6話 なんでこんなに努力してるんだ
☆21日目
目が覚めても正直、気分は憂鬱なままだった。
また全身が○ーションまみれだってこともあるかもしれないけど。
いや、生まれて初めて殺されかけたんだし、凹んだり不貞寝したりは普通のリアクションなんだろうけどな~。せめて寝る前に風呂に入っておけばよかったか。
うん、まずは風呂に入ろう。気分転換、気分転換。
薪を持ってきた後は風呂の用意をして、中に浸かる。今度は適温くらいだったみたいだ。中々入り心地も良い。
ついでに羊漢たちを見て気を和ませよう。
今日もこいつらは草を食べてる。う~ん。相変わらずこっちは向いてくれないけど、草食動物がいる長閑な風景はやっぱりなんか和む。
半時間くらいそうしてると、気分もだいぶ落ち着いてきた。風呂から出て、触手を振って湯を切る。
俺は出来る子。今までやらなかっただけ。手加減してただけ。だって平和主義者だから。余計な争いってホラ、怖いじゃん。そう考えると、不思議と余裕が出てくる。
・・・なんて残念な精神構造をしてるんだろ、俺。
ともかく、気分もマシになってきたから、またダンジョンの拡張をしよう。昨日のことを思い出すと、段々不安になってきたし。
ん?・・・そうだ!ピンと来たぜ!
なにも同じダンジョンを拡張するだけじゃなくて、あの木のあたりにもダンジョンを作ればいいんだ!
そうすれば、もしここが攻略されたとしても、隠しておいたダンジョンが使える。
『切り札は先に見せるな、見せるならさらに奥の手を持て』って魔界3大妖怪も言ってたし、他にもいくつか造っておけば、何かの役に立つかもしれない。
そうと決まれば、さっそく実行だ!
今こそ呪われた過去を・・・、振り切るZE!
とはいえ、昨日のように真正面から向かう愚は繰り返すわけにはいかん。っていうか、むしろまた待ち伏せされてそうで怖い。
自分の中のチキンさと冷静さが危険信号を出すが、しかし行かないわけにはいかん!プロの目は誤魔化せんぞ!多分これは、選ばなかったら後の方でDEAD END直行のフラグだ!
でも、危ないっていうのは事実だ。・・・そうだ!そういうときは発想を逆転させるんだ!
洞窟の外を歩くのが怖い?ジョジョ、それは無理やり行こうとするからだよ。逆に考えるんだ。「外に出るのが怖いなら、洞窟の中から行っちゃえばいいさ」と考えるんだ。
ありがとう、英国紳士!
でもなんか言ってることがまるっきり引きこもりッスね!俺が言うことじゃないけど!
脳内のナイスミドルに礼を言い、つるはしを持つと、洞窟の入り口に立つ。
それじゃあ中に入ろうかと思った瞬間、羊漢たちがこっちを見ている視線を感じた。もしかして心配してくれているんだろうか。
あいつらめ・・・。やっぱりツンで始まってデレで終わるアレじゃないか。
大丈夫だ。男は船で、女は港。俺はちゃんとお前たちのところに、帰ってくるさ・・・。
男らしく背中で語り、振り返らないまま洞窟の中に入っていく。
だから、多分背後から聞こえた「ペッ!」っていうまるで唾を地面に吐き捨てるような音は聞き間違いなんだろう。
ええ。ちゃんと日が暮れる時間には小屋に戻しますから・・・。
微妙に精神的ダメージを受けたまま最下層まで歩いていくと、大広間の隅、拡張工事をする時用に一箇所だけ他の壁と分けて石化させたところに立つ。
触手で石化した壁を取り外すと、土の地肌が出てきた。
そしてそこを触手に持ったつるはしで、打つべし!打つべし!
ザクザクと土を削りながら、果物の樹がある方向へと進んでいく。
一日で5階層を掘ってた俺のペースからすれば、よっぽど方角を間違えない限りただ通路を造るだけなら半日もあれば終わるだろう。
とりあえずどんなダンジョンを造るかは、向こうまで掘り進んだら考えよう。方向と樹の根でだいたいの位置は判るし、迷うことは無いでしょ。
さ~て、今日も頑張っていこう。程々に。
☆22日目
俺の朝は出来たてのホットミルクから始まる・・・。
食事の邪魔をしなければ羊漢も俺を蹴らないから、なんとかミルクだけは安定供給されてる。卵は、未だに放牧するときと戻るとき以外小屋に近付くと親鳥に睨まれるから無理だけど。
最近、っていうか最初からなんかコイツらの中で俺の扱いが悪いような気がするのは気のせいだろうか。なんか、ツンデレとかで片付けられなくなってきてるような気がするんだけど。
・・・気のせいだな。多分。おそらく。あるいは。・・・あんまり考えないようにしておこう。それがお互いのためのような気がする。
気をとりなおして暖めた鍋から、コップに注いだそれを呑むと、独特の風味と柔らかな味わいが口の中に広がった。
うん、前世で呑んだ牛乳よりもむしろ美味しく感じるな~。
昨日は果物の樹までトンネルを掘った後、その根元近くに入り口を持つ2階層のダンジョンを造った。因みに通路自体は判りにくいように石化させた蓋で閉じてその上に枯葉をかぶせてある。これで洞窟の方の最下層にいきなり人間が現れることも無いだろう。
うはははは!近寄られなければ、テンパることも無いんだよぉ!
さて。今日もダンジョンの拡張をしよう。果物の樹の方のをさらに5階層くらい増設すれば、万が一あっちがばれたりしてもすぐには攻略出来ないだろうからそんなに心配もいらないし。
つるはしを持ってそっちまで移動すると、一応、入り口から誰もいないか確認をする。一昨日の二の舞にはなりたくないからね!
蓋を開けてぐるっと360度――――――よし、居ない。目に入ってきたのは、緑の草原と青い空、そして巨大な樹という長閑な風景だった。
弓矢とか剣みたいな物騒なものは何処にも無い。・・・無いよな?無いって言えよ。もし有ったら泣くよ?
ダンジョンは入り口から数十メートルは下にあるから多分バレることは無いだろうけど、不安は減らしておくに越したことは無いからね~。
蓋を閉めてダンジョンに戻ると、最下層に下りてまたつるはしを振りはじめる。
なんかこっちの方が土が軟らかいみたいだから、洞窟よりも早く掘れるな~。トンネル方式でやってるから、崩落の心配も無いし安全に複雑な形で掘れるのも有り難いし。
調子に乗ってガリガリと削っていく。鉱石がほとんど無いのも、早くなっている理由の一つだな。もしかして洞窟の方にしか無いんだろうか?
色々と部屋を造ったりしながら進んでいくと、日暮れ前には8階層まで出来ていた。
しかも、洞窟よりもさらに複雑な構造になっているから、下手に下層まで入り込むと迷うことは間違いない。構造もブリキの迷宮並みに複雑にしてある。
これでもう、怖い思いをすることも無いだろう。っていうか、来るなら来てみろ、コノヤロー!
・・・あ、いや、本当に来たりはしないでね?マジで困るから。死にたくないし。
マジでマジで。いや本当に。
怒ったなら謝るから。土下座どころか、五体投地くらいなら余裕でするから。
☆23日目
ふと気がついた。
俺がこの前武器を向けられたのって、外見が原因なんだよな?
っていうことは、俺の外見が人間っぽかったら襲われなかったかもしれないわけだ。少なくとも、まず武器を向ける前に俺が危険かどうかくらいは確認しようとするだろう。たとえ言葉が通じなくても、そのときに友好的な対応をしておけば、この前みたいに弓矢とかを向けられることもないんじゃね?
おお、ナイスアイディア!
・・・しかし、どうやって人間のフリをするのか?それが一番のネックだが・・・。
実はもう2つの解決案がある。
①魔法でやってみる。
②触手をどうにか纏めて頭と四肢を作り、人間っぽく振舞う。
・・・②は発案の段階から死相が出てるから、とりあえず①を頑張ってみよう。
しかし、今回の魔法は何かを出すようなイメージじゃないから、どうすればいいんだ・・・?
正直、今までと勝手が違いすぎてよく判らん。でもやってみるしかないか。
死にたくないし。
そして時間は昼過ぎ。
とりあえず、メタモンとかT-1000とかを参考にしてみたが、余計によく判らなくなってきただけだった。
だいたい、あいつら身体が液状だから、俺が参考にするにはちょっと違うっぽいしな~。でも、触手から人間に姿に化けるキャラなんていたっけ?ワフェルダノスさんは微妙に違うし~。
しかも、今までの魔法だったら、数時間も練習してると覚える前でも多少のとっかかりみたいなものがあったのに、今回はそれすらない。
今回こそ、駄目っぽいかな~。
真面目な話、今一番欲しい魔法なんだけどな。つっても望み薄なモノにこだわるほど余裕も無いし。
う~ん、それじゃ、②を試してみるか。
とはいえ、触手のままで人間っぽい格好か・・・。かなり無理がありそうな気がする。
とりあえず、触手を五つの束に分けて、それぞれを捻って一まとめにしてみる。
それを人間がそうするように2つの束で歩き、2つの束を手として動かせば遠目には人間に・・・見えないね、コレ。
控え目に見てもヒトデが直立してるようにしか見えないな~、これじゃ。しかも、触手が動くから気持ち悪さも増してるし。
・・・いや、諦めるな。諦めたらそこで試合終了だ。安西先生もそう言ってる。たしか、洞窟の中にボロ布があったはずだから、それを羽織って木を彫って造った仮面をつけたらどうだろう!?
藁にもすがる思いで木を削り、見る者に警戒心を持たせにくい笑顔の仮面を造ると、人間形態?の頭の部分の触手に持たせ、ボロ布で胴体にあたる部分を隠す。
よし、これで完成だ。
―――――――黒いボロ布に包まれた奇妙なほど細く背の高い身体に、関節のあるであろう場所を無視して蠢く腕と脚。異常なほど長い首の先にある顔は笑顔のまま固まっており、それは獲物を前にした昆虫のような無機質さを思わせる。さらに、顔の目や口からチロチロと触手の先が出ていることも見逃せないだろう。
うん、これなら暗くて遠目ならなんとか人間に・・・・・・見えねええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッ!!
なんだよ!なんなんだよこれ!ところどころグロくしたカオナシかッ!?ジブリ作品が苦手な俺でも、さすがにコレは無いと思うぞ!?
コレは無いと思うぞ!?大事なことなので2回言いました!
こんなんがにこやかに近寄って来ても、命の危険しか感じんわ!ただの触手よりも人間の形に近い分余計にキモいし、なんか恐怖をあおるし!
・・・あかん。これじゃ、触手系モンスターから謎の不気味なモンスターに変わっただけだ。どっちにしろ、人間には見えないから討伐される。
これじゃ拙いよな~、と思いながら視線を向けると、羊漢と鳥達が凄い勢いで視線を逸らした。ギュンッ!って擬音がつきそうなくらい。もしかしてこっち見てた?
努めてこっちを見ないようにしてるから、なんか普段とは別の理由で避けられてるっぽいし。何故か一矢報いた気分だが、しかし意図してなかったことだからちょっとショックだ。
人間を目指してるのに、なんか真逆の方向に突っ走ってるような気がしてきたぞ~?
・・・やっぱり絶望が俺のゴールなのか?
使い道を考えようにも正直今回ばかりは無いとしか言いようがない。
う~ん、威嚇するときには効果的っぽいから、それには使えそうだけど、ただの触手よりもさらに怖がられそうだ。怖がられるだけなら困らないんだけど、俺の場合、危険と判断されて駆除されることに直結するからな~。
・・・とりあえず、保留ということにしておこう。
役に立つことがあるかもしれないけど、限りなくそうじゃなさそうだし。