九尾の里
どうやらこの世界には毒というものが存在しないらしい。例えばそこらで生えているキノコを食べた所で大丈夫だし、例えば蛇に咬まれても痛いだけ。まぁ水竜に咬まれたら痛いで済まないだろうがな。
さすがに腐敗はあるらしいが、腐った物を食べると下痢をするという程度のものだった。実に住み易い世界だ。
ただし『呪い』が存在するらしい。呪術、要するに主に『人』や悪魔が使う魔法によって呪われた物を身に着けたり食べてしまったりすると、苦しんだり命を落としてしまう事もあるそうだ。
で、小豆洗いからもらった豆はその『呪い』を解いてくれるものらしい。
「小豆洗いの豆で解けない呪いは無いと言われているからな。」
大樹が補足する。そんなに良い物をただでもらってしまった。恩返ししたくても消えちゃったしな。
「めしー?」
しゃもじが興味を示したので嗅がせてみる。確かにキャットフードに見えなくない。
「たべれないやつー。」
お前はな!!げんなりとしている声だ。猫だから表情の変化とかはわかりにくいけど、声でなんとなくわかるのは嬉しい。
そういえば朝ごはんまだだった。でもあげるとこいつ足が止まってしまうし……。
「四葉。しゃもじを抱いといてくれないか?」
「えぇ!?私が獣神様を!!?そんな……恐れ多い事出来ないよ!!!」
「しゃもじだってばー。」
おお。ふくれっ面って感じの声だ!かわいいぞしゃもじ!もう一回だ!!
「失礼しました。しゃもじ様…。」
「しゃもじぃぃぃーーー。」
「呼び捨てでいいってさ。」
俺がしゃもじの言いたい事を代弁すると困ったような顔になり、目が泳いでいる。そして手櫛で髪を整えている。……何故?
「では……失礼します。」
恐る恐る、といった様子で抱き上げる四葉。「あおおおおおお……」と興奮して声が漏れている。そうだろう?しゃもじの毛並みはふわふわなんだ!!昨日何気なく焔を撫でてみたが、ごわごわだったし。
「しゃもじ…。」
「なんだー?」
「しゃもじ…。」
「なんだー?」
このやり取りが十数回繰り返された所で俺が止める。いつまでやってんだうちの猫と!!
「四葉が抱いてくれて良かったねしゃもじ。」と言いながら細かく千切りながら干し肉を四葉に渡す。ちなみにザルはジジイに持たせている。身長の倍はあるザルを持って、フラフラしているのが面白い。
「よつはもめしくれるのかー。めしのよつはー!!」
しゃもじの中では飯をくれる人は家族なのか。四葉と同じ苗字になってしまった。なんとなく…照れるな。
「えへへへへ~。しゃーもじ!!」
いきなり随分仲良くなったものだな。だらしなく下がった四葉の顔も癒し系だと思っているのは俺だけの秘密だ。
数回の休憩や食事を挟みながら歩き、里に着く頃には辺りは夕焼けの紅い光に包まれていた。思っていたより早く着いた。
木の柵でぐるっと囲まれた土地に、藁のようなもので出来た家が点々としている。道という道は無く、草原の上の集落という印象。遊牧民ではないだろうし、もっと良い村作りをして欲しいものだ。
木を3本くっつけただけの門に『九屑の里』と石でひっかいて書いた感じの看板が下がっている。間違えたのか……?『クズが9人居る村です。』って?
俺が門を見据えてそんな事を考えていると、神妙な顔をした大樹に話しかけられた。
「解るのか?そうだ。『人』避けの結界が張ってある。」
大樹が指を差した先は門の角。赤い石のような物が埋め込まれていた。『人』避け!?
「あそこを『人』がくぐるだけで、数百の――狐火――が、一気に襲いかかってくる。」
怖いよ!!でも霊法で罠も出来るのか。使い勝手良いな。
「私が作ったんだよ!!」
大きな胸を揺らして誇らしげな四葉。余計な事しやがって…と思ったが許そう!俺も男だ!!
「四葉が作ったなら何とかなるの?」
「ならない!!だって地の精霊様の『精霊石』を使ったんだもん!!」
精霊石?精霊の欠片の上位品?そりゃ貴重だろうね…。でもそこは威張る所じゃないと思うぞ?
「四葉ってもしかして強い?」
大樹と四葉がどうするか話し合っているので、俺はジジイに耳打ちしてみた。耳打ちといってもしゃがんで小声で話しただけだが。
焔の兄が使うという霊法を契約無しでやっていたし、こんな罠も作れるって多分凄いよな。
「何を今更な事を!!里で一番霊力が高い者が水竜の生贄に捧げられるのじゃ。つまり里で一番霊力が高いのは四葉って事じゃろうよ。それより、いつまで儂に持たせる気じゃ!!」
あぁ。ザル持たせていたな。ヒョイっとジジイからザルを取り上げる。
「やはり霊力=強さなのか?」
「まぁ一概には言えんが、大体はそうじゃ。かなりの霊力を持つ四葉じゃが、戦闘では『契約者』である大樹に勝てん。どんなに霊力が強くとも、補助系の精霊と契約しているなら、戦闘は弱いじゃろう。」
補助系か。昔やっていたゲームの中に、僧侶とかその辺りの職業で、回復魔法とか、身体能力アップの魔法とかばかり使えるようになるけど、とにかく弱くて、最後の方には全く役に立たなくなっている。そんな使い捨てキャラクターが居たなぁ。まぁそんなような『契約者』も中にはいるんだろう。
でも現実に居ればかなり重宝されそうな『契約者』だ。医者的な役割だろうな。誰もが魔王と戦う訳ではないし。
そんな事よりまずは目の前の事、だな。文字通り門前払いをくうとは思わなかった。
「ジジイ……さん。良い手はないのか?」
「うむ……。大樹等は九尾の眷属じゃろう?ならば変化の霊法使えるじゃろ?」
「あ……ごめんなさい。『人』の霊力感知で作動するように作りました。」
「姿形を変えた所で無駄なように作ってあるのは当然だろう?『人』だぞ?」
そんなに恨まれてるんだ『人』。同じ種族として恥ずかしい限りだな。
……あれ?キツネの耳をピクピクさせた5~6歳の男の子がこっちを覗き見ているぞ?やっぱり髪色はキツネ色なんだな。目がパッチリとして整った造型の顔……美少年だ。
「『人』だぁぁぁぁぁぁああああ!!!!」
突然叫ぶ美少年。狼じゃないぞ俺は。
「柊くん!違うよ!!ちょっと待って!!」
「うるさい!!四葉姉ちゃんに化けるだなんて最低だぞこの悪魔め!!」
おーおー。後で赤っ恥確定だ美少年。
美少年の叫びでドタドタと里の住人が20人程出てきた。その中の真ん中に立つ、高級そうな宝石等で装飾が施された杖をつく白髪のお爺さんが涙を浮かべながら言葉を発する。
「誉れ高き我が里の女子に化けるとはなんたる卑劣!そこにいる大樹は里で一番の戦士であった!死して尚操られるのはさぞかし無念であろう。」
何で一瞬でそこまで勘違い出来るんだろう。あぁ、それ程『人』が邪悪なのか。
「『人』よ!!目的はなんだ!?」
目的と言われても……「着いて来い。」に応じただけだし。ちらっと大樹を見ると額に手の平を当ててげんなりとしていた。
「里長……違うぞ?確かにこいつは『人』だが……」
「黙れ黙れぃ!!貴様等が化けた女子が造りし霊具の力を思い知れい!!」
そう言いながら豪華な杖をこちらに向けてくる老人。何で大樹はゾンビ設定なのに、四葉は偽物設定なんだろう。相当混乱しているのか、またはもう既に水竜に食われたと思っているのか……。
老人の持つ杖の鋒には門と同じ赤い石がついている。ルビーのような光沢と透明感のある石だ。そこへ霊力が収束しているのが目に見える。あれ?攻撃される感じですか?




