呪怨
たまちゃんに担いでもらって城下町に降りた。レラとジジイとしゃもじは、具現化した俺の霊力手で運ぶ。
いちいち神経削って具現化させなくても、元々濃度が高い俺の霊力ならそのままでも良いんだが
「レラは空を飛べるの!?」
と、たまちゃんに驚かれてしまったので、霊力が見えるようにした。
霊力が自分に干渉すれば空を飛べるのになぁ。霊力の上に乗ればいいだけだし……。ん?
霊力手を足から伸ばして、地面を掴めばいいのか?そうすれば飛べ……ないわ。空中を散歩出来るだけだ。
しかも下にある物を潰してしまう欠点付き!!そして不安定。保留だな。
とにもかくにも飯を食おう。
腹が減ってはなんとやら。
「めし?めし?」
ほらな?しゃもじの飯くれビームは不可避なんだ。
食品街へと赴き、食材を見る。ふむ。訳の解らん物しかない。
真っ黒な半透明な柔らかな球体。赤く脈動する太めのヒモ。やたらデカイ茄子みたいな野菜。箱の中で蠢く蛆虫みたいな物、等々。
そんな物をガヤガヤと多種族の獣人達が物色している。
「おっ?兄ちゃん兄ちゃん!うちは安いよ買ってきなよ!!」
と声をかけてきたのはイルカだ。……そうイルカだ。人の要素は手と足と言葉のみ。正直気持ち悪い。
そして置いてある食材は、鹿・牛・馬・蟹・貝。……海の幸かこれ?
大げさに枝分かれした巨大な角が、むしろ体よりも大きく見える、白と黒のシマウマのような模様をしている鹿。
これは前に大樹が捕ってきてくれたやつだな。
「おっ?大角鹿かい?お目が高いなぁ~兄ちゃん。こりゃ北の海ではかなり珍しいんだぜ!」
カカカっと笑いながら威勢良く話すイルカ。……海の幸?
確かに森と草原で会った動物と言えば魚だけだ。
そして大樹と九尾の里の住人等が、どこで捕ってきたのか知る由もない。
よし。気にするのは止めよう。この横たわる動物達をどんなに良く見てもエラは……あるわ。おかしな世界だ。
「あ!もしかしてアンタ噂の『人』か!?ツルツルしてんもんなー気持ち悪いなー!」
ガッハッハと笑いながら失礼な事を平然と言うイルカ。……まぁ嫌いじゃないぜこういうタイプ。
お前の方がツルツルだろうがボケが!!……とは言わないでおこう。
「これと交換してくれるか?」
「あ?なんだこりゃ。金じゃ無きゃ駄目だね!」
『精霊の欠片』を差し出すと、眉間に皺を寄せた顔をしたイルカ。表情があるイルカってのは良いな。気持ち悪いけど。
これの価値が解らない獣人もいるのか。
「ここはたまちゃんが払おう!……だからそれちょうだい?」
たまちゃんがギラギラした目で俺と『精霊の欠片』を交互に見ている。……まぁ良いんだけどさ。
イルカに良い部位を選りすぐってもらった大角鹿の肉を持って、一度街の外へ出た。
料理をするなら出来れば人目のつかない所が良い。
「ゆーちゃん。出ておいで?」
と、たまちゃんが声を発すると、着ぐるみが全長2メートル程の雪兎に変わる。あぁ……やっぱり着ぐるみだったのか。
着ぐるみが脱げたたまちゃんは、獣王と同じ恰好だ。まぁ子供だから色気はないが。
雪で兎の形を作ったものに、葉っぱを耳,赤い実を目にするあの雪兎。
……だが耳も目も動物のそれだし、ふわふわの粉雪のように白い体毛に包まれた兎だ。毛に隠れてはいるが、手足も申し訳ない程度にあるようだ。
「ふにゅふにゅぅ~。」
と力が抜けるような鳴き声を聴かせてくれる。
「ゆーちゃん。これ食べて?」
と、たまちゃんが雪兎に『精霊の欠片』を差し出すと、ぽりぽりと食べ始め。
「ふにゅにゅぅぅぅう!!」
と喜んでいるようだった。中々可愛いじゃないか。しゃもじの糞だけど。
「おまえなんだー?くうぞー?」
「ふにゅ!!?」
相変わらず変な挨拶だなしゃもじ。
怯えて、たまちゃんが着ぐるみ姿に戻っちゃったじゃないか。
「今のがたまちゃんの契約精霊?」
「うんっ!天の精霊の眷属で、上位精霊の『雪乃』だよ!言葉は話せないけどいい子なんだぁ。」
雪乃は、九尾と同等の上位精霊。つまりたまちゃんの霊力量は、現段階では四葉よりも多いって事だ。
……さすが獣王の側近。
「化け物だねナオトは……。」
「そうじゃのぉ。儂はもう馴れたがな。」
「それでもしゃもじの方が凄いらしいよ?」
たまちゃん、ジジイ、レラが俺の調理風景を見て、ひそひそと話していた。
霊力で作ったまな板の上で、具材を次々に杓子包丁で切り、霊力鍋に入れて、火の霊術で熱している。
具現化はしていないから皆には、空中で具材を切って、浮かんだ水球の中に入れ、それに直接火が当たっているように見えるはず。
今日のご飯は、訳の解らない葉野菜をたっぷり入れた、鹿肉のすき焼き風。豆腐と白滝が無いので、つまらない物になってしまったが。
ご飯と卵もないから、少し味を薄めにしてみた。……ふむ。まぁこれはこれで中々美味いじゃないか。
しゃもじはしっかり血抜きしたモモ肉を、生のまま食べている。
猫の舌のザラザラは肉を剥ぎ取る為についている。そして本来肉食である猫に生肉を与えると毛艶が増す。……まぁ鮮度が良いから出来る事だがな。
「料理ってこういう事を言うんだねぇ!たまちゃんびっくりだ!」
足をパタパタさせながら嬉しそうな少女。子供に喜んでもらえると、冥利に尽きるというものだ。
「そうじゃろ?こやつは性格はアレじゃが、料理は美味いんじゃよ。」
ジジイ後ですりおろしてやる。……まぁいい。
「さて本題だ。街中を歩いたり、食品街に行ったりしたけど、怪しい獣人はいなかったかねレラ君?」
「あ、うん。いたよ。」
「いたんだ!?」
「やっぱり基本的に獣人さんは邪気が見えないんだけど、それでも何人かは邪気……というか、黒いモヤモヤした鎖が体のどこかに絡まってた。
で、その鎖を辿っていくと、ある店に繋がってた。っていうか、最初から変だな~って思ってたんだけど。」
「……その店ってどこ?」
「団子屋さん。」
やっぱりか……。あんな凶悪な物を団子と称して売っている場所だし。
「え!?ないないないない!あそこは霊都でも最高の団子を売ってる所だもん!!」
大袈裟に両手を振って否定するたまちゃん。……凶悪ではないらしい。
「とりあえず行ってみよう。レラの目は恐ろしく的確だし。」
桃色とか言われちゃう程だからな。いやいや俺の場合は違うけどさ。
「直人!」
団子屋に向かう途中で四葉と合流した。駆け足で近づいてくる四葉に何か違和感があるような気がする。
……何だ?何かがおかしい。
「お姉ちゃん何してたの?」
レラがきょとんとした自然体で質問した。すげぇな。子供って強い。
「ん?えーっとまぁ買い物かなぁ?」
「ふーん。」
顎に人差し指を当てて、斜めを向いてとぼける四葉に、レラはそれ以上言及しなかった。
まぁ……いいか。何をしていたのかが気になるわけではないし。
団子屋に着いた。
さてここからだ。レラの目が正しかった場合、いきなり襲われる可能性が……あるかはわからないが、警戒はしておこう。
「ここはたまちゃんが行こうじゃないか!」
キリッとした顔付きで団子屋を見つめるたまちゃんは、覚悟を決めたかのように前に出る。……嫌な予感がするが。
「こら!団子屋!!呪われているのか!?」
全く獣人って奴は……。素直というかバカというか。まぁそれが良い所なんだがな。
「おやおや。珠様じゃない。呪いって何の事だい?」
中から出てきたのは人の良さそうな顔をした、割烹着を着た中年の女性だ。狸の耳と尻尾が良く似合っている。
ニコニコとしたそのほんわかな雰囲気に流されて、俺等は胸を撫で下ろす。
……レラを除いて。
「………おばさんか…ら…、凄く濃い……邪気と……殺意が……見え……る。」
息を切らし、ダラダラと汗を流して直立で固まってしまっているレラを見て、反射的に俺と四葉は身構える。
「おやおや……クフフフフフフ……」
落ち着きのある女性の声が、粘りつくような低い笑い声になる。明らかに声が変わった。
「上手く隠してきたんですけれど、『神の義眼』ならバレても仕方がないですねぇ。」
女性の口は動いていない。別のナニカの声だという事が解る。ザワッと空気が変わったように感じた。
少し遅れて反応したたまちゃんの毛が逆立ち、足をダンダンさせながら身構えた。
「何が目的だ!悪魔!」
「クフフフフフフ。我が父イスカに、今一度戦争を引き起こせと命じられたものでね。」
「『イスカ』じゃとぉ!?…ではお主はまさか!?」
堰を切ったように大声を上げるジジイに、俺と四葉とレラは少し驚く。
「その通り。私の名はゴーマン。六天に名を連ねる、魔王の息子。」
「『呪怨のゴーマン』……。」
「クフフフ。ウサギさんは良く知っておいでだ。呪術に置いては父すらも凌駕すると自負しておりましてね?中々しつこいですよ私の呪いは。」
ゴーマンって聞いた事あるような……?
あぁ。確かレラの生まれた国の国教が『ゴーマン教』と言っていたような気がする。
でも悪魔族。『人』は悪魔を信仰してるという事か。
白眼むいて涎を垂らして、操り人形のように身体中が弛緩している中年の女性から聞こえる悪魔の声。……恐らくこのままだと女性が危ない。
「いくよ!ゆーちゃん!!」
「おっと。良いんですか?私は呪いを通じて話しているだけですよ?」
「くっそ!!」
だろうなぁ。攻撃すれば団子屋の女性が死ぬだけだ。本当に悪魔の所業だよ。胸糞悪い。
――矮小なる我の霊力を糧に九尾の名の根源たるその力の片鱗を貸し与えよ――
――狐火――
背後から四葉の詠唱が聞こえ、発現した狐火はたまちゃんに向かって飛ぶ。
「え……。四葉あなた何を……!?」
振り返ると髪が紅く染まった四葉が掌をたまちゃんに向けていた。力の根源の九尾もわかっていないようだ。
……何が起きた?




