アニキ
ドンドンドンドンッ
「アニキ……!アニキ!起きて下さいアニキ!」
俺としゃもじ用に借りた部屋で仮眠を取っていると、誰かがドアを叩く音が聞こえる。まだ眠いんだが。
目を薄く開けると、ジジイ布団の上で丸まって寝ているしゃもじが見えた。丸まるぐらい寒いなら布団の中で寝ればいいのに。バカだなぁ。かわいいなぁ。
……じゃなくて。アニキ?
ドンドンドンドンッ
「アニキ!俺っす!!アシベルっす!」
いや誰だよ。ゴマフアザラシを飼ってる少年か?それとも風の谷を潰そうとした国の少年か?
半分寝ぼけて扉を開けると……っていうより鍵は最初からかかってないんだが。入ってくればいいじゃないか。
短い銀髪でピアスだらけの耳、こけた頬にレザースーツを素肌に着ている痩せた昭和のチンピラが立っていた。
……なんだお前か。
いや何で!!!?
「俺、アニキの飯食って感動しました!っつかすげぇ元気出ちゃって!!」
飯食ったの!?捕まってたくせに!?牢屋とかないのかこの里は!!!!
「俺間違ってました!殺そうとしたのに、縄ほどいてもらったし、今まで食った事ねぇってぐらいのすげぇ美味い飯食わせてもらって!!今までの自分が恥ずかしいっす!!」
……朝から熱い奴だな。いやそれより凄い変わり様だ。悪魔が抜けたからか?
「飯作ったのアニキらしいじゃねぇっすか!!また食いてぇっすけど、今まだそんな資格ないんで。……こんな俺が変われたら、また作って下さいね!?」
「……。」
「あっ!しかもアニキが悪魔殺してくれたから、『契約破棄』で寿命戻ってます!!」
あぁ……そうなの?良かったねぇ。
「ってな訳で俺、自分ち帰って反省してきます!んで、でっかい男になるんで!!またきっと会って下さいね!!……じゃああーとうござっしたぁ!!!」
……バタンッ……。
……。
俺、一言も喋ってねぇ!!朝っぱらからついていけないよ……。まぁいいか。二度寝しよう。
「さぁ始めましょうか。」
太陽が大体真上に位置している時間。時計がないので何時なのかはわからないが。
紅蓮と大樹と一緒に里の外の草原に出る。勿論『人』用トラップに引っ掛からないように紅蓮の転移霊法での移動だ。
転移霊法は便利だが、『霊力を込めたマーキング』したポイントにしか飛べないそうだ。
理屈は教わったが、『マーキング』しなければ出来ない。……そして動物的な『マーキング』とは所謂『放尿』を意味する。……出来る訳がない。
そしてしゃもじは四葉に見ていてもらっている。まぁ放って置いても大丈夫だとは思うが一応。
「じゃあまずは『霊孔』を広げてみろ。全身に意識を巡らせて、霊力を引き摺り出す感覚だ!」
『霊孔』とは毛穴のように身体中にある霊力の出入口の事だ。えっと、全身に意識を巡らせて……?霊力を引き摺り出す感覚……か。
教わった通りに霊力を開放すると同時に、俺の周りから突風のような光が飛び出し、大樹と紅蓮が彼方へと吹き飛ばされる。
…………え?
「ーーーーッッ!?やりすぎだ阿呆が!!」
「やれやれ……。どうやら本当にとんでもない霊力をお持ちのようですね……。」
「ほほっ!こやつ霊力を感じられんのは幸いじゃな。これほどの霊力を感じられていたら立ってられんじゃろうのぉ。」
「ほんとほんと!霊力開放だけで『天狼様』の霊法並みの風を起こすだなんて、すごすぎるよっっ!!」
紅蓮の転移霊法によって帰ってきた面々は、各々言いたい事を言い放つ。大樹がいるから焔はセットだが、ジジイはいつから居たんだろう?
焔が言っている『天狼』とは、『天』を司る三大精霊。『天』だから勝手ながら『天龍』とかだと思っていたから少しショックだ。では『海龍』か!?という期待も見事に外れ、海を司るのは『水鯨』というらしい。
「俺の霊力感じないんじゃなかったっけ?」
「霊力自体は感じんが、霊力を使用して起こした風は別じゃ!!霊法みたいなもんじゃからな!!」
そういう事か。しかし風と共に光が飛んでってしまった気がする。
「かなり遠くまで飛ばされましたが、違和感ぐらいは感じられました。信じられませんが、今貴方はとてつもなく広大な範囲に霊力を放出している状態なんでしょうね。……やはり『獣神様の契約者』なんですね貴方は。」
あぁなるほど。霊力に包まれてはいるが、範囲が広すぎて視認出来ないのか。……って、あれ?それ凄くね?
「まぁいい。次は霊力に意識を巡らせて凝縮してみろ。自分の周りだけに集める感覚だ。」
霊力に意識を巡らせて…………お?森の中にうさぎっぽい動物がいる?鷹みたいなのも飛んでいる。何か街みたいなものもあるな。海もある。
自分の霊力の範囲内の物が見えるのか?――千里眼――はこういう理屈か。
これを自分の周りだけに留めるっと。
すると、ドーンッッ!!という轟音が鳴り響き、グラグラグラッッと地震が起きる。
「貴様……加減を知らんのか?もう少し丁寧にやれ。」
大樹が呆れた顔と声で俺を諌める。そんな事言われても……。
「ま、まぁとりあえず成功なんじゃろ?普通そう簡単に出来るもんじゃないじゃがの。お主じゃから驚かんで済むわい。」
一気に俺の周りに収束した霊力が地面へ干渉し、地震になったって事か?俺の周りの地面が捲れ上がっている。
「はぁ……。まぁ、その自分の周りの霊力を、生き物の形に変えて、具現化させて貼り付けるんですよ。僕は精霊なので大きさも自在ですが、『人』である貴方は自分より大きな物にしかなれないと思いますが。」
諦めたような言い方の紅蓮。俺は悪くないぞ!?プウがうちの猫を勝手に獣神にした!!……のかな?
「具体的にはどうすればいいんですか?」
「それはこう、ガーっと。自分の霊力をザーっと濃くして、自分にベタッと貼り付ける感じです!僕達精霊を創るって感じですね!!」
……俺は無言で大樹に視線を向けると、首を横に振られてしまう。
「俺は『変化術』を使えんからな。教える事はできん。」
「じゃが確かにそうとしか教えられんぞい?『変化術』は感覚的なもんじゃからのぉ。」
あぁそういえばジジイも姿を変えられるって言ってたな。まぁ妖怪だしね。不思議はない。
それからしばらく試みてはみたが、ついに『変化術』は修得出来なかった。変質した霊力を自分に貼り付ける時に、『自分自身の身体も変質させる必要がある』事に気付き断念。
別に悔しくなんかない。だって地の眷属精霊の中でも紅蓮しか使えない術だしー。妖怪の中にはまぁちょっとは居るみたいだけど俺は『人』だしー。
まぁ具現化自体は出来たから進歩だろう。霊力を圧し固めて刀にしてみたり、霊力を炎や水に変えてみたり。霊力で大きな手を形成して、遠くの何かを掴んだりも出来た。便利じゃないか。
……あれ?俺『言霊』の存在を否定している事になってる?
「言霊の詠唱を必要とせず、要するに精霊の力を借りずに、じゃな。
自分の霊力を変質させた上で具現化させる事を『術』と呼ぶんじゃ。」
あぁ。じゃあ正確には九尾や紅蓮が使っていたのは――転移霊術――って事か。
「『霊術』を使える程の霊力を保有している生物は普通そうは居ないんですけどね。」
紅蓮が苦笑している。食の神の加護があるからなのか、しゃもじが獣神だからなのか。解らないにしても俺の霊力は桁が違うらしい。
だが、しゃもじとリンクした『霊化』状態では力がみなぎるような感覚を得た。という事は、しゃもじの霊力は俺以上という事だ。……生意気だ!!
「悉くおかしな奴だ。まぁ敵じゃなくて良かったがな。」
大樹は肩を竦めている。獣神だからって敵じゃないとは限らないけどな。
気が付くと陽は沈みかけていて、ここでやっとしゃもじに飯をあげていない事に気付いた。
『九尾の儀』とやらもあるし、大急ぎで里に戻る。まぁ――転移霊術――のおかけで一瞬だったけど。
いいなぁ便利だなぁ。――転移霊術――か。マーキングさえ無ければなぁ。




