風呂
マグロで刺身と照り焼き、丸菜で彩った味噌で味をつけた鹿鍋、球菜の浅漬け、レモンっぽい果実の砂糖漬けを、テーブルに並べてから、ジジイとレラとしゃもじを連れて里の外れに向かう。
「儂も食いたいんじゃが……」
光合成してろ!夜だが。
「後で食えば良いだろ?あんなに沢山作ったんだから。」
土鍋が50、皿の数は200じゃ収まらない。里の住人全員分だからな。土鍋も皿もあって良かったよ。霊力を使った皿や鍋を持続させるのは、神経を削るし、疲れるんだ。
「とほほ……。ではさっさと終わらせるかのお。」
――妖法【緑葉の籠】――
大げさに手……いやヒゲ根をくるくると回しながら妖法を使うジジイ。妖怪だからやはり『妖力』なのだろうか。
霊法の青白い光とは違う、紫色の光が地面へと干渉し、幾本かの広葉樹が急激に成長。
それらが絡まり合い、直径10メートル程の籠のような半球が作り出された。
少し遅れて広葉樹の葉が生い茂り、外側から半球の中が視認出来ないようになる。これを2つ並べて作ってもらった。
入口となる半球の一部は葉と枝が曲がって、それを成している。ここには後で暖簾のような何かをかければいいか。
「凄いなジジイ…さん!ついでに中なんだけどさ。大きい桶みたいなものを置きたいんだけど。作れるか?」
「ふむ。出来なくはないが妖力が不足しとるのぉ。桶…なら打ってつけの術があるが妖力全てを使わねばぼへぇぇぇ!?」
妖力不足なジジイの為に、杓子を甕に変化させて取り出した味噌を、顔に塗りつけるようにして食わせる。……ぬか味噌の方が気が利いていたかな?
「ふむ……美味いの。食わせ方が雑過ぎるがな!!まぁ妖力は上がったから……やるぞい。離れておれ。」
妖力にも効く杓子の料理。魔力にも効くのかな?アシベルだっけ?に聞いて置けば良かった。
――妖法【華棺】――
――天の一。
樹で出来た厚い縦1メートル横5メートル程の長方形の板が、しゅんっという風切り音と共に出現する。棺とはまた嫌な妖法だな。
――地の二。
同じく板が始めに出現した板と平行に並び、
――風の三。
――水の四。
同じく板が出現し、左右が閉じられた。
――土が広がり
底が出来た。風呂としてはこれで完成だな。棺だけど。
しかし檜風呂とは中々良いな。檜かは解らないけど。
――雲で封じる――
蓋しちゃったよ!!狐姿の紅蓮が普通にはいれそうな大きさの直方体の棺。
「いや蓋要らんし!!ジジイ…さんのくせにカッコイイ術使いやがって!!」
「切れば良かろうて。本来なら対象をこの棺に閉じ込め、圧縮させて殺すという恐ろしい術なんじゃ。」
確かに恐ろしいな。こんこんっと棺を叩いてみると、金属のように固かった。鉄木か?
「まぁ詠唱と発現が長いからのぉ。実戦ではほぼ使えん。」
「そうか。じゃ隣にも同じの作ってくれ。」
「鬼かお主は!?妖力ほぼ全てを使い果たすと言うたろぶふぉぇ!?」
解っているさ。だからこそ再び味噌を押しつける。
「……鬼じゃ。鬼が乗り移ったんじゃな……。」
ぶつぶつと文句を言うジジイを無視して、俺の作業に入る。
霊力手を操り地面の中を探る。要は具現化の逆だ。霊力を極限まで細く薄く絞る。
通常、土が比較的濃度の高い霊力を含んでいる為、霊力を素通りさせる事は出来ない。
だが細く薄く絞った霊力は、土が含む霊力を下回るので、掻い潜る事が可能なのだ。
そして自分の霊力を伸ばすという事は、視覚と触覚を霊力に乗せられるという事になる。――千里眼――の理屈だ。
糸よりも細くした、青白く光る霊力を地面の中の温泉を探っていく。
無論温泉が存在するかも解らない。だが探ってみる価値はあるだろう?地下水脈でも沸かせば良いのだから。
最初は安易に霊力をお湯に変質させれば……と考えたのだが、自分の霊術は自身には作用しないという問題にぶち当たった。
例えば自分の霊力で放った炎では火傷をしないし、水を作り出しても濡れたりしない。
以前大樹との戦闘で、杓子を中華鍋に変えた時に熱さを感じなかったのは
①大樹と俺の霊力差がかけ離れている為、杓子には大樹の霊法が干渉しなかった。
②杓子を鍋に変えるとそれ自体が発熱するという便利な事象は、俺の霊力を吸い上げる事で可能にしている。
この2つの理由で、俺は熱さを感じないが、ジジイは熱さを感じたという事が起きた。……と思う。
杓子から出る水や調味料は恐らく、杓子自身の霊力の具現化なのだろう。それらは口にする事が出来る。
都合良すぎる杓子。まぁ神の霊具だから仕方ない。
自分の霊力で自身を傷付けるなら危険極まりないからな。当然といえば当然の『理』だな。
それはさておき。
地面に潜らせた触覚が感じた冷たい流水。
地下水脈があった。流れはかなり早いみたいだ。
よくよく考えると、この世界が地球のように内部が熱くなっている惑星に触感を伸ばしてとしたら、火傷じゃ済まなかったよな。
……霊力が火傷するとどうなるかは解らんが。次からはよく考えてから行動しよう。
「レラ。『人』の世界ではどういう風に風呂を沸かしてるんだ?」
「お兄ちゃんも『人族』でしょ!?えっと、『魔石』という黒い石に、火炎の魔法をかけるの。そうすると火炎の魔法が石に留まるから、それをお風呂に入れてる。」
そんな便利な物があるのか!?科学の発展はしてなさそうだな。
「そういえば『人』の世界では『精霊の欠片』を『魔石』と呼んどるんじゃったな。人獣大戦が起きた時に、獣人達が大量に保管しておった『精霊の欠片』を『人』に奪われたと聞いた事があるの。」
おぉ!!しゃもじの糞の事だったか!!
……すげぇなうちの猫。
俺が感心しながらしゃもじを見ると、ヒマだったからか丸まって目を閉じて眠そうにしていた。
……すげぇなかわいいなうちの猫。
しかし人獣対戦かぁ。獣人と『人』との確執はそこから来ているのかな?
「おい!そこでコソコソやってる奴!!出てこい!!」
地面を探る時に展開した霊力で感知しているんだ大樹!!
狩りは……獲れなかったみたいだ。
「む……。ち…違うぞ?デカイのが居たんだが、後一歩の所で逃してしまっただけだからな!!」
違う事ないじゃねぇか!逃したのね。獲れなかったのね。うん。わかった。
「それはいいから、『精霊の欠片』、まだお前持ってるよな?」
「持っているが……。」
良し!これで全て揃ったな。
棺を貫通させ、地下水脈へ伸ばした霊力を具現化してから、消失させる事によって出来た穴から、水が湧き出してきた。
少し茶色かったが、時間が立つと透明になり、少しだけ温泉の匂いがする……気がする。
大樹に炎の霊法を『精霊の欠片』に込めてもらい、水が湧き出している穴に設置。
お……中々良い温度だ。少し熱いぐらいか?こんな上手くいくとは思わなかったな。
霊力手で地面に排水の川を作り、風呂が完成した。
ジジイを酷使して作らせた2つの風呂。当然男女で分けるようだ。
しゃもじの糞が沸かしているお風呂だから『糞の湯』とでも名付けるとしよう。
……いや普通に『しゃもじの湯』でいいか。
――かぽーん
って音が良くアニメとか漫画の風呂で響いているけど、あれは何の音なんだろう?
静かに湯気を上げている真新しい風呂。
この世界初めての風呂。
少し感慨深いな。
「ほほう。風呂とは、水浴び場の事じゃな!!」
ジジイがすっきりとした顔で言えば
「ふん……お湯でなくとも水で充分だろうが。」
と悪態つく大樹がいて
「わぁー。あっという間にお風呂って出来ちゃうんだねぇ!」
と目を輝かせるレラと
こんなに騒いでも起きないうちの猫。肝が座ってる猫も珍しいもんなんだが。
さてさてここにいる面子で風呂に入ろうじゃないか。
聞きたい話も沢山あるしな。




