……悪魔め!!」
いつの間にか角の肩に乗っていたジジイが、返答などするかと言いたげに叫んだ。




