少年
俺としゃもじが借りている部屋に戻ると、入口から長蛇の列が出来ていた。並んでいる人は各々食べ物を持っている。
何だよふざけんなよ。何人待ち?いち、にぃ、さん……。しゃもじに早く飯あげなきゃいけないのに、20人待ちかよ。
……じゃなくて。なにこれ?
「直人!!!助けて!!」
部屋から飛び出して来た悲壮な顔付きの四葉に手を掴まれ、部屋に引き摺りこまれる。
部屋の中で、里の住人が食べ物(らしきもの含む)を持ってしゃもじに群がっているし、壁には恐竜が引っ掻いたようなでっかい傷穴が空いている。
「獣神様!!こちらを御賞味戴きたく……!!」
「獣神様!!こちらも如何でしょう!?」
「この肉は『大角鹿』の最上部位でございます!」
「むー!ちがーう!」
……何となく理解した。
「あのね、しゃもじさっきまで寝てたんだけどね!お腹すいたーって言いながらペタッとなっちゃって、壁に穴を開けちゃって、『精霊の欠片』を生成したと思ったら暴れまわっちゃってそれで……」
「うん。とりあえず落ち着こうか四葉!」
要するに寝て起きたしゃもじがベターっと伸びをして、寝起き恒例の爪とぎしてから、トイレハイね?お腹が空いているのはいつもの事だ。
猫が良く伸びをするのは、いち早く動けるようにする肉食獣の準備運動。
爪とぎも猫最大の武器だから常に新しく、常に鋭く保っておくための習性。
『トイレハイ』はトイレを巣穴の外でしていた猫の祖先がいち早く安全な巣穴に戻るという習性の名残。
猫の食物消化速度も、食べてから2時間という驚異的な早さ。
猫を飼っている人なら普通な事でも、この世界の民にとっては奇行であり、『神の怒り』と思われても仕方がない。
つまりは『獣神の怒り』を鎮める為に、里の住人がしゃもじに供物を捧げているって訳だ。
「ちがうー。めしぃぃー……。」
更に猫はとてもグルメだ。同じ鶏ササミであっても、生でしか食わないとか、茹でた物しか食わないとか、極論を言えば電子レンジ加熱のみを受け入れる猫さえいる。
昔読んだ漫画では、『天日干しした鯵の干物しか食わない猫』が登場したが、あながち大げさとも言えない。
俺がしゃもじが食べるキャットフード探しにどれだけの金と時間を費やした事か……。
まぁそれはともかく。
「ごめんねしゃもじ!」
「むぅぅー!」
俺が皮袋から取り出した干し肉を見て不服そうな声をあげるしゃもじ。……なんだ?
「ほっとかれたしーいつもおなじだしー」
……拗ねているのか?かわいい奴め。干し肉はちゃんと食ってるけどな。
俺がわしわしと体を撫でると前足で叩かれた。
「おこってるのー!どこいたのー!?」
無論だが、しゃもじのその問いに答える事は出来ない。今俺は宙を飛んでいるからだ。
叩かれた衝撃で部屋のドアを破り、他の家屋を壊し、里の塀をなぎ倒して、『人避け』の無数の狐火に襲われながら真っ青な草原で転がる。……怒らせたらマジでヤバイなうちの猫。
プウの厨師服のお陰か、俺の霊力が高いからか、怪我はしていないが衝撃で吐きそうだ。あのやろう。本気で猫パンチしやがったな。
「にゃーおーーとぉーー!!」
という声と共に物凄い速度の何かが、俺の横を通って行った。……多分追いかけてきたしゃもじだな。おーーい。過ぎたぞーーー。っていうか速いなぁ。一瞬で見えなくなってしまった。
ごろん、と草原に寝そべると、雲一つない真っ青な空。この空はこの前までいた世界とあまり変わらない。
この世界に来て、もう3日も経った。体感では6日だが。
しゃもじが喋れるようになって、『獣神』と呼ばれるし、物凄く強い。
俺の料理に凄い価値がついた。どうやら俺の霊力もかなり高いらしいが。
漫画とかゲームでよく見た『獣人』にも会った。四葉に至っては、胸が大きくて線が細い、更にはかわいいという今まで出会った事のないクオリティだし。
妖怪も精霊も居た。でかい狐とか花の根っこが喋るとか。完全にファンタジーの世界だ。鰯は陸を走り回っているしな。
……なんか少し楽しくなってきた。悪魔とか魔法とか物騒なものは置いといて。
とりあえずプウを探してみようかな。
奴は「私は長く現世に留まれないのだ。」と言っていた。
つまり“短期だったら留まれる”って事だし“この世界の神”なのは間違いない訳だ。
神社とか祠とか多分あるだろ。元の世界に戻……れなくてもいいか別に。しゃもじいるし。
せっかくこんな体験をしているんだから楽しまなきゃ損だしな。
「にゃおとーーーーーーーーー。めしつくれーーーーー。」
おっ?戻ってきたか。………ん?誰か連れている?
「こいつがはらへったってーーー。」
しゃもじが、ズタズタの布切れのような服を着た、みすぼらしい8~10歳ぐらいの少年を連れてきた。




