人世界へ
散々だ……。
うちの猫の力は制御不可能だし。俺の霊力が戦闘向きではないとバカにされ。遅くまでニンジンシリシリを作らされ。挙げ句、
「どうして直人は私の胸をチラチラと見るの?」
と四葉に質問されてしまった。
そういえば男の視線に女性は敏感という話を聞いた事があった。バレずに見る、とか不可能に近いらしい。
「それはな四葉。男のロマンなんだよ。」
と答えておいた。「ろまん……?」と首を傾げてはいたが、それ以外に説明しようがない。
だって勝手に目が向くんだ。俺の意思でどうにかなるもんじゃない。
「お兄ちゃんはまだおっぱいが恋しいなんて子供みたいだねー。」
と余計な事をレラが言っていたが。
明らかに『解っている側』の口調のレラ。お前……案外性格悪いのな。
「たまちゃんの胸は見ないのにな!!」
たまちゃんが自分の胸をぽんっと叩きながら言った。
見るわけないだろう。出っ張ってないんだから。
まぁ小さな胸も、実は大きいのより需要があるんだけどな。
さて、一度九尾の里に戻った俺、しゃもじ、ジジイ、四葉、レラ、そして胡桃さんは、野牛族の里に向かって歩いている。
「流石に人世界までは転移出来ないから、ここからは歩きだよ。」
と言った四葉の先導で、人世界の入り口である『黒漠』という真っ黒い砂漠に向かっているらしい。
「黒漠は土壌が貧困な上に暑くてな。殆どの妖法が使えんのじゃ。」
『植物を操る』といった妖怪専用の不思議術が使えないというジジイは、今回大した役目は無さそうだ。
湯飲み茶碗に水を張ったものに浸かりながら、レラに運ばれていた。
黒漠には強力な魔物が出るらしいが……。魔物とか獣とか精霊とか。何か明確な違いがあるのだろうか。
「魔物か。我が虎伏術が如何程通じるのか……。」
とわなわなと震えている胡桃さんは、どうやら黒漠に行った事はないらしい。
これが武者震いという奴か。初めて見た。震えている癖に顔には笑みが張り付いている。物騒なリスだ。
「黒漠という所にはどれくらいで着くんだ?」
「そうじゃのう。この歩幅じゃと4日といった所じゃな。」
4日!?体感8日!?どんだけ遠いんだ!俺は運動不足の現代人だぞ!?
「こ、黒漠からはすぐ野牛族の里なんだよな……?」
「阿呆。黒漠を3日で抜けたとして、人世界に入ってから4日じゃ。……お主よもや疲れたとか抜かさんよな?」
いや疲れたね。かれこれ4時間は歩きっぱなしだ。
大体遠すぎじゃないか?この間に野牛族の里が襲われたらどうするんだ?
「何かこう……びゅーんと行ける方法はないのか?」
「ある訳なかろう。空を飛べる訳でもなし……ん?そういえばこの辺りに野衾族が住んでおらんかったかの?」
野衾族……?要するにムササビの獣人か。ん?
「まさか……空を飛べるのか?」
「左様。確か奴等は空を飛ぶ霊術を扱えるはずじゃ。背に乗せて貰えれば……或いは早く着けるかもしれんのぉ。」
よし!そうしよう!ムササビといえばリスの仲間。胡桃さん!!出番だぞ!
「ふぅむ。野衾族か。確かにこの辺りに集落はあるにはあるらしいのだが……」
「あまり頼りたくはないですね。」
「流石に九尾族ともなれば知っているか。」
「実際にお会いした事は無いんですけどね。」
四葉も胡桃さんも否定的だ。そんな厄介な種族なのだろうか。
「野衾族は噂好きなんじゃよ。中々姿は見せないが、森を歩いているとこそこそと喋る声が聞こえるんじゃ。それがまた……のお?」
ん?それだけ?
そういえばムササビって滑空は出来るが、飛ぶ訳ではないよな。
「空を飛ぶ霊術ってなんだ?霊力は自分には干渉しないだろう?」
「ん……?誰がそんな事を言ったんじゃ?」
「え?いや、だって霊法を放っても自分は無傷じゃないか?」
「はぁ。」
あからさまな溜め息を吐いたジジイ。
あ、でも確かにそれなら肉体強化の霊術とかあり得ないよな。
「霊力というのは自身の精神が色濃く反映されるんじゃ。殺気を込めなければ攻撃が出来ないようにな。確かに『自分には干渉しない霊法』は可能じゃよ?そう思えば良いのじゃからの。」
「つまり『自分に干渉する霊力』と念じて使えばいい……?」
「まぁ概ね正解じゃな。だが、『念じる』程度では駄目じゃ。もっと根強く、『常識』だと思わなきゃじゃの。」
つまり、殺しが常識だと思えると、霊力を攻撃に使えるようになるのか。……一生無理だな多分。
そうなると、霊力の存在を信じきれていない自分が邪魔をしているとか?
火で植物は燃える。が、殺しは常識だとは到底思えない。
それがさっき霊化した時の狐火に色濃く現れたって事かな?
「そういえば野衾族も攻撃出来ない種族でしたよね胡桃さん?」
「そうだが……こやつは何も知らずにこんな強大な霊力を宿しているのか?」
納得出来ない、と言った表情の胡桃さんに対して、四葉は苦笑する。まぁその辺りは色々あんだよ。
恐らくだが、俺の霊力は狩りには使えるのだろうな。他にも例えば虫とかなら攻撃出来そうだ。
前の世界の常識が残っているせいで、人を含む動物を殺すなど考えられない。
が、あくまでも食料としてなら、または害虫等も抵抗無く殺せていた。
うーん。考えればドツボに嵌まりそうだ。まぁ人間自体がかなりおかしな生物なんだろうしな。
そんな事を考えながら鬱蒼と生い茂る森の獣道を歩いていると、複数の声が聞こえた。
ちなみにこの森の樹はみんな千年樹と思われる程に太く、そして葉はやはり青い。
「ねえねえ。あれって『人』?」
「うん。そうかも。」
「何か変な服着てんのなー。」
「黒い髪の毛気持ちわるい。」
「あれ?まさか……」
「そうだよ!虎伏術の胡桃じゃん!」
「小さいのに強いんだよねー。」
「あんなに小さいのにねー。」
「変な目した『人』もいるよ。」
「何だあの目。」
「もしかすると獣神様じゃないんだろうかー!」
「えーそんなあり得ないよー!」
「でもでも良く見て見て!」
「あ、本当だ。そうかなあ?」
「えーでも違うかも。聞いて来てよ!」
「やだやだ。怖いもん。」
「どうするー?」
「どうしよっかー?」
「逃げちゃう?」
「でも、獣神様だったら?」
「もっと、近くで見てみたいよねー。」
「牛狐の姉ちゃんなら教えてくれっかな?」
「牛狐!きゃははーー」
噂好きの野衾族か。なるほどなるほど。これはウザイな。
牛狐の姉ちゃんか。まぁ言いたい事は解らないでもないが、もう少し言い方というものがだな……
視線を移すと、にこやかに微笑んでいる四葉から、何か邪悪なオーラのような物が見えた気がする。ゴゴゴゴゴ……とかいってそう。
「お姉ちゃん……ね?落ち着いて……?ね?」
「四葉殿……気持ちは解らんでもないが、とりあえず深呼吸も大事……」
四葉何かぶつぶつと言いながら、1本の大木の前に立つ。そして……
ゴンッッッッ!!! という轟音が鳴り響き、メキメキと大木が倒れそうになっていた。
……正拳突きで横幅2メートルはあろう大木を倒した!?
「ひゃーーー」
「馬鹿力ーーーー」
「うそー」
「牛狐の突進だーー」
と各々声を上げながら落ちてきた野衾族と思われる身長30センチ程の小人達。うむ。中々かわいらしい格好だ。葉っぱを服に加工してるんだな。
ーーー紅蓮炎壁ーーー
四葉が言霊を紡ぐと、1メートル程の炎の壁が小人達の周囲を取り囲む。先程ぶつぶつと言っていたのは、霊法の詠唱だったか。
……って、やりすぎじゃね?山火事になるぞ……?




