宴
「なんだこれ!?この肉、生のようだが、ちゃんと中まで火が通ってる!?」
「緑菜の香りと酸味が肉の味をこんなにも引き立てるのか!?」
「肉の周りついている黒い粒は何だ?これが肉を圧倒的に美味くしている。」
おおぅ。さすが俺の十八番ローストビーフ……まぁビーフではないだろうが、好評のようだ。
「青魚の煮たのも美味いぞ!?見た目は真っ黒で悪いが、味は濃厚で香りも良い!」
あおうおって呼びづらいな。酒があれば最高なんだが……里の住人等は何やら小さな茶色い木の実を噛んで酔っている。……マタタビ?
「ねっとりした白い濃厚なものの表面の焦げが美味い!中はとろりとした液体に包まれた、ぷりっとした蝦虫がたまらない!!」
蝦虫!?まぁまぁ確かに前の世界のエビも見た目は虫みたいで気持ち悪いしな。
「極めつけがこの茶色い汁だ!……表現出来ないが美味い!!足鰯の団子らしいぞこれは!」
そうなんだよ。足鰯とやらは普通の鰯より味が濃い。そして蟹魚のダシは、思ったより上品で芳醇だった。
全ての料理に好評を戴き冥利に尽きる。ところで…
「大樹。その木の実はなんだ?」
「これか?『酒樹』という樹から採れる実だ。噛んで果汁を吸うんだが…どうだ?」
…うーん。甘酸っぱくて美味しい。でも『酒樹』って名前の割には酔っぱらう気がしない。
「うにやぁぁあにゃぁ~~~」
しゃもじは酔っぱらうみたいだ。要はマタタビか。
「しゃ~もぉぉ~~~。」
四葉も一緒に酔っぱらっている。……抱き上げられたしゃもじが暴れて、けしからん所が揺れに揺れているんだが。……でかしたしゃもじ……!!
「な~んでか私の霊力が上がっているんですがぁ。」
九尾……早々とキャラ崩壊してるぞ?
「ほっほっほ!こやつが作る飯には霊力を上げる効果ぎゃっはー!!!!」
ジジイが余計な事を言いかけたのでケツに敷いてみた。うむ。硬くて気持ち悪いな。
「あら~不思議ですねぇ。すっごい貴重ですっごいズルいわ~。すっごい便利!!」
……九尾。焔が説明下手なのはお前のせいだな。
「すま、んのぉ。儂も、ちと、酔って、きよ、ったわ。」
植物がマタタビで酔うのか?つくづく変なジジイだ。まぁ九尾に知られた所で害はないか……?
「決~~めた!!私は貴方について行くわ~!!」
は?
いきなり何を言い出すんだこの老狐は。
「きゅっ……九尾様?な、なんて仰いました……?」
ほら風華さんの酔いが一気に醒めたようだぞ?
「だってこんな面白い方についていったら絶対面白いと思いませんかぁ風華ぁぁ?」
「まぁそうですね……。で、ではなくてですね!!里はどうなるのですか!?」
「業火がいるじゃな~い。」
「ですが!業火様はまだ……!」
「うふ。ねぇ直人。この料理業火と紅蓮にも食べさせていいかしら?」
敬語が消えた次は、呼び捨てか。……まぁかなり歳上だしな。
「勿論食べて戴けるならありがたいですが……。」
「あらぁ。料理人の鏡ね!じゃ喚びましょう!」
――強制帰喚『我が元へ』――
九尾が言霊を紡ぐと、ボワンっと丸い煙が3つ上がる。
「母上……。」
体長5メートル程の5本の尾を持つ狐が呆れた低い声で言う。
「酒樹の実を食べるのは良いけど、毎度僕達を喚び寄せるのはやめてもらえませんか?」
いかにも優等生というようなハキハキした声で母を戒めるのは、体長4メートル程の4本の尾を持つ狐。
業火と紅蓮だ。狐姿の九尾程じゃないにしてもデカイ。乗ったら楽しそうだ。
「しょーだしょーだぁぁぁ!大樹と毛にゅき遊びしてたのにぃぃぃー!!」
フラッフラな焔は放って置くとしよう。『毛抜き遊び』は若干気になる所ではあるが。
いや……焔の尻尾が4本になっているのに業火と紅蓮が気付いたようで、目を丸くしている。
「焔……お前『精霊の欠片』を勝手に食ったのか!!?」
「業火にぃさまぁ。りょーり食べりゅとこーにゃるのー。」
激昂した業火に呂律が回らないまま答える焔。
「落ち着きなさいな業火。ほ~~ら。」
「ムグっッッ!?」
ローストビーフが九尾の手によって皿ごと食わされる。あぁ……俺の料理が……。味わってくれよ。
「君は『人』かい?……なるほど。何か面白い事が起きているようだね。」
俺の匂いをスンスンと嗅ぐ紅蓮。食われるかと思った程の迫力だ……。怖かった。優等生は冷静だな。
「なおとー!!めしめしー!!!」
マタタビ?で酔い終えたしゃもじがタイミング良く近寄ってきた。そっか。調味料をふんだんに使ってしまったから、しゃもじの鼻が拒絶したんだな。良いことだ。猫が胡椒食ったら大変な事になる所だし。
……この世界では大丈夫そうだけどな。恐らくこの世界の食事は『霊力を回復させる為』に取るものだ。神の霊具である杓子から出した調味料なら、霊力はたっぷりに含まれているだろうし。それにこの世界では『毒』という概念も存在しない。
だからこそ『調理』は二の次なんだろう。煮た方が、焼いた方が、生の方が、美味く食べられるぐらいにしか考えない。美味いと感じられる舌があるのだから、研究ぐらいすれば良いのにな。
「むぐぐぐぐ……。」
次々と業火の口に料理が詰め込まれている。フォアグラでも作る気か!?業火が涙目になってるじゃないか!
しゃもじに干し肉を与えながらふと横を見てみると、紅蓮が身体を伏せて丸まっていた。九尾と謁見した時の格好だ。
「じゅ…獣神様が何故こんな所に!?大変失礼致しました!!」
「うままままー!めしうまー!」
聞いちゃいないうちの猫はまぁ置いといて。これは敬礼のポーズなんだろうか。声色と態度が合っていないと感じるのは、俺がこの世界の住人じゃないからか?
業火に視線を戻すと、焔まで便乗して料理が詰め込まれていく。尾が7つになっているのはいいが、ぽっこりと膨れたお腹も目立っている。
良いフォアグラが出来そうだ。いや食わないけども。
そういえば『具現化』も『干渉』もしていない業火が俺の料理を食べられる事を疑問に思ったが
「これだけ霊力が高い料理なら、精霊でも食べられる訳じゃなぁ。」
と俺のケツの下のジジイの独り言により解決した。




