霊力の落とし穴
「ほう。腕を上げたな。」
大隈がやはり偉そうな態度で胡桃さんを見下しながら言うと
「恐れながら。」
と、特に違和感無く受け入れられる。
やはり熊さんは凄いらしい。
「何で4本の剣閃が走ったんだ?」
「ふっふっふ。これこそが豹双牙の能力。伊達に『双』という名を冠していないだろう?」
……答えになっていないと思うが。
俺が眉間に皺を寄せて考えていると、胡桃さんが再び土壁を作り上げ、ゆっくりと刀で切りつける。
「この刀は、一振りで二閃切る。そういう事だ。」
確かに土壁には2本の切り傷が残っている。ほほう。便利……いや恐ろしい武器だ。前の世界でいう妖刀みたいなもんか?
あ、じゃあ紅蓮炎壁を切り裂いた時は、2回振り下ろしていたのか。1回にしか見えなかった。
「一振りしたようにしか見えなかった。」
「それほど胡桃の剣閃は素早いって事だ。」
何故か大隈が誇らしげだが……。
「大隈殿の一番弟子に恥じぬように常々精進する次第。」
要するに大隈が師匠らしい。まぁ似合うといえば似合うが。
「大隈さんの方が強いのか?」
「単純に剣術だけで言えば、胡桃には勝てんさ。」
「そんなっ!ご謙遜を!大隈殿の『アレ』に敵う者など居りませぬ!」
「いや……。恐らく『アレ』でさえも、こいつや獣神様には通じんだろう。」
『アレ』か。……何だ?
大隈は大隈なりに隠し球があるって事か。
「こやつがそれほど強いようには到底思えませぬ!」
奇遇だな胡桃さん。俺も俺が強いようには思えませぬ。
しゃもじはアホみたいに強いけどな。
「むう。言われてみれば確かにな…。紅蓮炎壁を今一度放ってもらえるか?」
そう大隈に言われるがまま、炎の壁を再び発現させると。
大隈はズカズカと炎の中へと入り込んでいく。
えぇ!?自殺願望!?
「ふむ。……やはりな。」
炎の中で悠然と腕を組み、何かを考え始めた大隈。……ん?
「お前の霊法には殺気が乗っておらんな。」
んん?どういう事だ?
「攻撃特化の霊法なら殺気を。防御特化なら自愛。それが無ければどんなに強力な霊法でも空っぽ、という事。」
何を言ってんのか解らないぞリスさん熊さん。霊力に殺気を乗せる?
そもそも殺気なんてもんは俺が生まれ育った世界には必要無かったし。
「まぁ、殺気までとは言わないが『攻撃する意思』を込めなければこの通りだ。お前の霊法は攻撃にならん。」
燃え盛る火柱の中で話を続ける大隈。
「だが恐らくは……」
と言いかけながら、胡桃さんが石を拾い上げて、思いっきり紅蓮炎壁に目掛けて投げつけると。
シュッという音と共に、石が蒸発した。……凄い火力じゃないか。
「紅蓮炎壁の名の通り『護る意思』はあるようだな。」
燃え尽きた石があった場所を見つめながら、胡桃さんが呟く。
うん。考えている所悪いが、とりあえず霊法を解除してもいいだろうか?手が疲れるんだこれ。
「攻撃用霊法は使えるか?」
「あぁ。狐火なら知っている。」
「知っている?……まぁいい。俺に向けて放ってみろ。」
一々偉そうだ大隈。
紅蓮炎壁を解除し、自分の胸の前で右の掌を上に向けてから狐火の詠唱をし発現させると、直径10センチ程の青白く光る球体が浮かぶ。
頭の中で思い描いた大きさだ。調節が利くっていいね。
今更だが、霊力をこんな感じで具現化させれば詠唱の必要ないよな。
「それを俺に向けて放て。」
「いや危ないだろ。」
「いいから放て。」
うんざりだ、といった口調で言われ少し苛ついた。やってやろうじゃねぇか。
イメージは放たれた矢の如く。驚かすつもりで勢い良く発射する。
一応霊力を淡くしたので攻撃力は抑えられている……はず。
空気を切り裂く音と共に飛ぶ狐火は、狙い通り大隈の左手肩に被弾し、パァンと音を立てて弾ける。
「ふん。『気遣いのある攻撃』か。笑わせる。」
「大隈殿。やはり……」
「あぁ。正に宝の持ち腐れだ。」
狐火が直撃したはずの大隈だが、虫が止まったと言わんばかりに肩を手で払っただけだ。
「ほほほ!なるほどのぉ。お主みたいな化け物じみた奴にも弱点はあるもんじゃな!」
ぴょんっと俺の肩に乗ってきたジジイが耳元で笑う。
様子を察したギャラリー達が氷の壁を抜けて、近付いて来ていた。
「へー。ナオトは攻撃出来ないんだねぇ!」
とニヤニヤしながらたまちゃんが言うと、
「まぁ向き不向きはありますから……。」
獣王が明らかに残念そうに応える。
これはバカにされているのだろうか。攻撃なんて前の世界でやったら即逮捕だから!
いきなり『殴れ』と言われて殴れる奴なんか極少数しかいない。そんな世界から俺は来た!平和最高!!
「で、でも、紅蓮炎壁をあんなに持続出来るってすごいよ直人!」
「お兄ちゃんは料理人だから攻撃とか要らないんじゃないの?」
「めしをつくるからなんでもいいぞー。」
四葉、レラ、しゃもじが俺のフォローをしてくれる。
お前ら……。大好きだぜっ!
「九尾を襲った『人』の契約魔は霊具を使って倒したのよねー?」
四葉のバレッタ、要するに声だけの九尾が言う。
そうそう。便利な便利なこの杓子は、攻撃だって出来るんだぜ!あの時はカッとなってやった。反省はしていない。しゃもじに仇なす奴は俺が許さない。
「なぬ……?悪魔を倒したと……?」
「はっ。眉唾だな。」
怪訝な顔をする胡桃さんと、肩を上げてまるで信じていないという様子の大隈。
攻撃出来ないというのがそれ程ダメなのだろうか。
「まぁ攻撃はしゃもじがしてくれるから。俺は料理が出来ればいいし。」
「その為の『契約』か。ふむ……折角だ。獣神様の力を見せてもらえるか?」
「それはやめておくんじゃ!」
「やめた方が良いです!」
「爆散しちゃうよ!!」
大隈の無謀とも取れる言葉に即座に反応したジジイ、四葉、レラ。こいつらは皆しゃもじの力を目の当たりにしているからなぁ。
「そこまで言われたらたまちゃんも気になるな。」
「そうですね。私も見てみたいです。」
「まかせろー」
兎さん達も大隈に同意し、しゃもじもやる気満々だ。
「……どうなっても知らんぞい。」
珍しく意見が合ったジジイと一緒に溜め息を吐き。
しゃもじのバカみたいに強大な霊法を放つ羽目になってしまった。