油揚げ
実は九尾の里産の巨大豆で作った物は納豆だけではない。というか大豆といえばまずはこれ。豆腐である。
大豆をよく洗い、大豆の3倍の量の水につける。10~20時間程つけた大豆は水を吸ってパンパンにふくらむので、それを目安にする。
それをつけ汁をごと一緒に潰し、なめらかなクリーム状にする。ミキサーがあれば便利だが…と思うと当然のように杓子がミキサーになってくれた。
鍋に水を入れて沸騰させ、そこにクリーム状にした大豆を入れ、焦げないようにかきまぜながら、沸騰するまで強火で煮る。
沸騰すると泡がモコモコとしてくるので、あふれる一歩手前で火をとめ、泡が落ち着いてから弱火にして、かきまぜながら、豆腐の香りになるまで煮る。
これを熱い内に布袋……はないので霊力で具現化した袋に入れ、絞り出し、豆乳とおからに分ける。
「はいっ。そこまで出来たものがこちらでーす。」
「こちらだー」
お決まりの台詞を言いつつ、空間圧縮袋から豆乳とおからを取り出すと、嬉しい事にしゃもじがノッてくれた。
うちの猫はおからで作られた猫砂を食ってしまうという謎の行動をとるので、トイレの砂はいつも木のチップだった事を思い出す。
「いきなり何を言っとるんじゃ…獣神様まで一緒になって…。」
「いいんだよ!これは決まりなんだ!!」
なんと空間圧縮袋に食べ物を入れて置いても腐らないのだ!数々の食べ物を入れておいた事から得た大発見である。
空間圧縮袋の中は無菌状態になってるとか、霊力空間だから菌が住めないとか、酸素がないとか……きっとそんな感じだ。さてさて…
豆乳を70~75℃にして、にがりを加える。にがりは勿論杓子から出した。…便利過ぎるぜ。にがりはゆっくりと円を描きながら加え、そっと混ぜて固まるまで蓋をしておく。
固まったら布を敷いたざるに入れ、重しをして完成なのだが、固まったものをそのまま笊に取り、ざる豆腐で食った方が俺は好きだ。
豆乳を焦がしてしまったり、ざらついた豆腐になってしまったりと失敗しやすい豆腐だが、やはり手作りの豆腐は美味い。
この味を知ってしまうと、朝暗いうちに起きて仕込みをしている、昔ながらの豆腐屋さんも大分減ってしまっていた事を悲しく思ってしまう程だ。さてさてさて…
実はざる豆腐と並行して作っていたものがある。それは薄い豆乳で作った『油揚げ用の豆腐』。油揚げを作るにはそもそも普通の豆腐では駄目だ。
そんな事を知らない時代の俺は、市販の豆腐をろくに水切りもせずに油の中に放り込んで大変な事になったという苦い経験がある。
霊力と杓子を駆使してしっかりと水を切った油揚げ用の豆腐を、低温の油でじっくりと揚げる。厚さは1センチ程が好ましい。
一度油から取り出した豆腐を、今度は中温で揚げると完成する。
手作り油揚げは、手作り豆腐が作る事が前提のとても手間のかかる料理であるが、やはりこれも味を知ってしまうと、どうしたってもう一度食べたいと願ってしまうのだ。
……無論近所に仲の良い豆腐屋があり、揚げたてをもらうに越した事はないのだが。
「ジジイ。生姜出せるか?」
「……??」
揚げたての油揚げは一口大に切り、みじん切りのネギと千切り生姜を散らして、醤油を垂らす。これだこれ。
「美味しそう……」
四葉が唾液を口の中に溜めながら呟く。その瞳は爛々としていた。
ウサギは人参、ならキツネは油揚げだろうと思い作ったが、反応を見る限り間違いなさそうだ。
「味見る?」と聞くと、地べたに座りこんでいる四葉はコクコクと何度も頷いていた。
すいーっと横に油揚げを動かすと、四葉の視線もそれについていく。
…………かわいい。
四葉がサクッという軽快な音を鳴らすと、その顔は喜びに満たされていく。
「ん~~~~!!!」
手足をパタパタとさせ、全身で美味しさを表してくれる四葉。
…………かわいい。
「おれもおれも」
「んー。しゃもじはもう少し冷めてからがいいかなぁ。あ、これならいいか。」
猫だけに当然猫舌だしな。油揚げはまだ熱いので、おからを差し出す。
肉食である猫も多少の穀物は必要なのだが、たまにアレルギーを持っている猫がいるので注意が必要だ。
「儂も!儂も!」
「微塵もかわいくねぇな。早く生姜を出せ。」
「儂に対して冷た過ぎるじゃろ……」
俺はかわいいものが大好きだ。「男のくせに」と良く言われたものだが、よくよく考えればかわいい女の子が好きな男は皆、かわいいもの好きと言えるだろう。
ジジイに対して冷たくなってしまうのは仕方のない事なのだ。
「私にも戴けるかしらぁ?」
鼻から息を抜くような色っぽい声。これは…。
「え…?華澄…?」
「なんだ?もう出てこれるようになったのか九尾。」
いつの間にか具現化している九つの尾を携えた巨大な狐。まずはその大きさを何とか出来ないのか?
「そうね。これでは動き辛いし。」
そう言った九尾は、中型犬程度の大きさへと変わる。
ん?心を読んだかこの狐?
「あはっ。違うわぁ直人。貴方の顔にそう書いてあるだけよぉ。さ、私にもその黄金色の食べ物下さいなぁ。」
言われるがまま油揚げを差し出すと、すんすんと鼻を鳴らしてから食べ始めた。
動物に餌付けをするこの瞬間。くそっ。性悪な狐がとてつもなくかわいく見える…!
そして動物特有の美味しさの表現、『キラキラと輝く瞳の上目遣い』を放つ!!
見ろしゃもじを!畑の肉と称されていながら、肉食動物に大豆を与えた時の瞳を!
「たまにならいいなー」
と言いつつ明らかに「違ぇよ。ふざけんな。てめえを食っても…いいんだぜ…?」という目を飼い主である俺に向けるのだ!
被害妄想が加わって、の話だが。
「やっぱりだわぁ。ねぇ、四葉?」
「…うん。この食べ物は、他のと比べて霊力の上がり幅がまるで違う…。」
「ふむ。いや、儂にとっては変わりないんじゃがのぉ。」
「何勝手に食ってんだジジイ!」
「固い事を言うな。ほれ。しょうが、とはこの辛玉の事じゃろ?」
辛玉…。確かに生姜だ。
四葉と九尾が言っている意味は解る。要するに『大好物』って事だろう。
「今日はどうしてもこれが食べたい!」と思う時は、その食物に含まれている栄養価を体が欲しているからだ、と誰かが言っていた。
その「これが食べたい」の中に高確率で選ばれる『大好物』。それらはこの世界の住人には霊力として現れるのだろう。
…と難しく考えてみたが、まぁ要するにウサギに人参、キツネに油揚げ、ポ〇イにほうれん草をあげるとパワーアップするって事だ。
「四葉、回復したか?」
「うん!ありがとう直人っ!」
その後、おろし生姜と刻みねぎを添えた冷奴や、おからの炒め煮、揚げたての油揚げを堪能した俺らは、まりちゃん宛に野牛族の里へ着いた事を込めた手玉を投函し、里長の家へと戻った。
「覚悟がある者から…かかってこい!!」
里長の家へ戻ると、胡桃さんが鞘に納まったままの刀を掲げて怒鳴っていた。
「「「おぉぉぉぉーーーーーー!!」」」
野牛族の男達が胡桃さんを囲い、躍起している所を見ると…稽古かな…?
「胡桃殿。本気で手合わせ願えるか。」
ズシンと自身の倍近くありそうな斧を地に突き立てた角が、静かに胡桃さんを見据える。
「『滅斧の角』。貴様の力が話に聞く通りである事を願う…!」
シャリッという鍔鳴りを響かせ、胡桃さんの豹双牙が抜かれる。
いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや。
何でこんな物騒な事になってんの!?
「「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」
胡桃さんと角の声が重なった直後。角の斧が、その重量を完全に無視したかのような速度で胡桃さんを襲うが、軽やかな跳躍でそれをかわし、そのままの体勢から刀を振るう。
ガキンっという金属音を鳴らしながら、刀は斧の柄によって止められた。
「"獣力開放"!『一つ目』!!」
野牛族の霊術、肉体強化。
角が叫ぶとほぼ同時に、彼の筋肉が倍近くに膨れ上がる。
その明らかに強化された筋肉は、斧を振り上げるだけで大地を捲り上げ、突風を起こす。
「くっっ!」
斧をかわした胡桃さんが、突風に煽られ姿勢を崩した。
なんだこれ。映画?アニメ?いやいや目の前で繰り広げてますが。
「"喰らえ我が霊力を――起きろ幻獣の王"『豹王阿修羅如』!!」
豹双牙から青白い霊力が迸る……ってあれ?俺が見えるって事は結構強力?
溢れ出た霊力は胡桃さんの周囲に無数の太刀に、まるで肉食獣の牙の如く具現化し、浮かぶ。
「あらぁ。圧巻ねぇ。」
「『能力開放』!?胡桃様、本気になってるね…。」
そう。俺が入れば2秒でズタズタに引き裂かれそうなこの対決の中、リスさんは実に楽しそうな笑みを浮かべているのだ。
そして角も…
「ふんっ!『二つ目ぇ』!!」
と不敵に笑いながら更に巨大化した…。
「やっぱり角は強いなぁ。」
いつの間にか隣にいたレラが言葉を漏らす。うん。確かに強いな。けどさ
「いやこれ…止めなくて大丈夫か?俺が見える霊力って事はやばいんだろ?」
「ほう。お主にも見えるのか。なら『能力開放』は、霊法に近いという事じゃな!」
「俺の目を分析に使うなよ……」
ガキンっ!ガキっ!!と物騒な音が響く野牛族の里。
……待てよ。霊刀?開放??
「四葉。『能力開放』ってどうやるんだ?」
「聞いた話だと、霊具に霊力を込めるだけだけど…え?」
腰から杓子を抜き、霊力を込め…、いや霊力を込めるってなんだ?
杓子を体の一部だと思って、霊力を開放するイメージか…?と思いながら、やってみると。
胡桃さんの時よりも遥かに多く、遥かに濃い霊力が迸り、杓子がゴテゴテに装飾された槍へと変貌する。
……あぁ!プウが狩りに使えるって言ってたこれは、矢じゃなく槍だったのか!あの時は確かに霊力操作とか知らなかったしな!
っていうか取り扱い説明書ぐらい置いてけよプウの野郎!!
プウへの憤りを感じながら杓子槍を振り下ろすと、轟音と空気が震えるかのような衝撃を肌に感じる。
「え……?」
「直…人……?」
「お兄ちゃん…」
「おおおぉぉぉ…何て事じゃ…」
目の前にあったはずの世界樹の森が、跡形もなく吹き飛んでいた………




