水辺へ
「なおとーめしー。」
しゃもじの声が聞こえる。飯じゃなく水を探して来いと言ったんだが……。
霊力を使った会話なので、所謂念話のように、ある程度離れていても声が届くのだろう。
その証拠に今周囲にしゃもじの姿は見えない。が、叫んでいるような口調ではない。
俺はこの勝手に熱してくれるフライパン型杓子で、試作を作っていた。
『弱火』と思えばゆっくり焼けて、『強火』と思えばすぐに焦げる。3つ程失敗作が地面に転がってるが気にしない。
失敗は成功の母だ。
4回目でようやく上手くいった。扱いが難しいな。
このつる草の実の中身である糊状のものは、案の定火を通す事で固まった。
表面をこんがりと狐色、中身はふわふわもちもちになったつる草の実を食べてみる。
パンケーキとまんじゅうの皮の中間のような味だ。モチモチしていて、噛めば噛むほどに甘くなる。
朝食向き。と言えば聞こえがいいが、味気ないので直ぐに飽きそうだ。
とりあえず食べる物もないし、おやつ代わりにとそれを食べながら辺りを見回すと、遠くの方で何かが近付いてくるのが見えた。
ズルズルと大きな音を立てながら近付くそれが何かを理解した時、俺は背筋が寒くなり、冷や汗をかく。
ーーーー大蛇。
恐らく先程倒れたツル草ぐらいの大きさはあるだろう。長く伸びる胴体の左右に毒々しい深紅の線が走り、頭がコブラのように広く、尾に近付くにつれて細くなる漆黒の大蛇だ。
……それがバックで近付いてくるように見えたのだ。
俺が戦慄したのは大蛇の存在に、ではない。大蛇の尾をくわえて走ってくるしゃもじを見たからだ。
「いやいやいやいやいやいやいやいやいやいや。」
開いた口が塞がらない。どういう事だこれは。百歩譲って『死んでいた大蛇をしゃもじが引き摺って来た』にしても、無理がある。
大蛇の瞳の大きさにも満たないしゃもじが、引き摺ってこれるとは何事だ!!?
「めーしー。」
「違う違う違う違う違う違う違う。どう考えても飯じゃない!深紅の横線とか毒蛇見本だろうが!?」
「どく……?」
「食べたら苦しくなるの!!」
「まかせろー!」
……何が?
いやしかしでかいなぁ。顔まで100メートルぐらい離れてるかなぁこれ。
顔に近付いてみると目の大きさはしゃもじどころか俺ぐらいある。175センチくらいって事だ。
喉に大きな穴が空いており、後頭部付近が抉られている。何か炸裂弾のような物を喉に撃ち込まれたのだろうか。これが致命傷になったのだろう。口を開いて絶命している。牙怖っ。
これで動き出すとかはないだろうから安心してしゃもじの下へ駆け付ける。
だって怖いじゃんこんなでかい蛇!多分俺らなんて食べ物とすら認識されないぞ。……一応聞いてみるか。
「これ何処に居たんだ?」
「くさがいっぱいはえてるとこ。」
ふむ。森の外側って事か?
「何で持ってきたの?」
「うまかったからー」
食ったの!?
あぁ……確かにしゃもじがくわえて来た尾の部分に食い千切られて骨剥き出しになっている箇所がある。
周囲を支配する血生臭さに、げんなりしてしまう。
こんなものを引き摺って来れるしゃもじは最強なのかもしれない。
神の加護を受けているのか?……食の神の加護で強くなるの?
実は見かけ倒しで重さはあまり無いとか……は無さそうだ。地面に落ちた一枚の鱗でさえ、ちゃぶ台並の大きさと、10キロ米2袋分くらいの重さがあった。
というか毒はないのか?毒袋が破裂してなければ問題ないとか?……
しゃもじは……平然と前足で顔洗ってるな。良かった。
まぁ食っても大丈夫そうなので、とりあえずちょっと肉を貰っていこう。俺は食う気にはならないけど、キャットフード代わりにはなるだろ。
包丁に変化させた杓子で皮を剥ぎ取り、肉を削ぐ。……首が損傷してるせいか、そんなに血は出ないけど、蛇の生き血とかって浴びて大丈夫なのかな。
今になって気付いたけど、杓子と同じ様にこの服にも汚れがつかないらしい。大蛇の血は手にしかついてない。体洗いたいな。
「しゃもじ……水辺は?」
「あったよー。」
毛繕いをしながらしゃもじが答える。あったんだ!?あったんなら寄り道せずに帰って来なさいよ!!
蛇の肉を乾燥させる為に杓子に戻して叩いていると、一瞬にして干し肉が完成した。
……杓子すげー……。
大きめに剥いだ皮も同じく叩いてみると上手く鞣されたみたいだ。2センチ程の厚みに包丁をいれて開くと、皮袋の完成だ。クチはさっき倒れたツル草からぴょんぴょんと出てる細いツルで縛っている。
これでとりあえずしゃもじの夕飯は確保した。『お木の実焼き』と呼ぶべき俺用の飯も一応持っていこう。いざ水辺へ!!
……カサカサカサカサ……
ん?おかしいな。風はないし、この森には葉も落ちていないのに。カサカサカサカサって不吉な音だ…。
音がした方に視線を移すと、体長30センチ程の黒いダイオウグソクムシような虫が、失敗した『お木の実焼き』に5匹集っている。
つまり大きなダンゴムシだ。あれ?こんな虫今までいた?
段々大きくなっている気がする……気のせいじゃない。もう既に40センチ程の大きさになっている。
何故…と考える前に思い出されるプウの言葉。
『ただの料理じゃないよ。霊力がみなぎる料理だよ。』
つまりそういう事なのだろう。小さな小さなダンゴムシが、失敗したとはいえ俺の料理を食った事で霊力を上げた。それが体の大きさになって表れてしまったと。
漫画とかに出てくる虫は、魔力を吸って魔物になったりするし?
そんな事より俺の料理にどんだけの価値をつける気だプウの野郎!!
虫を巨大化させる料理とか!!…………世界征服出来そうだな。
気楽気ままな料理が楽しいのに。
しかし、この状況を放って置いたらかなりマズイ気がする。
幸いにしてまだあと2つは食べられていない。……と思い、拾い上げたがそれにもついていた。2センチ程度だが視認出来る大きさになるまで気が付かなかった。
さてこいつらをどうしようか。まさか捨て置いた失敗作がこんな事を引き起こすとは。殺すのは……忍びない。
ふとしゃもじの方に視線を移すと、丸まったダンゴムシで遊ぼうとしていた。しゃもじが前足で軽く弾いたダンゴムシは、物凄い速さで、ひゅんっっっと空気を切る音を立てながら遥か彼方へと転がっていく。
うちの猫になんて事をしてくれたんだプウの野郎!!
なんでしゃもじがこんな強くなってんの!?
そして……1分もしない内に40センチダンゴムシは姿を消した。
……まぁいいか。とりあえず解決って事にしよう。
失敗作は鍋型にした杓子でどろどろに煮詰めて、近くのつる草に撒いた。
やはり杓子を鍋型にして水と念じれば、水が湧き出た。……便利じゃないか。
つる草が天を衝く程の成長を見せたが、ジャックじゃないので登る気はない。
……。
よし。まぁとりあえずしゃもじが見つけた水辺に行ってみよう。