北兎族
朝、寝ぼけ眼を開けると、目の前に紅い光が見える。
昨日、出生から俺と出会うまでを語ってくれたレラの寝顔。
左の瞼は開いたり閉じたりを、まばたきとは言えない長い間隔で繰り返している。
……寝起きにこれはちょっとキツイ。一気に目が覚めてしまった。
というかいつの間に俺の布団に潜り込んで来たんだろう。
目を閉じたレラの寝顔はとても可愛らしく、
辛い過去を過ごしてきたとは到底思えない。
……。何かこう……。変なナニカに目覚めてしまいそうな……。
いやダメだダメだ。レラにこれ以上のトラウマを与える訳にはいかない。
今日は獣世界の首都なる場所に赴く事になった。
レラが世話になっていた野牛族に援軍を送るとなると、同じ地亀の眷属では不充分だと判断したからだ。
炎の騎士団に対抗するには、水の霊法を使える獣人が好ましく。
獣世界の様々な獣人や精霊が集まる首都で協力者を募る。
「まぁ貴方が援軍として行って戴けるなら、解決だとは思いますがね。」
と紅蓮が呆れながら言っていたが、念には念を。
しゃもじが幾ら強くても、危険な事はさせたくないし。
『人』は刃物とか使ってくるし。
仮に戦うなら味方は多い方が良い。出来れば俺としゃもじは参加しない方向でいきたい。
……怖いからな!!
「すぐに助けに行かなくても大丈夫なのか?」
「まぁ相手が炎の騎士団ならば大丈夫じゃないかしらぁ?燃やされても息はあると思うわぁ。仮にサイハクの氷の騎士団だったら手遅れだったわよねぇ。」
氷の騎士団。寒そうな名前だ。氷の剣に氷の盾とかを装備しているのだろうか。
野牛族の里はサイハク帝国の北に位置し、その更に北にテレサ帝国がある。
可能性として、氷の騎士団に攻められないとは限らない。
今は大丈夫だとしても急ぐに越したことは無さそうだ。
現状、四葉には九尾を具現化させるだけの霊力がなく、髪飾りのままなので。
「……転移霊法を使います。」
首都へは、ガチガチに緊張した四葉の転移霊法で行くことになる。
上位精霊の九尾と契約出来た事が未だに信じられないようだ。
それでも『契約者』なので、九尾がマーキングした所には転移霊法での移動が可能だ。
新たなマーキングは……まぁ九尾が具現化出来てから、だな。
――首都『霊都』。
俺、しゃもじ、四葉、レラでそれを見下ろしている。
『転移場所』と書かれた看板がある高台からは首都を一望する事が出来る。
四葉の霊法で、ここに転移してきた訳だが。……まぁ臭いに決まってるよな。マーキングスポットだもの。
「おぉ!相も変わらず壮観じゃのぉ!」
……ジジイもレラの服に潜り込んでいた。正に神出鬼没。妖怪だが。
ジジイの言った壮観とは、首都の大体真ん中辺りに位置する城の事だ。
物凄く高く伸びた白い城……というよりは塔。
ただし、それは首都の外側からでも見える程、でかでかと『北兎族の城』と書かれているので、やはり城なのだろう。
城下はまるでテレビで良く見る江戸時代の風景。長屋や木造の店、石造りの蔵等が軒を連ね、様々な種の獣人達が道を歩き、活気に溢れている。
塔はどちらかといえば西洋風なので、かなりの違和感を覚えてしまうのは、俺だからだろうな。
「まあね!北兎族の能力が最大限に活かされるように作られているからね!」
ジジイの言葉に応えたのは、突然現れたうさぎの獣人だ。
外見から察するに恐らく北兎族。
白い綿のような、か細い毛に包まれたぴょんと伸びた耳はピンク色の肌が見え、純白の髪、赤い瞳に丸くぽわっとした尻尾。
うさぎの着ぐるみを着た少女。といった印象で、人の要素が少ない獣人だ。
「藪から棒に何だ!?」
「やぶか……?」
「安心せい。首都の案内をしてくれるだけじゃ。」
「その通り!!『人』の来訪者なんてかなり珍しいからね!!たまちゃん張り切っちゃう!!」
……たまちゃん?それはどちらかといえば猫の名前なのでは……?
あ。しゃもじが近寄ってたまちゃんの匂いを嗅ぎ始めた。
「おまえなんだー?」
「え……!え……?えぇぇ!?」
たまちゃんとやらがしゃもじを見て驚くのは解っていた。
獣神の特徴は、獣人である以上稚児でも知っているのが普通らしいし。……説明するのが面倒だ。
「本当に獣神様だぁ!」
きらきらと目を輝かせて、小さい身体を折り曲げてお辞儀をするたまちゃん。……あれ?想像と違う。
「北兎族は聴覚を強化する霊法を使えるの。私達の里での会話を聞いてたんだと思うよ。」
俺の意外そうな顔を見て答えを示した四葉。
それは盗聴って事だよな……?そいつは住みにくい世の中だ。
「……ちなみにここから九尾の里までは?」
「お主の歩幅じゃと、大体1ヶ月って所じゃろうな。」
遠い!そんな所まで聴覚届いたらうるさくて堪らないだろうに。
「そんで貴方が『ナオト』だよね?まりちゃんが貴方の霊力を察知してからバッタバタだったんだから!」
「まりちゃん……?」
「王様だよ!!」
王様が随分馴れ馴れしく呼ばれている。まりちゃんとたまちゃんって……。
俺の霊力を察知?って多分変化術教わってる時だろうなぁ。
「まぁまぁ。ここでは何だし、お団子食べよ?」
おおぅ。さすがウサギ。俺からすれば十五夜の月見団子のイメージがあるし。……月には住んで無さそうだけど。
ん?団子?……米がある可能性が出てきたじゃないか!
……うん。
霊都に入り、少し歩いた所の団子屋で、団子を注文した。
のれんに『だんご』と書かれていて、瓦屋根で、横長の長い椅子が店先に置かれている、純和風なレトロ感溢れる店構えは、中々に落ち着ける。
しかし。しかしだ。
串に刺さったこの3つの黒い物は何だ?
確かに丸い。球体だ。だが決して団子ではない。
だって脚があるもん。目があるもん。どう考えてもダンゴムシだこれは。
「ガリガリとした触感がいいよね!」
って何を言い出すんだ四葉。団子はモチモチするもんだ。
「うまいぞー」
食ったのかしゃもじ!?グルグル~と喉を鳴らしている、という事は本当に美味いんだろうか。
猫は嬉しい時、要求する時、グルグル~、ゴロゴロ~と喉を鳴らす。初めて聴いた時は病気かと思ったもんだ。
試しに1つ食べてみたが……紛れも無くダンゴムシだと言って置こうか。
「で、何しに来たの?腕輪の無い『人』が獣人達の首都に入ったらどうなるか、なんて解るよねぇ?」
たまちゃんにそう問われ、レラに視線を移すと、正にダンゴムシを食べようとしている最中だった。
やめなさい。それは『人』の口には合わない食材だから。




