青の湖
「くさがいっぱいはえたみずのなかにいたー。」
このでっかい蛇はどこにいたのか?と質問に対してのしゃもじの言葉を信じて歩き出す。
水草の事だろうか?それとも湖畔が草で繁ってるとか?まぁ行ってみればわかるよな。
大体等間隔で生える巨大なツル草の森では迷ってしまいそうだが、皮肉にも大蛇の血が道しるべになってくれている。
30分程歩くと、陽が反射した光る水面が見えた。巨大なツル草の森が少しだけひらけた場所にそれはあった。
100メートル四方程で、綺麗な円を描く湖。湖畔にはやはり真っ青な草が敷かれ、赤・黄・紫の花が所々を彩っていて、その真っ青な草が太陽光を吸収した青い水の境界線を曖昧にしている。
対岸に木で出来た台のような明らかな人工物が見えた。ん、何か乗っている……?
「あそこにめしがあったのー。」
「は?食ったのか?」
「くおうとしたら、でっかいのがでてきたの。でもでっかいのもうまかったからいいのー。」
めでたい奴だ……。
可愛らしい前足が対岸を示している。つまり先程まで大蛇が生きていたということか。どうやって倒したんだろう?
水底に水草がそよぐのが見える。深いながら透明度が高い水なのか、単に浅いのか………広さから見ても恐らく前者。
早速水を触ってみる。水温が低く、飛び込んだら風邪を引いてしまいそうだ。
とりあえず手や顔についた大蛇の血を洗い流していると、かなりの数の魚が泳いでいるのが見えた。
これからの生活を考えて捕っておきたいな。
便利な便利な杓子も流石に銛にはならなかった。無論、網や釣竿にもならない。……待てよ。
しゃもじがあれだけの力を持っているんだ。俺もかなりの力があるとしても不思議はないだろう。
試しに平手で思いっきり水面を叩いてみるが。
バチャっと軽く水面が揺れただけだった。…手が痛い。さっき巨大ツル草蹴った時も痛かったじゃないか。バカか俺は……。
「しゃもじ。水面かいてみて?」
「はーい。」と言いながらしゃもじが軽く水面をかくと、ドシャァァアッという音と共に10メートル程の波がたつ。勿論俺に向かってだ!
波に転がされながらも冷静な頭は、何故だ…という考えに支配されていた。
幾ら力があったとしても、水面をかいただけで10メートルに及ぶ水が波となるのはおかしくないか?
波が地面に吸い込まれた時には、湖畔にいるしゃもじと随分離されてしまった。やりすぎだコノヤロウ。
怪我してないけど。……あれ?かすり傷もないぞ?
「なおとー!!」
俺を心配してくれたのか、しゃもじが駆け寄ってくる。
ん?
んん?
待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て!!!?
お前の馬鹿力で突進したら、俺お星様になっちゃうよ!?
「あ゛ーー!!!バカっっ来るなぁぁぁぁあああ!!!」
我ながら情けない悲鳴だったと思う。結果的にただ単純に普段通り、飛びかかって来た多少の衝撃と、しゃもじの毛並みと体温を肌で感じただけだったのだが。
なるほど……。攻撃特化のしゃもじと、防御特化の俺って事か?これだけ転がされても傷ひとつ負わないし。この辺にも『霊力』は関係してくるのかな?
「あーばかくるなぁー」
しゃもじの方に目をやると、「え?なに?」みたいに目を丸くしながら首を傾げている。かわいい奴め。
…いやいや明らかこいつ今真似をしたよな?…性格悪いな。
服は濡れないが、体も髪も濡れる。まぁ波に転がされたお陰で大蛇の血は洗い流せたけど。髪から滴る水が鬱陶しいので、頭を振って水を切る。
「あーばかくるなー。」
俺がしゃもじを睨みつけるとまた首を傾げた。
「お前……もう一回真似したら飯抜きな?」
「やだー」
悲しそうな上目遣いで訴えてくる。うんうん。そんな酷い事はしないから安心しなさい?
湖畔までの濡れた道に魚が数尾ぴっちぴちしている。…計画通りだ。
見た目は鯖に近い。青い体に黒い斑点。最大の特徴は、腹の部分に海老のような脚がぴょんぴょんと生えて、蟹の様なハサミがエラ付近から伸びている事だ。
魚と蟹の合の子は6尾捕れた。ひとまず鯖蟹と呼ぶ事にしようか。
包丁に変化させた杓子を首に刺し、動けなくしてからハサミと脚を削いで開く。
「かにー。」
「ダメだよしゃもじ。お前は食べれないの。」
「なんでー。」
「苦しくなっちゃうの!!」
生の蟹は猫には食わせてはいけない。加熱してもやはりあまり良くはないので、心を鬼にさせる必要がある。
あんまり神経質になりすぎて自由を奪ってしまうのも好きではないけれど。食べさせ過ぎなければ全く問題はないしな。
同様に青魚・川魚もマズイ。猫って結構食わせない方がいい物多いんだよな。キャットフードが欲しい。
蛇肉はどうなのだろうか。精霊化しているハズの今のしゃもじはどうかは知らないが、とりあえず情報が少なすぎる今は用心に越したことはない。
どうしても獣肉が欲しい所だ。狩りをしなければならない。嫌だなぁ。怖いなぁ。
そんな事を考えながら近くにあるツル草からぴょんぴょん生えているツルに、開いた鯖蟹を吊るして干していく。蟹部分は今茹でて食ってしまおう。
……あまり旨くない。蟹の味というよりロブスターの味を薄くした感じだ。
鍋型杓子は、勝手に水を張り、勝手に沸いて、茹で上がったら勝手に底が網になって湯切りしてくれた。
…便利じゃないか。塩水にもなってくれたみたいだしな。
「おれもめしー」
さっき食ってたよね!?そんなんじゃさっきの大蛇が浮かばれないぞ!?
茹でた蟹を食いながらしゃもじをあしらう。しかし、この子は言葉が通じると素直なんだなぁ。この前まで俺が食っている物とかも際限無く欲しがるような奴だったのに。
あ、対岸に飯があるんだっけ?何だろう。この湖の神とかへの供物とかかな?って事は祭壇?
あの大蛇が神とかだったら、かなりマズイ気がするけど。
「蛇神様のお怒りを買わぬ為、年に一度人柱を立てておる。」とか?
「蛇神様を殺害しただと!?貴様!何をしたのか解っているのか!?」とか?
「この一帯の守り神でございます。故にこうして、祭壇を作り、供物を捧げております。」とか?
うわぁ。何にしてもめんどくさそう……だが、人に会えるかもというのは、どんな形だとしても事態が発展しそうだ。
とりあえず……行ってみるか。