レラ
アシベル視点→主人公視点
「お腹がすいてるの?」
視線を合わせるようにしゃがみこんで、俺が聞くと少年は眉を寄せてぷいっと目を逸らす。あれ。前の世界では子供に好かれるタイプだったんだけど。
一瞬だけ見えた少年の右の瞳は、夕焼け空よりも紅く綺麗だ。九尾の里の入口にある『精霊石』の色に近い。
ボサボサの深緑の髪は首元まで伸びており、左目は髪によって隠されている。耳も『人』っぽいし、尻尾がない。
「名前は?」
「しゃもじだぁぁぁあ!」
お前には聞いていない!!かわいいけども!!
少年は目を逸らしたまま話しそうにない。
「しゃもじ。どうしたんだ?」
「れらがおれにめしをくわせてくれたからーなおとにめしをつくらせるのー。」
少年の名前はレラというのか?いやしかし飯を食わせてくれたってなんだ?
「……キミが僕のご飯をとったんでしょ!」
聖歌隊にでも居そうな透き通った、でも少年らしい声。『天使』とも形容出来る程の声と、中性的でかわいらしい容姿。男の子……だよな?
「レラくん?って言うの?」
「……うん。」
応えてくれた!ちょっと嬉しい。
あ、そっか。お腹空いてるんだよね。どうせしゃもじ必殺の上目遣いでレラくんの飯を奪ってしまったんだろう。わかるぞレラくん。『飯くれビーム』は防御不可能、絶対不可避だからな。
……しまった。皮袋を部屋に置いてきた。しゃもじにぶっ飛ばされたせいでな!
とりあえず狩りをしなければ、と真っ青な草原を見渡すと、今まで何で気づかなかったのか不思議なくらいの生き物が、遠くの方で跳びはねていた。
足の生えたマグロが数十匹。体長は約1メートル程。腹の部分から6本伸びる獣のような足を折り曲げては伸ばして垂直跳び。……何がしたいんだ気持ち悪い!!
「しゃもじ!あれ捕まえられるか?」
「まかせろー!!」
はっはっは!どうだうちの猫は賢いだろう?二つ返事で引き受けてくれるんだ!
勘違いしている奴が多いが、犬と猫の知能はほぼ同等だ。
ただ性格の違いで、猫は人に従わないだけだ。俺は犬も好きだが。
まぁそれはさておき。
パンッッッという音を立て、爆散した足マグロ(仮)を見て俺は後悔した。しゃもじに狩りは無理だって解っていたのに。ほら!!他のマグロが逃げ……られないわな。
次々に爆散していくマグロ達……なんて残酷なんだうちの猫は。
「しゃもじ!!おいで!もう良いから!!」
「つかまえられなかったー」
うんうん。お前のせいじゃないよ。全てはプウが悪いよな。四葉とかには加減出来ているくせにな。
かろうじて生き延びた数匹のマグロの垂直跳びが加速している。焦っているのか……?逃げないのかな?
俺が近づいてみると、かさかさかさかさかさかさーっと方々に逃げて行き、ある程度の距離を保つと再び垂直跳びを開始した。不思議な生物だ。
「……あれを殺せばいいの?」
冷淡な声でレラが声をかけてきた。生物を殺す事に躊躇がないような声に少し背筋が寒くなる。
「そうだけど…。狩り出来るの?」
俺が応えると軽く頷いたレラが髪を分けて、左目を露出させる。
真っ黒だ。とても澄んだ紅い瞳とは違い、黒曜石の玉を嵌め込んだかのような漆黒の左目。
レラが見つめた先の10メートル以上離れた足マグロの体から、ぽうっと青白い光の玉が上がり、勢い良くレラの漆黒の左目に吸い込まれていった。
同時に光の玉を吸い込まれた足マグロがドサッと倒れたのを見た。
「何をしたんだ…?」
「…………魂を吸い出したんだ。」
えーーーー!!なにこの子!!しれっと恐ろしい事を言い出したよ!?
……いやそんなに恐ろしくもないか?しゃもじのせいで驚きが少なくなってきたな最近。
「あんまり驚かないね?」
「まぁ、あいつが恐ろしく強いしね。」
俺が指した先で、しゃもじが空に舞う蝶をジャンプからの猫パンチで散らせていた。
遊びで命を殺すのって、人か猫か犬ぐらいだろうなぁ。残酷だ。
「あの子からは邪気を感じない。お兄ちゃんからも。すごく強いのに。」
難しい言葉を知ってるな。
「邪気とかって感じるもんなの?」
「僕はね。左目は、色んなものが見えるんだ。自分より強い魔力を持つ魂は吸い出せないから…怖がらないでね?」
まだまだ幼い顔に、様々な苦痛を味わったかのような悲壮さが垣間見える。気が付くと俺はレラの頭をわしわしと撫でていた。
「わわわわっっ!」
始めは驚いていたレラも、次第に照れるように俯いて撫でられている。
「良し!飯にしよう!ちょっと待ってろ。」
マグロの解体は『鮪切包丁』よりも出刃包丁の方がやり易い。庶民だからな俺は。
筋に包丁を入れて少しずつ身と骨を引き剥がす感覚で捌いていく。……足?切り落としたさ気持ち悪い。
流石にこんなに食えないから、4分の3は里へ持っていくとして。
大トロ、中トロ、カマトロの美味しい部位を食べてしまおうかな。まだまだマグロには美味しい部位は沢山あるしね。
味見をして見たが、俺が知っているマグロより少し酸味がある程度。マグロは新鮮なものより、氷温で熟成させて旨味を出すものなのでまぁ仕方ないとして。
熟成させたら前の世界のマグロより美味いのかもしれない。
刺身だけでもいいが、せっかく霊力操作も覚えたし、霊力を火に変えて炙ったりしてみたり、霊力を手の形に変えて調理をしたり。
霊力手は自分が思った通りに動いてくれるからかなり効率良く調理出来た。何本も使えるしね、ちょっと気持ち悪いけど。
たたき・刺身・塩焼き・照り焼きが出来た。15分足らずでだ。……便利じゃないか霊力!!あ、勿論杓子も便利だぞ!!
野菜があればまた違った料理が出来るのになー。……まぁいいか。
「うっ浮いてる!?」
「あぁ…そっか。見えないよね。霊力のお皿に乗ってるんだよ。」
「霊力?魔力ではなくて?」
「まぁまぁ。細かい話は後にして、食べて食べて。しゃもじはこっち。」
しゃもじは別に用意したただ茹でただけの赤身肉。
「めしめしめしめしぃぃい~~~!」
「…………ッッ!!!!」
恐る恐る…といった感じで食べ始めたレラは、言葉もなくがっついている。そんなにお腹が空いていたのか。
うん、まぁ大体俺の知っているマグロの味だな。陸にいるくせに。跳びはねているくせに。
照り焼きは大トロで作ってみたが、贅沢な味がする。甘辛い醤油だれが絡まったマグロは、口にいれるとふわっと溶けていく。……たまらん。カマの塩焼きは当たり前の旨さだし、炙った中とろは、脂の焼けた香ばしさがクセになる。
とりあえず米が欲しい。この世界に米はあるんだろうか。
「すっごく美味しかったお兄ちゃん!!」
かわいいじゃないか。……本当に男の子だよな?
「うまうま~!なおとーもっとくれー」
「ダメ。そのくらいにしておきなさい。」
「ぶーーーー!!」
あらかわいい。ふてくされたしゃもじもやっぱり最強だな。
……あれ?レラの左目が紅くなってる……?
俺の視線に気が付いたレラが左目を手で確かめて、驚いた顔をした。
「え……何で……?ご飯食べたから……?」
食事を終えると、レラの黒曜石のような左目は、ルビーの色を濃くしたような深紅に染まっていた。




