始神
――かぽーん
とは鳴っていないが、俺、レラ、大樹で風呂に浸かっている。
ジジイは当然お椀の中だ。これは決まり事だから仕方ない。うん。仕方ない。
「ふぅう……。」
悪態ついていたはずの大樹が一番ご満悦といった表情をしている。
どこか憎めない所があるな、と感じていた大樹に殺意を覚えたのはついさっきの話。
衣服を脱いで風呂に浸かろうとした時だ。
焔が儀式をしている為、大樹が脱ぐのは下だけ。
無論お風呂初心者の大樹は前を隠そうとはしない。つまり丸見えだ。
そしてその腰には、マグナム…いや、ここは料理人らしく長ナスとでも形容しようか。
そんなモノがぶら下がっていた。
イケメン・ムキムキ・長ナス。
もしもこの長ナスが熟成する事で固く雄々しく進化すると考えると恐ろしい。
これを目の当たりにして殺意を覚えない男はそう居ないだろう。
……まぁそれはそうと。
「ジジイ…さん。レラの事を『愛されし子』って言ってたようだけど。」
「うん……実は僕も気になってたんだ。」
あぁ。レラは紛れもなく男の子だった。
将来有望な小芋が申し訳なさそうにちょんちょんと……いやゲスな話はやめよう。
「極稀に『人』からな、神に愛された子が生まれる事があるんじゃよ。」
それで『愛されし子』か。神に愛されたって、神に頼られた俺より凄いな。
そういえば何でジジイはこんな色々知っているんだろう。
「何故老師がそのような事をご存知で?」
大樹が代弁してくれた。やっぱり気になるよな。
「ほほっ。『王の種』が持つ『知識伝承』を一度受けとるからのぉ。今は『王の種』はないが、しっかり儂の頭に残っておるんだわい。」
なるほど。先代の花王達の知識が詰め込まれていて、受け継ぐ事が出来るのか。
しかも『王の種』を無くしても効果はある。
この世界では限定的とはいえ、他人に記憶を渡す方法もあるんだな。
「体の一部に『神石』を宿して産まれてくるのだそうじゃ。先々代は右手が『神石』の『人』に殺されたそうじゃよ。」
少しだけ悲しげな声を出すジジイ。お椀の風呂が良く似合う。高麗人参みたいだ。
「妖精さんは『神の義眼』を『神石』って呼ぶの?」
レラ。それは違うぞ。ジジイは妖怪だ。
「『神の義眼』という呼び方は悪魔よりじゃな。まぁ何にせよお主が、『始神』に愛されて、その目を授かったのは間違いない話じゃ。」
「パパは『愛されし子』なんて言わなかったけどなぁ。」
「そりゃそうじゃろうよ。『人』は神からの授かり物の扱いが下手くそでな?そのうち神の怒りを買ってしまうんじゃ。」
ほう。だから『義眼』か。
使っている内に『授かり物』が『神の怒り』に変わってしまう。
あくまでも一時的なその『神の力』を行使できる存在。故に『神の義眼』。
でもジジイの口振りでは、気をつけて使えば大丈夫そうだが……『神石』だし。
「その目をどう扱ってたんじゃ?」
「えっと……。最初の透明だった時は、病気の人を治してた。」
「金をとったのか?」
「わからない。パパとママが治す人を連れてきたから。」
ふむ。まぁ『神の怒り』を買うぐらいなら金とってたんだろう。
黒い石は命を奪う。
透明な石は病気を治す。
そして紅い石は……
「最初は透明だったの。でも人を治していく内に紅くなって、制御が出来なくなった。」
「『神石』はそれ自体が意思を持っていて、壊れる手前になると警戒色を示すそうじゃ。」
警戒色が紅か。前の世界と変わらないな。
しかし『神石』に意思?
石に意思?ジジイギャグもいい加減にして欲しい。
「うん。妖精さんの言う通り。小人さんが、このままいくとダメだって教えてくれてた。」
うん?いきなり訳が解らなくなったぞ?
小人さん?
「ほぅ。お主の『神石』の意思は、形が小人なのじゃな?すると……ぶへっっ!?」
何かを言いかけながら難しい顔をしたジジイを、お椀ごとひっくり返してみた。
勝手に話が進んでいて訳が解らん。
「お主はいつも唐突に儂を痛めつけるのぉ!!!」
「いやいや。解るように説明してくれよ。大樹に至っては諦めて風呂を堪能し出してるぞ?」
「むぅ……むむむ……。は!?いやっっ聞いてましたぞ老師!!」
大樹って天然だよな。思えば出会った時から、クールぶってはいるが隠せていない。
ちなみにしゃもじは俺の霊力をヒモに変えたものを追い掛け回して遊んでいる。
猫は身体が柔らかいからほぼ全身を毛繕いする事が出来る。
つまり風呂に入れる必要がないのだ!
散歩は要らないし、ちゃんと甘えてくるし。
猫は良いよ猫は。
……それはともかく。
「石の意思って何だ?」
「うむ。『神』の名を冠した物にはじゃな、『意思』が宿っている場合があるんじゃよ。
レラとやらが持っている『神石』。
超稀少金属『神金』。
どこかに湧き出していると言われる『神水』。
そして光雲や光雨の原因とされている『神気』。
これらには意思がある。まぁ語りかけてきたりするのは『神石』だけのようだがの。」
本当に詳しいなジジイ。最初はその存在を激しく拒絶したが、こうなったら貴重な生き字引だな。
「神様ってそんな沢山居るのか?」
「そもそも神とは常に曖昧じゃ。その種族で一番強い奴が神と呼ばれる場合もあれば、特殊な能力を持つ稀有な存在を指す場合もあるからのぉ。
そう考えれば、種族の数だけ神はいるじゃろうし、何を神と崇めるかは、その種族次第って事になるわな。」
「食の神は?」
「いや知らんなぁ。それを言うならばお主ではないか?お主程の料理を作れる存在は、少なくとも獣人や妖精、精霊にはおらんからな。」
あ……ありがとう。
確かに『料理』という言葉が必要ない程に、この世界は『料理』がないように思う。
せいぜい茹でる・焼くぐらいか。
『人』の生活水準はわからないが。
「……話を続けるぞい?
『始神』という者達がおるらしくてな?
『創神』が天地を築き
『命神』が生命を繋ぎ
それらを『獣神』が守護する。
と、言われているのがこの世界なのじゃ。そして神の名を冠する物を生み出せるのも『始神』の二方だけじゃ。」
獣神!!?
神が派遣した守護者だったかしゃもじ。……いやいやいやうちの猫だし!!
『創神』と『命神』か。そのどちらかにレラが愛されているって事だな?
「お伽噺と思っていましたが……。」
大樹が難しい顔をしながらしゃもじに視線を移す。
まぁ獣神はここにいるからお伽噺じゃなくなったよな。
「僕の左目は病気を治せたり、魂を奪ったり出来るから……」
「そうじゃな。恐らく『命神』に愛されておるのじゃろう。
気まぐれに世界に降り立ち、数多の命を唐突に奪う事から『死神』とも呼ばれておる。」
随分とまた恐ろしい神だ。
『死神』といえば黒いローブを来た骸骨がすげぇでかい鎌を持っているイメージだが。
レラは似ても似つかないのにな。
「命神……死神……。」
レラが呆然と呟いている。
理解が追いついていないのか、思う所があるのか……。
「とりあえず上がるか?」
「……うん。」
言われるがまま風呂から上がるレラ。
この里にも石鹸と布があったので、体と頭を洗ってやる。
その間もレラはただただ呆然としていた。




