変化術
それからしばらくした後、業火は解放されたがあまりの苦しさに倒れてしまったようだ。
尾は8本になっていて「あとは九尾の儀を行うだけ〜〜。」と嬉々としている美少女が見下ろしている。
いつの間にかしなやかな肩にかかる赤髪で、スラッとした体型の20歳前後の、狐耳の好青年に変化した紅蓮の尾も6本になっていた。
「紅蓮にぃさまの変化術つかってみたい〜。」
「ん?焔も練習すれば使えるようになるかもね!」
優しい笑みを溢しながら、紅蓮は焔を諭している。……くそ。狐のくせにイケメンじゃないか。それより『変化術』ってかなり便利じゃないか?俺も教えてもらえないだろうか。狐と狸が使う術ってイメージだが。
ちなみに先程紅蓮にはしゃもじに畏まる必要はない事は伝えておいた。納得するまで30分程かかっていたが。
しゃもじは業火や紅蓮に興味を示さず毛繕いを始めたし、獣神という自覚もない。
「うへへへへぇ〜しゃーもぉ。」
10メートル程離れた場所で酔い潰れた四葉が、木の枝のようなものを抱きながらうわ言を呟いていたのを見てしまった。
……かわいい。
「ジジイ…さん。昨日野宿した時にかけてた布、どこにあるんだ?」
ケツに敷かれたまま眠っていたジジイをつまみ上げて聞いた。……よく眠れるよな。
「なんじゃ〜?儂の妖法で作っとるんじゃよ。」
――妖法【綿花の誘い(めんかのいざない)】!!――
「これじゃろ?わしゃ寝るぞい。」
眠気眼……という程普段から眼は開いていないジジイが、綿花の束を地面に大量に生やし、それらをくっつけ合って一枚の布のようにさせた後、地面に潜ってジジイ花を咲かせた。
前の世界での普通の布団をいとも簡単に生成した。何こいつ便利じゃないか!!踏みつけるのは保留にしておいてやる!!
「なおとーねるぞー……」
しゃもじも眠いようなので、四葉の隣に連れていき、一緒にジジイ布団をかけてやった。あぁ勿論木の枝はどかしておいた。どこから持って来たのだろう。
里の周りには篝火が焚かれ、様々な物の影がゆらゆらと踊っているかのようだ。火の光に照らされた四葉は妖艶でいてかわいい。しゃもじは常々かわいい。
「あらあら~獣神様とはいえ睡眠は取るのね。寝顔はこーんなに可愛らしいのに、内包する霊力はとても恐ろしいのよねぇ。」
九尾が俺の肩越しにひょこっと顔を出してしゃもじ達を見つめている。四葉に見とれていたので気付かなかった。……なんか気まずいな。
「あら?あらあらあら?あらあら?」
九尾がにやけながら俺を覗き込む。……くそっ。女狐が!!
「本当に俺について来るのか?」
「えぇ勿論!業火は明日から九尾になりますし~。」
俺の意見は無視か!?無理矢理九尾にさせられた業火もだが、こいつに振り回されるのはキツそうだな。
「俺が嫌だと言ったら?流石に獣神の『契約者』の言葉は逆らえないんじゃないのか?」
「えぇそうですねぇ。でも、明日になったらきっと貴方は私に頭を下げて同行を願うでしょうねぇ。」
……くっ。何をするのか大体検討がつく。食えない狐だ。
「とても美味しい食事でした。まして霊力まで上がるとは。」
イケメン好青年が会話に参加してきた。こいつは母親が居なくなろうとしているのに寂しくないのか?……いやそんな歳じゃないし、そんな種族じゃないか?
「もし良かったら、この茶色い汁の作り方を教えてもらえませんか?」
ほほう。味噌に興味を持ったか。大豆がなきゃ話にならないが……。
「良いですよ。その代わり、僕にも『変化術』教えてもらえますか?」
「あぁなるほど。確かに貴方なら使えるでしょうね。お教えしましょう。」
良し!!便利術ゲットだ!使えるかはまだ解らないけども。
結論から言えば大豆はあった。拳大の巨大な粒だったが、紛れもなく大豆の味だ。仮にこの世界に節分という豆まき文化があったなら死者が出た事だろう。
塩はこの近くの山で岩塩がとれるらしいので解決。紅蓮は大樹と一緒になって懸命に作り方を覚えようとしていた。里の特産品にしたいそうだ。
蟹魚や足鰯の干物・煮干しの作り方も教えて、特産品に加えてもらった。味噌汁はダシがなければ話にならないからな。時間がかかるものなので、見本を出して味を覚えてもらい、それを目指して作成するように示した。
そして変化術を紅蓮から学ぶ。「自分の周りに霊力を具現化して、形を形成するんですよ。」とか何とか訳の解らない事を言い出した時は参った。
まず「どうやって霊力を具現化するか」、そもそも「どうやって霊力を操るのか」等を聞いていたら夜が明けてしまった。
九尾の儀が夕方から始まるそうなので、8時間の仮眠を取る事にした。この点、1日48時間は意外と便利だと思った。
付き合わさせている大樹には悪いが、教え方が上手いので仮眠後も強制参加だ。正直紅蓮は焔の兄だな、と思わざる得ない程に教え方がアレだ。
……うん。アレだ。




