黒漠の幸
「おお。本当に真っ黒なんだな。」
飛膜板で飛ぶ野衾族を見送った後、俺は振り返りそんな言葉を呟いた。
名前から砂漠のようなものをイメージしていたのだが、普通の荒野だ。岩もあれば、木もパラパラと生えている。サバンナの大平原といった感じだ。
……黒くなければ、だが。
岩も木も砂も例外なく黒いこの荒野はどこまでも続いているように見える。地平線に赤く煌く太陽が見えた。
バッサリと区切られた青い草原と黒い荒野。千里眼で空から眺めてみたが、惑星をぐるりと巻いたかのように広がっているのを確認出来た。まるで帯だ。
もう夜になってしまうので、ここらで野宿をする事にした。
ちなみに飛膜板とは、何の事はない只の布切れだった。魔法の絨毯…いや一反木綿かな。それを浮かして操縦する事が出来るのが、野衾族だったようだ。
体感速度は80km/hぐらいだろうか。意外に早かったのにびっくりした。
「まぁおれのほうがはやいなー」
としゃもじが言っていたが。この世界では本当にそうかもしれないと思えてしまう。
「ひっ!!?」
黒漠を見たレラが怯えていた。原因は言わずもがな、黒い砂の中で蠢く背中が黒、腹が白い蛇のような生物だろう。太さが直径5センチ程で、長さは60センチぐらいだろうか。
うねうねと一箇所に集まっているのが余計に気持ち悪い。
「蛇足か。表皮がぬるぬるとして見た目が悪い魔物じゃが、案ずる事はない。害はないのでな。」
ジジイの言う通り、幾つかの足が生えているようだ。魔物ってのは要するに獣以外の生物だろうか。
蛇足ってまたややこしい名前だ。……ん?
「胡桃さん。あれ一匹獲ってこれるか?」
「まぁ可能だが…どうするんだ?」
「場合によっては、食う。」
「正気か?……まぁ他に食う物もないがな。昔に焼いた物を食った事があるが、泥臭くて油臭くて食えたもんではなかったぞ?」
泥臭いし、油臭いね。希望が見えてきたじゃないか。
「やはり。このつぶらな瞳。愛らしい顔付き。」
胡桃さんが捕まえてきてくれた蛇足を、霊力の籠に入れて観察すると、前の世界で見た事がある生物だという事を確信出来た。
うなぎだ。
この海老のような複数の足を除けば、うなぎその物だ。うなぎと言えば調理法は決まっている。
霊力で作った千枚通しで頭を固定し、背中から杓子包丁を入れて開く。肝と中骨を剥がして、頭を切り取り、腹骨に幾つか包丁を入れて、骨が口に当たらないようにしてから、身を1/3に分け、串を打つ。
この世界には毒という概念が存在しないが、うなぎの血や粘膜に含まれる蛋白毒は、傷口や目に入ると灼熱の痛みが襲うらしいので注意が必要だ。
それさえ気をつければ、差して特殊な技能が必要なく、驚く程簡単に捌く事が出来る。
肝は肝で当然ながら旨いので、胃袋を包丁の背でしごいて綺麗にして。
骨と頭を、ついでに切り取った足を、炎に変えた霊力で炙ってから、醤油、みりん、酒を合わせたタレに突っ込んで出汁をとる。
炭が無いのが惜しい所だが。霊化していた時に放った狐火の要領で炎を圧縮させ、疑似炭火を作る。
うなぎの泥臭さとは、皮と身の間の脂肪分にある。高い温度で焦がさないようにじっくりと焼くと、ある程度なら揮発させる事が出来る。
本来なら清水に1~2週間放置して泥抜きをするのだが、そもそも陸上生物だからなこの世界では。水に入れたら駄目そうだ。
ある程度焼きあがったうなぎは、蒸す事で余分な脂を落とし、すっきり且つふっくらとした食感に仕上げる事が出来る。霊力で作った球体に、霊力を変質させた高温の蒸気。
この世界は本当に便利じゃないか。何でも出来そうな気がしてきた。
そしてさっき作ったタレに浸して、再び焦がさないように焼く。
これで泥臭さと油臭さの大半は解消するのだ。『うなぎの蒲焼』とは日本人の叡智とも呼ぶべき、うなぎを一番美味しく食べる事が出来る調理法と言えよう。
前の世界では『焼き蒸し』は関東風と呼ばれていたな。関西では蒸す事をせず、しっかりといた食感と味わいを楽しむのだそうだ。
「なんか楽しそうだね直人!」
「何か小言を呟いているようだが……」
「また変な料理始めたね。」
「蛇足を食う……か。こやつが調理すれば期待出来るのぉ。」
俺と同じく何故か楽しそうな四葉と。
訝しげな視線を送る胡桃さんと。
呆れたような期待をするレラと。
興味津々なジジイとが、各々声を上げる。
楽しいさ。うなぎだぞ、うなぎ!!言わずと知れた高級食材がこんなにもうねうねしてるんだぞ!!
と、思いながらも焼き上がった蛇足を食べてみると。
……最高だ。泥臭さなど皆無。某国産のうなぎじゃこうはいかない。
口の中に心地好く広がるのは、タレが焼けた香ばしさと、うなぎの圧倒的な旨味と、脂の甘味。
舌と上顎で咀嚼すれば、ほろりと溶けるが、食感がない訳ではない。極々静かに抵抗をする脂がたっぷりと乗った魚特有の歯触りを楽しむ。
美味い。感動だ。
『食に感動する。感謝する。』
これが出来ないと、人生の大半を損していると言っても過言ではないだろう。
そしてそれは。
『美味しく食べようとする気持ち』が無ければ成り立つ訳がないのだ。
料理に対しての愛情が本当に必要なのは、食べる側にだと俺は思っている。
おっと。話が飛躍し過ぎそうだ。
「めしめしーーーー」
猫はうなぎ食わないだろ。むしろ、おもちゃにしてしまいそうだ。
ご飯が欲しいよご飯。
…………。あれ?
「ジジイ…さん。米って妖法で出せない?」
「米?なんじゃそれは?」
「稲だよ!稲の実!」
「おお!出来るぞい。しかし、あれの実は固くて食えんぞ?」
この世界の住人は米を炊くっていう所まで辿り着かなかったらしい。獣人なんだから、生で食っていても不思議はないが。
炭水化物はとても大切。ジジイも出せるなら最初から出せばいいのに。
ーーー妖法『金色の原』ーーー
俺らから少し離れて妖法を使ったジジイの周囲10㎡程が、文字通り金色の野原に変わる。
確か1ha辺りの収穫量6~7tだったかな?単純計算その1/10だから600~700kg?
まぁとりあえずしばらくは米に困らないな。空間圧縮袋は何故か重さを無視してくれるし。
「これは藁を取る為の妖法なんじゃ。」
ふむ。稲から籾を取れば確かに藁だよな。季節とか種とか水田とか受粉とか、そういう行程をすっ飛ばして実るってのもおかしな話だが。
まぁ妖怪のやる事だしな。気にせずにいくか。
藁を取る為の妖法とはまた平和だ。そりゃ戦争ばっかしてる訳でもなし、霊力なんて便利な物はもっと役立つ事に使うべきだろ。
今更だが、そもそも霊力ってなんだ?
火になったり水になったり。身体を強化したり、自由に動かせる手になったり。
前の世界の漫画とか映画に出てくる魔法みたいなものだと勝手に解釈してるが、魔法と霊法は違うらしいし?
凶器になり得る霊力も、殺すのが当たり前と思わなきゃ殺せない。
うーん。今の所、霊力の説明をするとしたら『想像、思想の具現化』がしっくりくるかな。
魔力はまだ解らないが。レラは魔力らしいが見えないし、レラの魔法を見たことないし。
稲の収穫、乾燥、脱穀、籾ずり、精米まで杓子と霊力にて行えそうだ。ハザかけ天日干しをしたい所だが、腹具合が許してくれそうになかった。
とはいえ籾の乾燥に時間がかかるので、いますぐに食べられる訳ではないのだが。
「おれのめしはー?」
確かにそうだ。このままではしゃもじの飯がない。まぁ猫にうなぎ、というより川魚などは、多く食べなければ問題はないらしいのだが。
「鳥とかいないのかなぁ。」
「ん?鳥とはまた危険な獲物を欲しがるのだな。」
俺の呟いた言葉を拾う胡桃さん。鳥って危険なんだ?鷹とか鷲しかいないのかな?
出来る事なら鳥を、更に欲をかけば鶏がいいのだが。とにかくしゃもじはササミが大好物であった。
「鳥ってのはどこに行けば獲れる?胡桃さんでも獲れないような危険生物なのか?」
「ほう…言うたな貴様。しばし待っていろ。」
ただ質問しただけなのに勝手に狩りに出た。大樹もだが、獣人は扱いやすいなぁ。




