9話 『河の流れ』的なものに流されて
☆29日目
朝起きると、まずラジオ体操をしてから、ホットミルクを飲む。うん、規則正しい生活は健康の基本だから、ジョジョも誘って良かった。
ラジオ体操を始めたときは寝起きでかなり機嫌が悪そうだったけど、ホットミルクを出すと喜んでたし。
う~ん、それにしても白い体毛に猿にしては利発そうな顔立ちをしてるから、名前はジョジョじゃなくて、スぺクターでもよかったかもしれないな~。ピポヘルは無いけどさ。
さて。いつも通り家畜を放牧した後、俺はジョジョを連れて果物の樹のところに行くことにしていた。というのも、昨日紅バナナを始めとして紫りんごも蒼ナシもどこかの猿に食い尽くされたからだ。
病み上がりとは思えない食欲を発揮した当事者は今も俺の上に乗ったままシレっとしているが、果物が無かったら俺が困る。
主に料理とか間食とかに。小腹が空いたとき、果物があると便利なんだよね~。
ネックになってくる近くの村の人に関しては昨日姿を見た瞬間逃げ出したから、また待ち伏せしたりはしてないだろうけど、とりあえず慎重に果物の樹まで歩いていく。
ダンジョンから行けば問題無いんだろうけど、とりあえずジョジョなら敵視される可能性は低いから、次回からのために地上の場所を教えておいた方が良いだろう。
果物の樹を見たときのジョジョの反応は劇的だった。
ウキャアッ!と興奮したような声をあげると、自分の座席にしている俺の触手をべしべし叩き始めたのだ。
痛い痛い痛い!
痛くなって振り落とさないようにシートベルト代わりに腰に巻いていた触手を外すと、ジョジョは樹に駆け寄ったと思ったら今度はイッキに登り始めた。
猿の本能か?
とはいえ、どうにか置いていかれないように俺も樹を昇っていくと、ジョジョは早速果物を食べ始めていた。素晴らしく自分の欲求に忠実だね~。
孫を見る祖母みたいな生暖かい視線を送りつつ、さらに樹を昇って実を持ってきていた籠に放り込んでいく。
収穫自体は数分で終わったが、しかし今度は下りなくてはならない。実を言うと、今割りと困ってたりするんだ、俺。
前回空中に放り出された後遺症なのか、正直下を見るのが怖い。
地面がかなり遠いせいでそっちを見ていると頭がくらくらし始めた。いかんいかん。今度こそ、落ちたりしたら地面の染み一択だ。
もう一回謎の発光現象が起こるかどうかは試したくない。俺は2人で一人の仮面ライダーじゃないんだから。お供は恐竜ロボじゃなくて今も果物を貪り食ってる猿一匹だし。
ひいひい言いながら昇るときの倍以上の慎重さで下りていく。背負っている籠の中身が一杯になっていることもその理由の一つだ。
幹の半分くらいまで来ると、後もう少しだと自分を発奮させながら次の一歩を踏み出そうとするが、何故かそれに落ちてきた何かがぶつかった。
何だ?と思って下を見ると、落下していく果物の食べカスと他には主に地面が見える。
うひいぃぃぃぃぃぃぃぃッッ!!トラウマスイッチON!!
急激に心拍数が上がってきたのが判る。視線を逸らしても、一度視界に入った光景はすぐには忘れられない。
地面が、地面が俺を飲み込もうとしてる・・・!
恐怖心のせいで一歩も動けなくなり、とりあえずその場で落ち着くのを待つことにしたが、今度は次々と果物の食べカスが俺の身体の上に落ちてくる。
質量自体ほとんど無いような物なので、当たったからといって落ちるわけじゃないが、それにしたってなんでこんなタイミングで、と思って見上げるとジョジョが食べ終わった果物のカスをこっちに向けて放り投げていた。
なっ!何をするだァ―――――ッ!!
怒鳴ろうとジョジョの方を睨むが、俺はそのとき猿の目にドSの光を見た。面白半分に虫の羽を千切る残酷さと言い換えてもいいかもしれない。あかん、完全に面白がってやがる。
まさか、昨日追いかけ回されたことの復讐か?弱点をさらすまでひたすら待ってたのか?
こやつ、出来る・・・!
こうなった以上、投げ返す物を持ってない俺が取れる手段は一つだけだッ!全力で見逃してもらうッ!
投げていいのは・・・、投げられる覚悟がある奴だけだッ!
・・・ちょっと待て。落ち着け、落ち着くんだ俺。BE COOL。なんかテンパったまま行動しようとするな。これで慌てて降りようとするのはただの触手。慌てず冷静に対処できるのが訓練された触手だ。
俺がどっちかって?聞くまでもないだ・ろ?
訓練なんてされたことも無えよおぉぉぉぉぉ!
ズガガガガッッ!と音を発てて幹に触手を突き立てながら降りていく。これなら、どんな嫌がらせをされても落ちることは無い。
人間やろうと思えば何でも出来るもんだね。
意外とあっさり地面にたどり着くと、ジョジョもそれに倣った。さっき俺の命を狙っていたことは綺麗さっぱり忘れているらしく、定位置になりかけている俺の上によじ昇ってきくさる。
どう折檻するべきか、と考えたがまた後で復讐されると困る。知性と復讐心と忍耐力を高いレベルで持ち合わせているため、羊漢たちとは違った意味で迂闊に手を出せない。もしそんなことをしたらまた同じことになりそうだし・・・。
正直なんでこんなん拾ったんだろと思うが、今更だ。気に入らないからって生き物を簡単に捨てるのもどうかと思うし。
そんなことを考える俺はヘタレなんだろうなあ、と考えながら家路を急いだ。
☆30日目
今日も手を血で汚しちまった・・・。
俺の触手からは今も赤い液体が滴り落ちている。その持ち主は俺の前で無惨な屍をさらしていた。
完全に閉じてない目は最期の無念さをたたえているようで、生前の彼のことを何も知らない俺にも何かを思わせる。
『男は強くなければ生きていけない。だが優しくなければ生きていく資格がない。』そんな人間の美学は、しかしここでは関係の無いものだ。
生きているモノが死んだモノを食らい、そして次の獲物を探すのが自然のルール。俺たちは、まぎれも無くそのルールの中で生きているのだから。
だが、そのルールに従うだけでは、俺はいずれ一匹の獣になってしまうだろう。本能という声が導くままに己の道を行く、一匹の山犬に。
己の内の声を聞き、それに従うことだけに人生を賭けられるほど、自分には自惚れちゃいないつもりさ。
・・・・・・。
・・・・・・・・・あ、そろそろ限界かも。
触手についた赤い塗料(名前を呼ぶと余計に辛くなってくるので)の感触がとても気持ち悪くてさらに鉄臭い。
・・・うん、無理。
そろそろ貧血になりそうだ。意識が段々遠のいていくのが自分でもよく判る。
でも気絶すると怒られる。誰に?俺の後ろでサボってないか監視してるジョジョにさ!
いや、別にジョジョが怒っても痛いだけで怖くはないんだけど、羊漢たちやフィギュアに手を出されるのは困る。
特にフィギュアは2日前にやっと修理したばっかりなんだし。
その内、ダンジョンの奥の方に安置する方向で検討した方がいいかもしれないな~。
そんなことを考えて現実逃避してたけど、そろそろ手を動かさないと拙いな。
石化させて作った石包丁を持って目の前の食材に向き直る。
そうこれは食材、これは食材。ただ、血とか骨とか皮とか臓物とかが一塊になってるだけ。
・・・そう考えることが出来れば楽だったんだけどな~。
逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ・・・・・・。
きえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇいッッ!!!
奇声をあげながら包丁を振りかぶり、イッキに振り下ろす。
ほとんど抵抗が無いまま肉と骨をすっぱりと切り裂いた刃は、力を込めすぎたせいで下に敷いてたまな板まで食い込んだ。
そしてごろごろと転がる、自主規制しておきたい全体的に丸くて目とか口がついてる物体。勢いは無いが、じわじわと断面から染み出てくる赤い塗料・・・。
おぎゃああぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!血が!血が!首がぁぁッ!ごろんって!ごろんって!
・・・目前で自分がしたスプラッターな光景にパニックになりました☆
・・・・・・。
そもそも何故俺がこんなことをしているのかというと、コトは3時間ほど前に遡る。
朝食を食べた後、ぶらりとジョジョが出かけたのでこれ幸いと俺はフィギュア造りをしていたのだが、2体目が佳境にさしかかったところでジョジョが戻ってきたのだ。
それも、額を一突きにされたでっかい猪を引きずって。
俺は生まれて初めて間近で見る生き物の死体にドン引きしていたが、しかしジョジョはジェスチャーでさばくように伝えてきた。
俺はすぐさま『無・理』とアイコンタクトを送ったが、敵もさるもの引っ掻くもの。
俺が作りかけてたフィギュアを見て目を細めると、これ見よがしに準備運動をし始めた!
多分あれは、走り回ってる途中にもしぶつかったりしても、それは事故だよね?っていう意味だったんだろう。
宿敵のはずの邪悪の帝王よりも悪辣な猿のために、俺は現在SAN値を削られながら猪を解体しているわけである。
そこまでしてお肉が食べたいか!
・・・いや、正直俺も食べたいことは食べたいんだけどさ。でも、今でも山菜とか果物とか、ミルクもあるし、その辺で我慢してみない?
そう目で問いかけるが、ジョジョはフィギュアの近くでシャドーボクシングを始めるだけだった。
はいはい判った!判りましたよォ!やればいいんだろうが!やれば!
半分キレながら無心で解体をしていくと、1時間くらいでどうにか終わった。
まな板の上に並べられている肉、肉、肉。
・・・肉じゃん!さっきまでそれを触って気持ち悪い思いをしていたが、今は肉の持つ魅力に圧倒されている。
考えてみれば、俺はどっちかというと野菜よりは肉が好きな人間だった。
ササミよりはモモ肉が、赤身よりはロース肉が、ってな具合。
うん、俺はそんな子だったはず。
むしろ肉最高!くらいは余裕で言えるはず。
よし、今日は焼肉だッ!
ヒャッハ―――!焼くぜ焼くぜェ!汚物は消毒だ~!
なんだか世紀末モヒカン風の掛け声も聞こえてくる。あ、お肉はちゃんとあとでスタッフが美味しくいただきました。
☆31日目
人は何故山に登るのか?そこに山があるからさ!『我登る、故に我あり』とかどっかの偉人も言ってた気がする。多分。
本日、何故か俺は山を登っていた。理由?そんなん俺の操縦席にいる白モンキーに聞いてくれ。
まあロッククライミングしろとか言われたら五体倒地してカンベンしてもらったところだが、幸い洞窟がある山はけっこうなだらかな地形になってるし。
よく判らないまま小一時間ほど歩くと、頂上付近に近付いた。
やっぱりそこも木が多く繁っていたわけだが、なんだか生き物の気配がするな~、と思ってたら白いモコモコの何かがたくさんいる。
物陰から見つからないように近付くと、そこには羊っぽい生き物が沢山いた。
首が多少長くて、妙に攻撃的な角を持ってるから多分羊とは違うんだろうけど。ウチの羊漢の同種だろう。
ということは。捕獲すれば、また美味いミルクが飲めるわけだ。
よし、出来れば何頭か捕まえよう!
そう考えると、俺はジョジョに作戦を指示した。最初は面倒くさそうにしていたが、俺が作戦の内容を(ジェスチャーで)説明していくと、一応は納得する。
そうして、第2次家畜捕獲作戦がスタートした。
まず、ジョジョが羊達からけっこう離れた、でも群れからは見ようと思えば見える場所に座り込む。
一匹だけだし、そちらには見向きもせずにダラダラするだけだから、羊達も警戒こそすれ、逃げ出したりはしない。
ただ、注意がジョジョの方向に向くだけだ。
その間に別の方向から木の枝の上を音も無く接近した俺が、群れから離れた位置にいる奴を捕まえていくっていう寸法さッ!
ザ・グリード並みに気配を殺して頑張るぜ!
なんて完璧なプラン!
さすがに、俺の姿を見られたら逃げられちゃうからネ。一応、自分がどういう姿なのかくらいは認識しているつもりさ!
とりあえず、まずは雌を一匹確保すると、紐で喋れないようにした後で群れから1キロほど離れた場所にで木に繋ぎ、放置する。
次は雄だったが、コイツはやたらと力が強い。喋れないようにはしたものの、暴れまくるせいで何箇所か怪我したし。
え?羊じゃなくて、俺がだけど?
だって羊漢のときに締めすぎたことがあったから、仕方無いじゃない。あんま強く拘束してまた泡ふかれたらかなわんし。
割と短時間で2頭確保したが、しかし群れから仲間が消えたことで周囲が騒がしくなってくる。
次で最後かな~、と思いながら木の上から獲物を見繕ってると、突然その木が揺らされた。
不安定な枝の上に乗ってたわけだから、当然俺は乗ってた所から落ちる。
地面に吸い込まれていくような感覚。
フォックス・・・!ダーイ・・・・・・ ・・・じゃなぁーい!
2メートルも無い場所なら大丈夫だと思ってたけど、しっかりと高所恐怖症は機能していたらしい。
どさり、と地面に落ちた後俺がどうなったかは説明するまでも無いだろう。草食動物特有の高い脚力で散々ボコられましたよ。ええ。
多分、群れのリーダーなんだろうけど、大きな角を持った羊にひたすら小突き回された後、一瞬の隙を見計らってひいひい言いながら逃げてきた。
さすがに羊漢の血族だけあって、一筋縄じゃいかんな・・・。
なんだか白けた目をこっちに向けてくるジョジョにさらに精神的ダメージを受けつつ、確保しておいた羊二頭を連れて洞窟まで帰る。
明日も良い日だったらいいな~。
今日がどうだったかは思い出したくないし。うん。そろそろ寝よう。
そうしよう。