ツル草の森
「そういえば俺の名前知ってるか?」
とりあえず止まって居ても事態は進展しないので、歩き出しながらしゃもじに話しかけてみた。
しゃもじに自己紹介した覚えはないし、字が読めるとは思えないから、郵便物とかで知ったとかはないだろうしな。
しゃもじの糞がついた布団?放置に決まっている。
「『めしのひと』!!」
『飯の人』か。御歳暮のCMみたいだ。
「俺の名前は直人。覚えてくれ。」
「なおとー!めしのなおとー!」
……うんいいやそれで。飯野直人って名前で行くわ。
「じゃあしゃもじは『飯野しゃもじ』だね。」
「おれはしゃもじだよ?」
歩きながら上目遣いでこっちを見るという必殺技にやられ、反射的にしゃもじを抱き上げる。
なんてかわいいんだこいつは……オスのくせに。
さて、この世界は何なのだろうか。
地球……ではないよなぁ。真っ青な草がこれだけ生えているなんて聞いた事はないし、霊力っていう変な力もあるみたいだし。
夕陽に向かって走り出す趣味はないので、遠くに見えた森に向かって歩を進める。
森ならば木の実や水場、上手くいけば動物が住んでいる可能性がある。
何はともあれ食料と飲料水の確保が最優先だろう。
……プウが「料理を作ってもらう」と言っていたって事は、当然人も何処かに住んでいるよな?
全身緑色の人とかだったらどうしよう。雌雄同体で水と陽の光だけで生きていける上、願いが叶う玉とか作ってるとか。
いや、もしそうなら料理する意味ないか。
ーーーー森。
とは言ったものの、樹木が立ち並ぶのではなく、巨大で極太の淡い緑色のツル草で形成されている。『ジャックと豆の木』に出てくるそれに近い。
まぁ物語のように天空までツルを伸ばしている……という訳ではなさそうだが、それでもツル草の下に立ち、見上げた所で先端を視認出来る事はないほどに背は高い。
上の方では縦横無尽に繋いでいるツルが、蜘蛛の巣のように見えた。
「はーなーせー。」
俺の腕の中で暴れるしゃもじ。
猫は子供の頃から人に抱かれる事に慣らして置くと、気が変わるまでは大人しく抱かれているのだが、一度気が変わるともうアウトだ。
……だがこの気ままさが良い。
ゆっくりと降ろしてやるとツル草の森の中へと、トテトテと小走りで入っていってしまう。
「おい!しゃもじ、待て!!」
普段の臆病さはどこへやら。しゃもじの中の冒険者に火がついてしまったようだ。
葉が茂らない森の中はさほど暗くはなく、一本一本の間隔も広いので難なく進めるし、とりあえず見失う事もなさそうなので安心した。
時折落ちているラグビーボールのような茶色い物は、このツル草の実だろうか。それをしゃもじがスンスンと嗅いでいる。
「しゃもじ。それ食えそうか?」
「おれはいらないー」
そうだよね。猫は肉食。どう考えてもそれは植物の実だ。
表面はツヤツヤとしていて硬い。形はヤシの実に近いが、辺りにヤシの木がない。
試しに杓子を鉈に変えて割ってみる。……というか、問題なく鉈になった。便利じゃないか。
まるで抵抗力のなく切れたそれの中身は、白い糊上の物。目立つ匂いはない。
試しに指に少しだけ取り、舐めてみる……何とか食えそうではあるが、味が薄い。お粥よりも水分が多く、何となく青臭い。
せめて醤油が欲しい……と思うと杓子が醤油差しに変わった。傾けると当然のように醤油が出てきた。便利じゃないか。
こう言った糊上の物は、加熱すると固まって美味しくなると相場が決まっている。
杓子をフライパンの形に変化させて、糊上の実を流し込む。……がここで致命的な問題が発生した。
火が無いのだ……。
プウさーん。俺1から火起こしとかやった事ないぞー?
どうしろって言うんだ!!
ーーーードドンっ!!!
火をどうしようかと考えていると、突如として、何か大きな物同士が衝突したような轟音が鳴り響く。
俺は杓子フライパンを片手で持ちながら、目を丸める事しか出来ない。
その方角に目をやると、巨大な一本のツル草が今にも倒れようとしていた。
地面から伸びる数本のツル草が巻き付き合って一本となっているハズのそれは、半分だけ引っこ抜かれたような格好で傾いてしまっている。
後は自分の重さで倒れるだけだ。
「しゃもじ。おいで!?」
轟音の原因になったツル草の下に居るしゃもじに叫ぶ。
傾きから考えて、幸いにしてこちらには倒れ込んでこなそうだ。
トトトっとかけ寄ってくるしゃもじは不思議そうな顔をしている。
「あそんだらこわれちゃったー」
なん……だと……?
「あれを倒したの!?」
「ちがうよー。あそんだのー。」
猫の遊びと言えば『突進』『噛み付き』『猫パンチ』『抱え込みからの猫キック』が代表的だ。
確かにツル草の幹にはぴょんぴょんと数本の細いツルが不規則に垂れ下がっていて、猫の本能をくすぐりそうだ。遊びたくなるのも頷ける……が。
「ちょっともう一回遊んでみて?」
と言った瞬間、俺らとは逆方向にツル草が倒れ込み、ズズンっと再び轟音が鳴り響く。
俺の方を向いていた為か、その音にビクッと飛び上がって驚いてしまうしゃもじ。
「なにしたのー?」
目を丸くして、怪訝な顔を俺に向けるしゃもじ。
「俺のせい!?お前が倒したんじゃないの!?」
「ちがうよー。あそんだのー。」
……だよね!偶然だよね!
しゃもじの体長の10000倍は軽くありそうなこれを倒せる訳ないよね!!
試しに俺が思いっきり蹴ってみても、びくともしない。……足が痛い……。
何はともあれ、火だ。水も欲しい。
大概にしろよプウめ!
「しゃもじ、水辺を見つけてきてくれないか?あんまり離れない程度に。」
試しに頼んでみる。通常なら猫なんて呼んでも来ない事が多いし、言う事なんて聞きやしない。
……が言葉が通じるなら話は別だと信じている。
「はーい。」
ほらみろ。素直ないい子なんですようちの猫は。スゴいだろう?
しゃもじがトトトーっと離れていくのを見送りながら、辺りを見渡すが、木も枝も葉も無い。つまり燃やす物がない。
原始的はあの方法も使えそうにないな。
こういう時魔法使えたらなって切に思う。
あれ?霊力があるんだよな?使い方ぐらい教えてけよなあの野郎……。
プウはしゃもじが『契約精霊』だと言っていた。
精霊って、大概の場合何かを司る立場になってるんじゃなかったっけ?
しゃもじが精霊になってるとしたら、あいつも何かを司っているはず?
火の精霊とか水の精霊とかなら便利なんだけど、そんな都合良くはいかないよねー。
『契約精霊』って言ってたからには、俺はしゃもじと契約した事になっているはずで。
つまり俺も精霊の力を借りて霊力が使える……?
「ファイヤー!!!」
……しかしなにもおこらなかった。
「ウォーター!!!」
……しかしなにもおこらなかった。
「サンダー!!!」
……しかしなにもおこらなかった。
……。
………………。
………………現段階ではあくまで希望だな。いずれ魔法とか霊力とか使ってみたい。
そんなバカな事をやっていると、何処からか物が焦げた匂いがする事に気付いた。
……フライパン型の杓子から煙が上がっていたのだ。
あぁ本当に便利な霊具なんだなこれは。
火が無くとも勝手に焼いてくれるらしい。
しっかり焦げてるから『失敗しないようにする能力』的なものは無さそうだけど、流石神様の道具だねぇ。
となると、鍋の形にするだけで水が湧き出しそうだ。
しかも洗う必要がないんだよこれ。汚れがつかない不思議な杓子。土を掘ってみたけど綺麗なままだ。
いや、やっぱりプウさんは色々考えてらっしゃる。神を名乗るだけありますなぁ。
さて、焦げたこれはどうしようか。裏側はしっかり炭になってしまっているし、食えそうにない。
うん。地面に置いて、微生物達にご飯をあげる事にしよう。
神に選ばれた俺が最初に作った飯を初めて食べる、誉れ高い立場だぞ。
……これで捨てたとは言えないよな。