解呪
「四葉!」
「お……姉……ちゃん……。」
名前を叫ぶ俺を無視した四葉は、燃えるような深紅の髪を逆立たせ、レラを押し倒して首を締め付けた。
……あれはマズイ。
即座に四葉の倍以上の大きさにした霊力手を伸ばし、掴んで拘束する。大した力は感じないが暴れまわっているようだ。
「クフッ。クフフフフッ。さぁ始めましょう。呪いと憎しみの宴を。」
「外道が……!!」
四葉の霊法を背中に受け、少しよろけたのを持ち直したたまちゃんは、足をダンダンとさせながら歯噛みをしている。
ウサギは機嫌が悪いと足をダンダンさせるらしい。
……と、観察している場合じゃない。
「団子を食べた人の理性を外し、獣性だけを高める呪いですよ。無力化させるには殺すしかない。
または、私が居るサイハク帝国を攻め入りますか?クフッ。」
心底愉しそうに歪んだ笑いを漏らすゴーマン。流石に俺も怒りが込み上げてきた。
いや待て。団子を食べた奴等って事は。俺もたまちゃんも呪われているはずだが。
しゃもじは!?……う〜ん。ゴロンゴロンしてるな。
「うわああああああーーたのしーーー」
何がだ!?と思ったら霊力手で拘束している四葉の垂れた尻尾で遊んでいるようだ。パシパシと手ではたいて、ゴロンと転がる。
……緊張感ねぇなお!そして四葉には手加減するよなお前!!
恐らくまた杓子で作った料理が関係しているのだろうな。呪いを解くような効果もあるのだろうか。
四葉だけ、あれから俺の料理を食っていないし
「おや……?ウサギさんの『種』が消えてますね?まぁ種自体はそんな強い物ではないから不思議はないですが。」
と呪いをかけた本人も言っている。
---種を撒いて発芽させる。
霊都中にばら蒔かれた種は、ゴーマンの意思により発芽し。
今の四葉のように自我を失い破壊と殺戮をするようになる。
解呪には、ゴーマンの媒体となった女性を殺すか、被呪者の死。もしくは聖属性魔法で中和するか、それに準ずる能力を持つアイテムを使用するか。
ペラペラと呪いについて語るのは、解呪される事はないという自信の表れなのだろう。そして、
「全ての『種』を発芽させて退散します。勿論この体は返しますよ。呪いは残りますがね。……あぁ、殺された被呪者の魂は、私の下に集まりますので。美味しく戴きます……クフっ。」
と言い残し、女性の身体から出て行った。
『通常なら動けない状態でも、呪いのせいで襲い掛かってくる可能性』を払拭できない俺らは、目の前で崩れるように倒れる女性に駆け寄る事も出来ず、ただ見ているだけしか出来なかった。
とにかく解呪の手立てを見つけなければ。
杓子に呪いを解くような効果があるならばと、さっき作った干し肉を袋から出して、細切れにしてから四葉の口に無理矢理つっこむ。
吐き出されそうだが強引に押し込む。状況が状況なら楽しい絵面になったはずなのが惜しい所だ。
干し肉を飲み込むと、髪の色がより一層深く染まっていった。
「呪いを強めてどうする気じゃ!!」
「いやだって俺の料理を食ったら奴等は呪われてないからさ…」
「違う!恐らくお主の料理で呪いに対する抵抗力が高まっただけじゃ!完全に呪われた者には逆効果となるんじゃ!」
そういう事は早く言おうぜジジイ。
呪い=魔力。
つまり杓子料理は魔力にも効くって事か。
こんな時にも獣神様は眠りだしたよ。……まぁ勝手気ままが猫の良さなんだけどさ。
「くすねといて良かったわぃ。」
とジジイがどこからか取り出したのは、赤い小さい粒だ。小豆のようにも見える……あ。
小豆洗いから貰った豆か!確か効果は……解呪だ。
――妖法【溌】――
ジジイが持った豆が飛び跳ねるかのように勢い良く成長し、根は土を求め、葉は太陽を求めて伸びていく。
一瞬にして観葉樹のような1メートル程の緑色の太い草になった小豆。しゅるしゅると音を立てて伸びる植物……不気味だ。
――【開】――
ジジイが言霊を紡ぐと、小豆の草の頂点から20センチ程の旋回した黄色い花が咲き、同時に甘い香りが広がる。
まるで空気が色付いたかのような優しい香りに、心が洗われているという実感を得た。
これを発現しているのがジジイじゃなければ……美女とかだったら惚れるのに。
「……お姉ちゃんから邪気が消えた。団子屋さんからも。」
首に手を当ててケホケホとしながらレラが呟いた。小豆洗いとジジイの妖怪コラボレーションにより、呪いが解けたようだ。
……簡単に解けたぞ。敵とはいえ、勝ち誇った態度のゴーマンが不憫だ。
「……っ!早くこの妖法を『展開』させて!!」
『全ての種を発芽させる』とゴーマンは言っていた。つまりまだ自体が収拾した訳ではない。
雄叫びのような声や悲鳴、破壊音や破裂音。物騒な音が四方から聞こえてきている。
「わかっておる!!…が、今のワシでは『展開』は出来ん!」
また『王の種』だろうか?このままでも割りと便利なジジイだが、『王の種』とやらを取り戻したら万能になるのかもしれない。
……。野牛族の問題が終わったら少し視野に入れてみるかな。
「おじいちゃん。多分たまちゃんは、おじいちゃんに言った訳じゃないよ。」
事実、たまちゃんの視線の先は城だ。そしてトンっという地面を軽やかに踏む音と共に、獣王が俺達の前に降ってきた。
「うう……。まさか魔王子が今回の騒動の原因とは思いませんでした。花王様が居てくれて助かりました。」
凛とした存在感はそのままで、少し困惑した表情の獣王。
ん?空気が変わった……?手や足が少しピリピリするような感覚だ。
たまちゃんを見てみると、ピンと立っていたハズの耳がペタっと頭にくっついていた。
――『狂音』。
精霊の力を必要とせず、己の霊力のみで特別な力を発現する『霊術』は個々、あるいは種族により異なる。
北兎族、あるいは獣王固有の霊術は、聴力特化というよりは『音を操る』ものだと言えた。
つまりそれは耳を支配するという事だ。
獣王が薄く、淡く広げた霊力は霊都中に広がり、音――つまり振動が耳を持つ全ての生物を襲う。
狂ったかのようなその音を聞いた者は強制的に地にひれ伏す事になる。まぁ儂は耳というもんはないから効果ないがのぉ。
というジジイの説明を聞きながら、たまちゃんと獣王、俺としゃもじとジジイ以外が耳を抑えながら倒れていくのを見ていた。
呪いに侵された霊都の獣人達を、とりあえず大人しくさせたんだろうけど。荒っぽい……。




