里へ
「おれしゃもじー。おまえはなんだー?めしかー?」
どんな自己紹介だそれ!?うん。しゃもじはもっと自分の立場を解った方がいいかもしれない。キツネが凄く怯えている。
「飯じゃないぞしゃもじ!?友達だ!」
「ともだち?」
「ぼ、僕は二尾の狐の焔だ……です。獣神様だ……ですよね?」
「おれはしゃもじだよ?」
何回目の必殺スキル発動だそりゃ!?飽きもせずにかわいいな、と思う俺もどうかと思うが。
「あ……しゃもじ様。御名を聞かせてもらって光栄ですぅぅう。」
半泣きだな。そんなに恐いのかこんな小さい猫が。
「なるほどな。貴様の霊力を感じなかったのはこういう事だったのか。」
男が自分の後ろに隠れたのキツネを撫でながら、口を挟んできた。霊力って感じ取れるもんなんだ?
「どういう事だ?」
というか明らかに歳上だし敬語を使うべきか?…いやいいか。殺されかけたし。
「自分より差が有りすぎる霊力は感知出来ない。例を言えば、地上が生物だったとしても、その上で暮らす俺達は、巨大な生物だと認識出来ない。逆に小さすぎる生物も、目に見えなければ認識出来ない。それと同じ事だ。」
なるほどな。それで膨大な霊力を保持している獣神と契約している俺は、他の奴の霊力が小さすぎて感じ取れない…と。あれ?そんな差があるはずなのに殺されかけたぞ?
「貴様に俺の全力を叩き込んでも無駄な訳だ。貴様にとっては微生物が肌の上を這ったように、何も感じんだろうな。」
悔しそうな顔をして、勝手に説明してくれた。防御の必要がないと!?すげぇ怖かったんだが。ビビり損って事か?
「ん……?」
男が台の下に落ちている何かを見付けたようだ。右手の親指と人差し指でつまみ上げて、左手の平に置いて、マジマジと見ているそれは、焦げ茶色のコロコロした3センチ程の楕円形の固まり。……つまりしゃもじの糞だ。
「これは…『精霊の欠片』か?」
……いいえ。それはしゃもじの糞です。
中学校の英語の教科書か!?ペンとリンゴはどう見ても間違えねぇだろ!?従ってそれはしゃもじの糞だ!!
「ほほぅ。こりゃまた珍しい物を見たのぉ。『精霊の欠片』となぁ。」
ジジイがピョンっと男の肩に乗り、糞を見て言う。……いいえ。それはしゃもじの糞です。
「うわぁ。僕一回だけ見た事あるけど、本物だぁぁ。すっげぇ!」
目を輝かせるキツネ。……いいえ。それはしゃもじの糞です。
「お父様。私初めて見ました!」
いつ起きた四葉!?平然と会話に混ざりやがって!だが……いいえ。それはしゃもじの糞です。あれ?俺の方が少数派だな…。リンゴをペンと間違えたのは俺の方って空気なんだけど。
「はぁ。しょうがないのぉ。お主にも説明してやるか。」
唖然としている俺に哀れみの顔を向けて言い放つジジイ。本気ですりおろしてやろうかコノヤロウ。
「なおとー。」
俺を気遣ってくれているのか、しゃもじは俺の横にいる。よしよし。しゃもじはかわいいな。
「三大精霊以上の精霊は、気まぐれに霊力を捕食しては、余った自分の霊力を結晶化させて産み落とす時があるんじゃ。それを『精霊の欠片』と呼ぶ。とてつもなく貴重なもんなんじゃぞ!!」
…要するに間違いなくしゃもじの糞じゃねぇか。でもまぁ確かにいつもの糞より匂いも無いし、硬そうだし、透き通った宝石のように見え……なくもない。
「売れば安くて1000万にはなるしな。」
男が補足した。え……糞が?しゃもじは糞まで大出世したんだな。
「直人…これ、九尾様に献上してもいい…?」
四葉が申し訳なさそうにして聞いてきた。いやいやそんな物で良ければ幾らでもやるさ。
「それが我等の里の決まりなのでな。貴様にも里に着いてきてもらおう。」
「お父様。水竜を退治してくれただけに留まらず、獣神様の『契約者』に何て口の聞き方をするのですか?…お母様に言い付けますよ?」
四葉が眉を寄せて静かな怒りを露にする。…四葉の声って何かこう魅力的な反面、こういう時は迫力あるな。
「むぅ……。いや、だから礼をと……。お前も敬語を使っておらんではないか…。」
タジタジだな男。そんなに奥さん怖いのか?ぷっ。一応擁護してやるか。
「四葉。今更こいつに話し方を変えられても困るから、今のままで良い。」
「そう…?直人は優しいのね。お父様と違って!!」
…もう止めてやれ。男が凄く微妙な顔をしてるぞ?あの馬鹿デカイ蛇と戦ってまで助けてくれようとしてたのに。
「『人』がお主らの里に入って大丈夫か?騒ぎにならんかのぉ?」
ジジイが四葉と男に向かって問う。あ…忘れてた。『人』は何でこんなに嫌われているんだろう。出会い頭に殺されかけたぐらいだし。
「それが一番の問題だ。」
「えっと、お爺さんは妖精と仰っていましたよね?何かいい案ありませんか?」
「そう言われてものぉ。妖精は擬態を得意とするじゃが、他を擬態化させる事が出来るのは、『王の種』を持つ者だけじゃ。すまんの。」
問題は深刻のようだ。3人は俯いて考え込んでしまった。…しばらく沈黙は続いたが、四葉が「里に向かいながら考えましょう。」と言ったのをきっかけに歩き出した。




