試し霊法
「うむぅ……。」
「ほほっっ!本当に不思議じゃわい!」
「すご~いねぇ!ご飯食べて霊力上がるとかさ!!」
「うまうまうまうま。」
「えっっ!!?ウソ!?こんなに霊力上がるの……!?」
驚いている皆を見ながら干し肉をかじる俺。しゃもじは前足で顔を洗っている。
「実際どれくらい上がってるの?」
「体感だけど…1.5倍くらいにはなってると思う。」
四葉が自分の手の平を見ながら答えた。数値化してくれたら分かりやすいのに。まぁ現実で数値化とか無いよな。
辺りは薄暗くなっていて、24時間の夜が始まった。夜にしては妙に明るく、快晴の夜空を見上げると真ん丸の月が2つ浮かんでいる事に気付いた。ジジイの話では、片方は月ではなく、『天の精霊』が寝ている時に放つ光らしい。確かに1つは月らしく黄金色に輝いているが、もう1つは軽く青が混じった白色の光だ。
黒く見える草原は、2つの月に照らされて、夜露が煌めいている。草が生えていない道の少し開けた場所で、焼肉に使った火を絶やさないように、薪をくべ続ける。
今夜はここで朝が来るのを待つ事になった。大樹いわく、夜は悪魔達が活発化する時間帯なので危険だ、との事。
「しかし至高の味の上に霊力も上がるとはのぉ。そこらで料理出来んなぁお主は。」
ジジイが自分の髭根を一本使って、歯に挟まった肉を取りながら話しかけてきた。便利だけど汚ねぇなジジイ。歯があることも、肉を食う事も気にしない事にしよう。妖怪だからな。
「霊力が上がらない料理も出来るぞ?今は無理だが、道具さえあればな。」
「そうなんだ。もしかしてその便利な道具に秘密があるの?」
四葉がキョトンとした悪意のない顔で聞いてくる。
「秘密というより、この道具は霊木で作った親の形見でね。いつも使っているから、つい霊力を込めてしまうらしいんだ。とはいえこの能力に目覚めたのは最近だけど。」
……という事にしておく。杓子は絶対に盗まれたくないし。信用していない訳ではないが、念の為。
「それは本当に便利な道具じゃなぁ。高名な鍛冶師の親を持った事を感謝すべきじゃ。」
う〜ん。ジジイに言われるのは釈然としないが、この霊具を授けてくれたプウには感謝が無い事もない。しゃもじとも喋れるし。
しかし皆こんな便利な霊具を見ても然程驚いていないな。
「こういう道具は結構あるのか?」
「無いわ!お主は初めから獣神を連れていたり、霊力上げる料理をしたりで規格外の存在じゃから、持っていても驚かんだけじゃ!!『神』だと言われてもむしろ納得するわい。」
そういう事か。相変わらずあんまり実感はないが、しゃもじが規格外に強くなってしまったので認めざる得ない。
しかし『神』だと……?流石にそれは勘弁戴きたいな。面倒そうだ。
「本当に便利だよね!料理以外は使えないの?」
四葉が嬉々として聞いてきた。そういえば『矢』になった事はあったな。
「使えないな。試してはないが、武器にはならないと思うぞ?狩りに使おうと思ったら『矢』にはなったが『弓』にはならなかったし。」
それを聞いた大樹が火を見つめながら呟く。
「盾になったではないか。」
「あれは鍋だぞ?」
「……。もういい。」
言ってから気付いたが、流石に衝撃的だよな。自分の渾身の攻撃を鍋で防がれるんだから。そもそも防御の必要ないらしいし。
そういえば夜なのにあまり寒くないな。焔もキツネ化してるから大樹は上半身裸だし。あっそういえば……
「焔。獣神ならどんな霊法でも使えるって言ってたよな?説明してくれ。」
「うん!はい、です!」
「そんな畏まらなくていいよ。自分の言葉で話してよ。」
「わかりました!あのね、獣神様ってゆうのは、神様だから、すっごい霊力を持っているし、すっごい霊力を使えるから、すっごいんだって母様が!!」
良く解らんぞキツネ……。精霊は説明下手なんだな。
「大樹。通訳。」
「膨大な霊力を持っているが故に、日頃からの霊力操作も甚大な労力であろう?それほど霊力操作に長けているのなら、訓練無しでも使えるだろう、と九尾様が言っていた。と焔は言ったんだ。」
おぉ…さすが『契約者』。あれで解るか。だけど、その説明では例えば、九尾固有の言霊で霊法を使える説明にはならないんじゃ…?
「精霊の神である獣神が、他の精霊が使う霊法を使えぬはずがあるまい?」
何だその理屈は。何だその呆れ笑いは?まぁいいか。やってみよう。
「しゃもじ。おいで?」
耳をピクッとさせて顔を上げるしゃもじ。言葉が通じるって良い……いつもならシカトだ。
俺はしゃもじの腹が前になるように抱き抱えて、右前足に手を添えて草原を指す。
「なんだー?」
「狐火!」
「きつねびー?」
しゃもじの右前足の前方に霊力が収束し、放たれた青く光る球体。そこまでは大樹と変わらないが、決定的に違う部分がある。大きさと放たれた時の空気を押し出す轟音だ。
まるで高速で走る大型トラックが壁に激突したかのような轟音と共に放たれたそれは、街で見かける大型のガスタンクより一回り程大きく、昼になったのかと錯覚する程の直視出来ない強い光を放ちながら、草はおろか土壌まで焼き払いながら進んでいく。
「マジか……。」
そんな言葉しか出てこない。大きいからか速度は大樹のそれより遅く感じるが、充分速い。一分もしない内に遠くに見える山へ到達し、半分を消し飛ばしてしまった。遅れて、パァーンという破裂音が届いた事で、相当遠くの山だと理解出来る。
「あの山に誰か住んだりしていないよな……?」
と俺は半分になった山の方角を向きながら、その場にいる全員に聞いたつもりだったが、返事がない。
振り返ると、顎が外れる程に口を開き、魂が抜けたかのように呆然と立っている3人がいた。




