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猫と杓子がやたら強い。  作者: しゃもじ派
封印と芽生え
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黒坊主

さて、今巨大な鶏肉の各部位を霊力皿の上に広げているが、これをどう料理するか、だ。


胆嚢(たんのう)と肺以外、捨てる部位が殆どないのが鶏だ。ハツ、レバー、背肝、砂肝、ふんどし、目肝、胸線、食道、軟骨、ガラ、肉の各部位と。淡々と下拵えを済ましていく。


更に儲けた事に雌だったらしく、卵になる前の黄身がたっぷりと詰まっていた。ソフトボール大の巨大な黄身だ。


本来ならば鳥獣の肉というのは熟成させなければ旨くない。そこで杓子が役に立ってくれるのだ。


この便利過ぎる霊具を包丁に変えて食材を切ると、瞬時にその食材が一番旨くなるような鮮度になってくれるのだ!!


……まさか某中華漫画に出てくる伝説の厨具を手にするとは夢にも思わなかった。これで作った料理はきっと光を放つに違いない。うん。




「ジジイさん。ネギは出せるか?」


「ねぎ?とな?」


前の世界での名称が使えないのが一々面倒だ。霊力をネギの形に具現化して示すとジジイも解ったようで、妖法でにょにょにょっと生やしてくれた。手を加えた栽培ではないので、青い部分の多いネギだが充分だ。


ジジイが居れば野菜には困らない。最近俺の中でのジジイの株が急激に上昇し、『王の種』の奪還を手伝おうかと思っているのはまだ秘密だ。


鶏料理の代表格と言えばやはり焼鳥だが、手間と時間がかかり過ぎるので断念した。


平鍋の形にした杓子の中に、まず首皮と脂肪を炒めて脂を出す。


そしてぶつ切りにしたネギを焼くと、ネギが鶏の脂をたっぷりと吸い、なんとも芳しい香りが広がる。


そこへ先程下拵えをしたモツを投入。火加減は最初から強火だ。


あ、やべ。焦げそう。……となったタイミングで、ヒタヒタになるぐらいの酒で煮てやる。すると、バカにしてるのか、という量のアクが沸くので、丁寧に全て取り除く。


大分酒が無くなってきたなー。と思ったら醤油をざーっとかける。


砂糖?味醂?……そんなものは邪道である。ネギと脂と酒で充分甘い。


そもそも日本の料理は全体的に甘過ぎる!砂糖ぶち込んでおけば売れる、とか思ってんじゃないか?というのが俺の持論だ。


これを蓋をして、少し煮転がしたら『もつ焼き』の完成だ。


蓋をとると、ピカーーー……とはならなかったが、ぶわーっと美味しそうな香りが周囲を支配した。


「なんと……これは何と言うべきか……。香りが美味い、としか表現出来んな。」


その通りだ胡桃さん。ネギと脂。少し焦がした醤油。これらの香りとは最早1つの料理として成り立つとさえ思う。


ポイントは、下拵え、強火、良い酒、アク取りだ。少しでもサボると途端に生臭くなり、結果『鳥もつって苦手なんだよね。』の言葉を聞く羽目になる。


悪とは言わないが、下茹で、生姜などで臭みを誤魔化す方法に頼り過ぎるのは好きではない。


純粋なまま食べられる材料は、是非とも純粋なままで食べて戴きたいのが俺のモットーだ。



……ちなみにしゃもじが神を量産出来る可能性については、考えない事にした。


猫は気まぐれだ。なんかこう、うちの猫が直感的に四葉を気に入ったから、なんかこう……ね。


そんな極めて特殊な能力があるとわかって、誰かに狙われたらどうすんだ!






「「「~~~~~~~~!!!」」」


冷めてしまったら勿体ないので、鰻丼が出来るまでの間に、みんなにもつ焼きをつまんでもらっている。


一同に口の中でもつを転がしながら、目を見開いて声にならない感動を表現していた。


「お兄ちゃんお兄ちゃん!このジャリジャリするの何?」


「あぁ。砂肝……胃袋だ。」


「いぶくろ……?美味しいね!クセになる!」


レラがフォークで刺した砂肝を俺に見せながら聞いてきた。胃袋も名称が違うのかな?


ちなみに食器類は霊都の城から盗ん……借りてきている。空間圧縮袋に詰め込んで持ち出したのだ。


……砂肝を気に入る10歳。渋いね。


「おい!直人!直人!!これは一体何なのだ?本当に黒鶏の臓物か?全く生臭くないぞ!?というか臓物も食えるのだな!」


胡桃さんは、丸焼きしか食い方を知らなかった!と悔しがっていた。そもそも醤油と酒とネギが無ければ出来ないけどな。


俺もさっき味見したが、まさに『白肝』。そう思わせる程の旨味を持っていた。


内臓も真っ黒な鶏なので見た目ではわからなかったが、味はまさに神秘的とも表現される白肝、所謂脂肪肝だ。


雌の個体40~60羽に1羽いるかいないかの幻の肝。臭みは全くなく、味わい深く、ふんわりと蕩ける柔らかさを有している。


そうでなくとも鳥もつは煮込まなくても充分柔らかいし、癖がないから扱いやすくて良い。


「これだこれだこれだこれだこれだこれだーーーーーーー」


しゃもじには適当に切ったササミを軽く炙ったものをあげた。半生にして、肉食獣としての本能をくすぐる逸品だ。


目を見開いて、鼻息を荒くさせながら食っていた。そして食い終わったと同時に興奮して叫びながら何処かに走っていってしまった。


……うちの猫早いなー。見えなくなるまで一瞬だった。


まぁ獣世界の方に走って行ったから大丈夫かな?しばらくすれば帰ってくるだろ。


「でもこれだけの強烈な良い香りを立てたら、黒坊主が寄ってきちゃうかもね。」


「ほほっ!遭遇したらまずいが、流石に獣世界の入り口までは来んよ。」


四葉も頬を手のひらで押さえながら、うっとりとした蕩けそうな表情になっていた。


こういう反応をしてもらえると、冥利に尽きるというものだ。


というか、黒坊主……?海坊主的な奴か……?


「黒坊主ってなに……?」


「そうじゃな。レラは知らぬとも仕方ない。黒坊主というのはじゃな、黒漠の主、食物連鎖の頂点じゃ。その姿を見ただけでも絶命するという恐ろしい魔物でな。まず出会う事はないが、もし仮に…………」


「待て!それ以上言うな!!それはフラグだ!!!」


「ほ?ふらぐ……とはなんじゃ?」


「遥か遠い世界では、そういった凶悪な呪文が存在するんだよ!」


「普通の会話じゃろ……う……?」


急にゴゴゴゴゴゴ……という地鳴りが起き、ジジイの言葉が詰まる。


そしてその直後、ドンっと大地が大きく揺れた。


全員よろけながらも何とか持ち直し、黒漠の方へと目を向けると。


月に照らされ、黒曜石の如く輝く山……というより巨大なサボテンか?直径3メートル、高さ9メートル程の頭が丸くなっている円柱。ツルリとした頭に柔らかそうな白く細いトゲ幾本か生えており、中腹よりも少し上に、身体の1/5程もある大きな目が2つ並んでいるのがうっすらと見えた。お化けの○太郎を思わせるような立ち姿だ。……黒くてデカイが。


今まで何も無かったハズの黒い大地から、そんなものが『生えている』のを見た。


くそっ。手遅れだったか……。もう少し早くに制していればこんな事にはならなかったかもしれないのに!


「念の為聞くけど、あれは何?」


「黒坊主じゃ……こんなバカげた話があるのか……。」


「で、『もし仮に』、何だ?」


「……もし仮に出会ってしまったなら、確実に……全滅じゃ……。」


そんなヤバイの!?俺には真ん丸な目が中々可愛く見えるんだが。


「……使命を半ばも果たせぬとはな……。直人。貴様の料理、もっと味わいたかったぞ。」


呆然と立ち尽くす一同の、俺とレラ以外は瞳の中の光を無くしていた。胡桃さんにいたっては最早諦めたような事を言い出していた。


「諦めるなよ!?こっちには獣神がついて……」


「先程走って何処かへ行ってしまわれたではないか……。」


そうだった。何か大事な時にいつもいないなうちの猫!


「……じゃが儂等の足はまだ獣世界の上じゃから希望はある!黒坊主は黒漠から出る事は出来ないはずじゃ!」


ハッとしたように言うジジイだったが、黒坊主が触手のようなものを伸ばしてきた事で、その期待は直ぐに崩れ去る事になる。


1本の触手がグイグイと伸び、胡桃さんを掴もうとしていたが、明らかに反応する様子が無い。


「おい!?避けろ!!」


俺は叫ぶと同時に胡桃さんを霊力手で突き飛ばすと、ガシャっという音を立てて、まだ鞘から抜かれていない刀が地面に転がった。


「……!?何だ!?どういう事だ!?」


突き飛ばされた胡桃さんの表情と声は、恐怖と焦燥に支配され、パニックになってしまっている、というのが直ぐに汲み取れるものだった。


……まさか!?


「ジジイ!!あの触手が見えるか!?」


「触手じゃと!?……見えんぞ!?」


突き飛ばされて倒れる胡桃さんに向け、容赦無く伸びる触手を包丁に変えた杓子で半ばから斬り落とし、ジジイに問い掛けると予想通りの答えが返ってきた。


くそっ。『見ただけでも絶命する』っていうのは、こういう事か。


四葉は……胡桃さんとあまり変わらない反応だ。ただ呆然と立ち尽くしているようだ。


恐らく動物的本能だろう。絶対的強者に対する恐怖と絶望に、逃げるという選択肢を強制的に排除されている。


「ボォォォォォーーーーーーーーー」


汽笛が可愛く思える程の大音量が黒坊主から発生し、ビリビリと大気を揺らす。耳を塞ぐと同時に、黒坊主の目の下辺りが切れ目が入り、真っ赤な口が開けたのを確認した。


「おい……。マジかよ……。」


その凶悪な鋭い歯が並ぶ口の中の感想を言った訳ではなく。


数十本、いや百は届きそうな程の夥しい数の触手がこちらに迫っている事に、つい言葉が漏れてしまったのだ。


霊力を解放し、ドーム型を意識して霊力の壁を張り、何とか触手が届かないような空間を作り出す。


ガンガンと俺の霊力壁を叩く音が四方八方から絶え間なく響く。このままでは会話も儘ならないので、内側に同じ様なドーム型の壁を張る。二重構造だ。


「しっかりしろ四葉!胡桃!!ジジイ!!!」


「…………。」


「……う…む。」


「絶望的じゃな……。まさか霊力が見えん程の差があるとはの……。」


美味しく楽しい団欒から一変し、地獄のような恐怖感が溢れる空間になってしまった。四葉も胡桃さんも放心し、ジジイも諦め切っていた。


こんな時にしゃもじは……。ん?


「矮小なる我の霊力を糧に……」


「無駄じゃよ。『霊化』は干渉させた精霊が、目の届く範囲にいるのが条件じゃ……。」


「じゃあどうする!?このまま食われるしかないのか!?そんなのは御免だ!!」


「お兄ちゃん。今お兄ちゃんの魔法障壁で防いでるんだよね?じゃこのまま普通に逃げれば良いんじゃない?」


……その通りだなレラ。このまま障壁を張りながら触手が届かない位置まで行けば良いよな。


ーーーーーーーーーーーバリンッッッ


でもそれは障壁を割られない事が前提条件だ。


黒坊主の百の触手は、まるでドリルのように1点に集中し、ガラスが割れるよう音と共に俺が張った障壁を穿つ。


意外と頭が良いらしい。○太郎のくせに。


「……1つ。1つだけ……。助かる方法がありますわ。」


後方から聞こえた九尾の声は、いつものふざけた態度ではない。覚悟を決めた重厚な声だ。


「私を……黒坊主に差し出すのです。」


「か、華澄!?何を言うの!?」


九尾の突然の提案に、四葉が我に返ったようだ。


「四葉。私が黒坊主の体内から、霊力を放出して動きを止めるわ。契約解除の言霊を唱えなさい。」


「そんなの駄目だよ!華澄が犠牲になるのなら、私も……」


「聞き分けなさい四葉!!貴女は今、神の術を扱えるの。それに比べて、私は後継者もいる。どちらの命が軽いか、考えれば解るでしょう!?」


「…………。でも……」


恐ろしく重く厳しい九尾の叫びに、一瞬四葉が押し黙る。命に軽いも重いもないと思うがな。


「あー。盛り上がってる所悪いが、俺は誰も犠牲にするつもりはないぞ?」


ーーー霊力の具現化。


割られた障壁を直し、再び割られ。それを繰り返している間に俺は片手間に霊力を鉄に変えていた。


イメージするのは砲弾。大きく、そして重く鋭く。


筒状に変えた霊力の中に収め、爆発させるように打ち出す。


銃身となる筒に溝を掘り、砲弾に回転を加えると聞いた事があったが、そんな技術は有るわけがないので霊力を供給し、強引に砲弾を回転させながら放つ。


直後、轟音が鳴り響く。障壁の外で発射した為、鼓膜が破れずに済んだ。それ程の音だ。


そして空気を切り裂く高音と共に、目にも止まらぬ速度で黒坊主に着弾。


……が、少しだけよろけさせただけに終わる。


幾ら攻撃出来ないとはいえ、間接的な砲撃ならば或いはと思ったがやはり無理か。そもそも砲弾自体が俺の攻撃不可能な霊力だしな。



「す……すごい……。」


「こんな状況だけど、直人が優しくて本当に良かったって思うね……。」


先程まで言い合っていた四葉と九尾が、唖然とした声を上げているのを背後で聞いた。


……少しお腹が空いてきた。って事は俺の霊力が減ってきたって事だよな。


そもそも俺に黒坊主の触手が見えるって事は、実力が拮抗している証拠。出し惜しみしている場合じゃないな。


霊力絞り出すようにイメージをして、障壁に問題ない分だけを残し、それ以外の霊力を全ての空へ広げる。


楕円形の霊力球を作り、大量の雲を取り込みながら凝縮させ、そして冷やす。


強引に冷却、圧縮された水蒸気は氷へ変わり、摩擦され、静電気を産み出し。


大量に蓄積された静電気は、雷へと変わる。


昼間になったと錯覚させられるような雷光と、轟く雷鳴と共に上空から落ちてくる直径10メートル程の雷雲球。自分でやっといてなんだが、最早天災だな……。


普通ならこんなに上手くいくもんじゃないだろうに。霊力補正かなんかが掛かっているのかな?


ともあれ、これならば自然現象だ。俺は霊力で手伝っただけに過ぎないし。


すっぽりと雷雲球に包まれた黒坊主は、バリバリバリバリという放電音と共に、その身を灼き焦がしていく。どうやら効果はあるようだ。


「ボォォォォォーーーーーーーーー」


先程の怒りの声とは違う、断末魔の悲鳴のような声色に変わったのを確認した所で、雷雲球を空へと戻し、ゆっくりと霧散させていく。


確か食物連鎖の頂点、とジジイが言ってた。殺すのはまずいだろう。


とはいえ、死んでしまっただろうか……?


「こんな力ってあるんだ……。」


「そうねー。天狼様でも出来るかわからないわー。」


「天を操りおった……。」


「僕は黒坊主って魔物よりもお兄ちゃんが恐いよ。」


「……痛感したよ。私もまだまだだな。」


各々が唖然とした表情のまま、倒れ伏した黒坊主を見つめて呟いていた。



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