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猫と杓子がやたら強い。  作者: しゃもじ派
封印と芽生え
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緑の草原

触手で運ばれて乗った黒坊主の背中……というより頭の上は、意外にも居心地が良かった。


ちょっとした窪みがあり、座れるようになっているのは黒坊主がそうしてくれているからだろうか。


少し柔らかすぎる黒坊主の肌は、ウォーターベッドに腰かけた感覚に似ている。


特に揺れる様子もなく、ササササササ、と静かに砂を掻き分けて進む黒坊主。


少し安心したからか、そのまま倒れるように寝入ってしまった。







--------------ふと目が開く。


眩しい太陽に眩みながらも周囲を見渡せば、皆も泥のように眠っているのが確認できた。


ただし大変残念な事に、俺の位置からだと四葉の寝顔が見る事が出来なかった。


とりあえず寝ぼけ眼で、のそっと起き上がり、こそこそと位置を変える。


黒漠という名前に似つかわしくない柔らかな日差しと心地よい風。


……まぁ風に至っては黒坊主が移動しているからこそ吹いているように感じるだけなのだが。


「お兄ちゃん……起きたの?」


突然背後から聞こえた声に少し驚きながら振り返ると、レラだけは起きていて黒坊主の毛に捕まって景色を見ているようだった。


深緑の髪を風に(なび)かせながらこっちを見ているレラ。その膝の上でしゃもじが寝ていた。


猫が膝の上で寝るなんて事は、相当警戒心が無くなっている証拠で。


この世界にはしゃもじの敵はいないのだろうと確認出来る。


俺の上で寝た事はないから、レラの膝の上が落ち着くとか気に入ったとかではないはずだ。


そのはずだ。そうに違いない。


「い、いや!ち、違うぞ、レラ。少し寝苦しいから位置を変えるのであって、四葉の…………って、レラ。それ何だ?」


特に(やま)しい事はない、と説明している中で、レラの隣に手のひらサイズの青い雪だるまのようなものが置いてあった事に気付いた。


そしていつのまにそんな可愛らしい物を手に入れたのか、を聞こうとすると、それがこちらを向き話しかけてきた。


《僕が見えるの!?》


「……喋るんかい……。」


ジジイの存在もあり、霊力が当たり前のファンタジーな世界である以上、雪だるまが喋るのは不思議ではないのだが。


頭で解っていても、まだまだ受け入れ難さは拭えない。


声色がレラに似ていた所から、余計に違和感が残ってしまう。


「え!?小人さん……!?なんで!?」


それが隣にいる事に今気づいた、という様子のレラ。あぁ。これが話にあった『小人さん』とやらか。


想像していた童話のような小人さんとは違い、透き通るかのような青い雪だるまである。ニンジンを突き刺したような朱色の鼻に、ビー玉のような深緑の瞳だ。


「レラ、左目が戻ってるな。」


「え!?……本当に?」


《うん。僕が出てこれたって事はそういう事だよ。それにしても……僕が見えるって本当に君は何者なんだい?》


つい昨日まで紅く染まっていたレラの左目が、ほんのりと青く輝く透明に変化していた。確か元に戻ったという表現で合っていたはずだ。


小人さんとやらは喋ってはいるが、見た所口はない。恐らくしゃもじと同じく霊力を介して話す『念話』のようなものなのだろう。


「確かに見えてるし聞こえているが、自分が何者か、は俺が一番聞きたい事だ。そもそもお前、神じゃないのか?全知全能とか期待してたんだが。」


《あ、もしかしてこの人バカなの?》


……おい。


「……うーん。まぁ料理バカって表現なら合ってるかも……?」


……レラまで!?


「なおとはめしだぞー?」


……しゃもじ……寝てろお前は。


「内緒話なら聞こえないようにやれ!!!」


《うぇ!?レラにだけ言葉を飛ばしたのに、何で聞こえてるのさ!!》


「りょ、料理上手って意味だからっ!小人さん!!そんな事言っちゃダメでしょ!」


レラだけに飛ばしたハズの言葉が俺に届いている……?それもまたプウシリーズのおかげなのだろうか?


とにかくレラの左目が元に戻った事によって小人さんが出現したのは間違いなく、そしてそれは同時に、レラの神石が浄化されたという証拠にもなるはずで。


とりあえず俺にも姿が見えたという事で、自己紹介を促した。


《僕は命神(みことのかみ)アド様の欠片。アド様は、まだ実体のない魂のレラを愛し、僕を与えた。でも結局は欠片だから、レラの知識以上の事は殆ど知らないよ。》


アド様。……プウとアド。この世界の神々は2文字の名前なのだろうか。


「……そんな話、初めて聞いたよ。」


《言ってないからね。本当は僕が出られるのだってもっとずっと先のはずだった。それこそレラがお爺さんになってから、とかね。1度黒くなった神石はそんな簡単には戻らないんだ。》


左目が紅く染まっていた時でもレラと小人さんは話を出来ている様子だったはずだが、聞いていない話もあるようだ。


レラは少し拗ねるように口を突き出しながらも言葉を紡ぐ。


「でも……戻ったよ?」


《うん。……本当に……なんでだろうね?》


雪だるまが首を傾げるという可愛らしさに少しだけ和みながらも、俺は自身の疑問を解するべく質問をする。


「俺の料理が関係してるとか?」


《君自体が妙な存在だから有り得なくはないけれど、でも霊力の器が拡がった所で戻るものでもないんだよね。》


「そうか。……まぁ戻って良かったじゃないか。レラ。」


「……うん。何だかよくわからないけど。……良かった。」


正直な話、レラの左目が元に戻った事は喜ばしい事だと考えているだけで、それが原因不明だとしても『良かった』ぐらいにしか思えない。


それよりこの世界に来て二人目となる『神』と名乗る存在に何よりも聞きたい言葉を投げ掛けた。


「そうか。じゃあプウって神を知ってるか?」


《……プルフマ・ウスタ様……?いや『人』がその名前を知る訳がないし。……それは何の神様なのかな?》


プルフマ・ウスタ?まぁ略せばプウか?


……いやあんな中華街のおっちゃんがそんなカッコいい名前のハズがないか。


「食の神だと言っていた。」


《うーん。ごめんね、知らないな。『人』から時々産まれる『超越者(ちょうえつしゃ)』の一人なんじゃないかな?》


前にジジイから聞いた話だと、『人』から稀に『超越者』が産まれる事があるのだという。


産まれながらに様々な種を超越した膨大な霊力を保持していたり。


野牛族さえも超越した腕力を保持していたり。


僅かに、とはいえ神の力に近い効果を持つ道具を開発したりと。


その様な存在は、『人』から神と崇められ、信仰の対象になるのだそうだ。


《まぁその基準で言えば君は超越者であると言えるよね。当然僕の能力を使えるレラもね。》


俺は膨大な霊力を保持している上に、獣神の『契約者』。


レラはアドとやらの欠片を宿した『愛されし子』。


確かに他を超越した存在なのかもしれなかった。


「やっぱりアド様って、死神なの……?」


《そう揶揄される事があるのは確かだね。アド様の御名はアドニ・クロノス。生と死を司り、この世界に生命を誕生させた神様だよ。まぁそれだけじゃないんだけどさ。》


アドニ・クロノス。名前かっけぇ。


命神だか何だか知らないが、とりあえず『これぞ神様!』って感じの存在らしい。


「そのアドは、今どこで何してんだ?」


《……少しは口を慎む事を知れよ『人』ごときが。》


「……すみません……。」


急激に冷たく重い声と空気を放つ小人さんに、つい謝ってしまう。


確かに俺みたいな料理人として連れてこられた奴が呼び捨てにしていい存在では無いよな……。


「……でもしゃもじは、命神様と並ぶ存在なんでしょ?」


ナイスフォローだレラ!もっと言ってやれ!大体俺は違う世界から来たから、アドニなんちゃらとは関係無いし!!


「なおとはめしだぞー」


決して俺は飯ではないのだが、しゃもじにとってはきっとそんな認識なのだろう。


実際俺が仕事から帰った時のしゃもじの視線は、俺の手に集中していたし?


猫は飼い主を奴隷として見ているっていうのが定説だし?


……だがそれがまた良い。


猫だから許せる身勝手さ。猫だから、だ。


猫上級者になって初めて解るこの感情は、一般的には理解され難いのだが。


《確かにそう……だけど獣神様に寄り掛かっているだけの『人』ごときが生意気なのは間違いないよ。》


「俺が悪かったよ!すみませんでした!」


寄り掛かっているだけ、と言われて少しカチンときたが、口論になるのも何だし謝ってしまう。


《……まぁ解れば良いさ。それにアド様が何処にいるか?そんなの神界に決まってるじゃないか。》


雪だるまが怒っても大して怖くはないのだが、どうやら許してもらえるようだ。


アドとやらに聞けばプウが何者なのか解りそうだったが、小人さんの話では神界に行く方法は無さそうなので、断念せざる得なかった。





「ぼーーーーーーーーーーーおぉぉぉぅ。」


「なんじゃーーーーー!!!?」


汽笛。正にそう思わせるような突然の黒坊主の大声に、ジジイが飛び起きて驚いている。


黒漠が途切れた先に、緑の草が生い茂る平野が見えた事で、『人世界』に着いた事を黒坊主が知らせてくれたのだと確信できた。


「おぉ。緑の草原だ。」


ついそんな言葉が漏れる。見慣れた、というより自分の常識の範疇である緑色の草を見て、感動を隠せなかったのだ。


「……グリーングラス平原だよ。」


そう反応したのはレラだ。聞くと、どうやら『人』は自分達が住むこの平原をそう呼んでいるようだった。


『人世界』をグリーングラス平原。


『獣世界』をブルーグラス平原。


『黒漠』をブラックデザート。と、何とも捻りのないネーミングである。


「お、良い食事を見つけたのだな。さて、奴等は飯にありつけるのか見物だな。」


見晴らしの良い黒坊主の頭で、腰に手を当てた胡桃さんが草原を見ながら呟いたので、俺も視線を移すと。


ーーーーそこには狼らしき数頭の獣に、明らかに『人』が乗っていると思われる馬車が追い掛けられているのが見えた。



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