義母に「死んだことにしておいた」と弔いを出され、七年ぶんの鐘の銘まで義妹の名に打ち替えられました——わたくしの鐘は、三つ目で鳴りますの
【鐘楼の下】
「死んだことにしておいたの」
半年ぶりに帰った娘へかける言葉としては、ずいぶん手際がよろしい。湯口から不純物をすくうときでさえ、もう少しためらうものですのに。ブランカ様は鐘楼の下で両手を組み、わたくしが旅埃を払うより先に、家の片付けが済んだことを知らせてくださった。
「便りが途絶えて半年でしょう。待つ者にも暮らしがあります。部屋も道具も、そのままにはしておけないのよ」
「まあ」
「形見分けも済ませました。パメラにも役目がありますから」
わたくしの革前掛けはパメラ様へ。小槌は領の鋳場へ。寝台布は教会へ。鋳型はエッシェン家に残したそうだ。すばらしい配分である。本人が戻ってくるという、たいへん初歩的な異物だけが目録から漏れている。
鐘楼の脇には、磨き直された鐘が横たえてあった。七年前、わたくしが初めて一人で湯を見た鐘だ。外側の裾にあったわたくしの名は削られ、その上から新しい文字が打ち込まれている。
パメラ・エッシェン。
削り跡は浅い。あれなら、ひと冬も雨を受ければ下の文字が浮く。名を盗むなら、せめて鑢くらい惜しまないでいただきたい。仕上げ三点、企み二点。十点満点で。
「姉様の仕事は、家の仕事ですもの」
いつからそこにいたのか、パメラ様が鐘の向こうから顔を出した。わたくしの前掛けは胸のところで余り、革紐を二重に結んである。なるほど、形見は生きている者の体には合わせてくれない。
「これからは、わたしがエッシェン家の鐘を継ぎます。母様も、それがいちばん穏当だと」
「穏当。鐘には少々柔らかすぎる言葉ですわね」
「反対なの?」
「いいえ。外側でしたら、どなたのお名前でも入りますもの」
パメラ様は褒め言葉として受け取ったらしく、胸を張った。ブランカ様もほっと口元を整える。お二人とも、よく似ていらっしゃる。都合のよい音だけ拾う耳は、家伝らしい。
「キルステン、あなたが責めたい気持ちはわかります。でも、もう届けも出したの。今さら皆を混乱させないでちょうだい」
わたくしは鐘の内側へ目をやった。外側を飾るので手いっぱいだったらしく、暗がりまでは触れていない。外側へ新しい名を打った方は、鐘というものを正面からしか見たことがないのだろう。
「わたくしの弔いは、いつですの」
「……それだけ?」
「死者にも予定がございますでしょう?」
一月後の鐘の日だと、ブランカ様は答えた。参列するつもりかとは尋ねられなかった。死者の席を一つ増やすのは、家を整える方には難題らしい。
わたくしは荷を持ち直した。鐘楼の戸が背後で閉まり、蝶番が乾いた声を立てる。あと二年。油を差さなければ一年半。死んだ当日にまで金物の寿命を数える癖は、どうやら形見分けされずに済んだようだった。
* * *
【十日後・鋳場】
「見て。わたしの名よ」
十日後、パメラ様は鋳場の真ん中で鐘を撫でていた。見ろと言われなくても見える大きさの文字である。あれだけ深く打てば、小鐘なら二つ分の銀飾りが要る。湯の温みを知らない方ほど、音のしないところへ材料を費やしたがる。景気がよくて結構ですこと。
鋳場は冷えていた。炉に火はなく、砂型も乾かされていない。それなのにパメラ様はわたくしの前掛けをつけ、仕事を引き継いだ顔をしている。パン屋で小麦袋を背負えばパンが焼ける、という理屈なら、今ごろ領内は名匠だらけである。
「母様が、古い帳面も全部くださったの。配合も、鋳型もあるわ」
「それは心強いですわね」
「でしょう? 姉様だけの仕事ではなかったのよ」
パメラ様はブランカ様の言葉を、包み紙までそのまま差し出してくる。中身が空でも、結び紐さえ立派なら贈り物に見えるものだ。
わたくしは鐘の内側へ腕を入れた。指先に、一つ、二つ、三つ。三つ目だけが深い。文字ではなく、図でもなく、帳面へ残すには頼りない傷。それでも湯が冷える一瞬を知る手には、これで足りる。
「何をしているの?」
「数えておりますの」
「何を?」
「まだ秘密ですわ」
最初の刻みは、湯が型へ満ちた合図。二つ目は、表面の揺れが収まるところ。三つ目は——そこを言葉にしたところで、炉の前に立たない手にはただの溝である。深さだけ真似れば割れ、浅ければ音の尾が痩せる。正解は数字の形をしていない。
「傷なら直すわ。わたしの鐘に、姉様の癖を残したくないもの」
「おやめになったほうがよろしいかと」
「どうして?」
「鳴らせばわかりますわ」
パメラ様の指が止まった。わたくしは答えを足さなかった。職人の助言は、聞く耳のある相手へ渡すから値打ちがある。穴の開いた柄杓へ注ぐほど、わたくしも親切ではない。
鋳場の隅には、新しく組んだ型枠が三つ並んでいた。寸法はわたくしの帳面どおり。砂の締め方は甘い。型を割れば鐘一つ分、やり直せば炭が七日分。あらまあ、死者の形見がずいぶん元気に損失を出しておりますこと。
「弔いの日には、この鐘を鳴らすの。姉様のために」
「それは光栄ですわ」
「来ないでね。皆が困るから」
「死者は列を乱しませんもの。ご安心くださいませ」
パメラ様は、また安心した顔をした。外側の名を指でなぞるその手には、爪の間へ入り込む黒い砂がない。内側の三つ目は、暗がりで黙っていた。あれはわたくしより口が堅い。
* * *
【一月後・鐘楼の裏】
弔いの朝、鐘の尾は途中で切れた。
ゴォン、と腹へ来る最初の音は悪くない。けれど余韻が石壁を一巡したところで、糸を鋏で断ったように消える。わたくしが旅へ出た月から、少しずつ短くなっていたという。
「湿気でしょう。このところ雨が多かったもの」
鐘楼の裏で、ブランカ様は樋を見上げた。片付かないものには蓋をし、鳴らないものには天気をかぶせる。便利な空である。反論しない雨雲は、きっとエッシェン家でたいそう出世できる。
「パメラのせいではないわ。鐘楼が古いのよ」
「そうかもしれませんわね」
「あなたも、そう思うでしょう?」
「ええ。確かめれば済むことですもの」
わたくしは裾をたくし上げ、鐘楼の裏へ回った。石の排水溝には、落ち葉と泥が詰まっている。鐘へ上がる湿り気の逃げ道としては申し分ない。これさえ残せば、短い音はいつまでも天候のせいにできる。
泥を掻き出し、鐘楼裏の道具箱から借りた小槌で、曲がった樋の留め金を戻す。三度目で水が流れた。留め金はあと四年、樋板は二年。手間賃にすれば銅貨六枚。死者へ払う窓口があるなら、ぜひ教えていただきたい。
「何をしているの」
「水はけを直しましたの」
「頼んでいないわ」
「存じております」
わたくしは掌の泥を石縁で払った。
水は石溝を走り、鐘楼の外へ抜けていった。これでもう、逃げ道は乾く。
わたくしは小槌を布で拭き、列が集まり始める広場へ向かった。ブランカ様は呼び止めなかった。背後で一度だけ鳴った鐘は、やはり同じところで尾を失った。
* * *
【その朝・弔いの席】
わたくしは列の端に立った。名乗らず、黒い布を頭からかぶり、自分を弔う言葉を聞いた。
ブランカ様は祭壇の前で、家族を失った母の顔をしていた。白い布、白い花、磨かれた燭台。何もかもきちんと整い、そこにいないはずのわたくしだけが余分だった。
パメラ様は例の鐘のそばに立っている。外側には彼女の名。黒布の下で、わたくしは手を組んだ。
弔い役が綱を引いた。
最初の音が胸骨を打ち、石畳を震わせ、鐘楼の壁にぶつかって戻る。二つ目のうねりが低くほどける。そこから先へ伸びるはずの細い尾を、わたくしは待った。
来なかった。
余韻は短い縁を描き、途切れた。誰かの衣擦れが、鐘より長く残った。
黒布の下で、組んだ指だけが動かなかった。
列の前方で、ベネディクト様が記録帳を開いた。日付を書き、砂を振り、弔い役を見た。
「もう一度鳴らしてください」
ブランカ様が顔を上げた。
「儀式は済みました。故人のための鐘ですから、一度で——」
「記録のためです」
ベネディクト様はそれ以上つけ加えなかった。弔い役が綱を握り直す。パメラ様は自分の名が見える位置へ立ち直った。
二度目の鐘が鳴った。
同じ音だった。同じ場所でふくらみ、同じ場所で痩せ、同じ一拍で切れた。今度は誰も身じろぎをしなかった。切れた先にあるはずの音を、広場じゅうが待っている。
わたくしは黒布を外した。
「三つ目が鳴っておりませんわね」
ブランカ様の口元から、整えていた微笑が消えた。唇がわたくしの名の形まで動き、声にならない。頬を濡らす筋だけが増えていった。
「……わたくしは、自分の鐘の音で自分を証してまいりました」
パメラ様は鐘へ駆け寄り、外側の名を両手で覆った。けれど文字は大きすぎた。右から隠せば左が出る。左を押さえれば右が出る。名だけは立派に打ったのだ。こういうときまで仕事が粗い。
参列者たちの囁きが、端から順に止まった。パメラ様の周りから半歩ずつ人が退き、代わりにわたくしの前へ細い道ができる。誰も囃さず、誰も慰めず、ただ道だけを開けた。
ああ。外側から削られた名が、足音も立てず、わたくしのところへ返ってきた。
ベネディクト様は弔いの届けを帳面から抜き、赤い線を二本引いた。
「キルステン・ファルクの死亡届は無効とします。本人の生存を確かめました。虚偽の弔いと名の打ち替えについて、エッシェン家には過料を科します」
「待ってください。わたしは家を整えようとしただけです。帰るかどうかもわからない者を、いつまでも——」
「本日納めてください」
短い。じつに短い。鐘の尾なら減点だが、ブランカ様への返答なら満点を差し上げたい。
ブランカ様は胸元の財布を外した。留め具が指から二度滑り、三度目に開く。弔い役の台へ硬貨が置かれ、一枚ずつ数えられた。受け取りの印が帳面へ落ちる音を、パメラ様は鐘に張りついたまま聞いていた。
ベネディクト様が、開いた道の先からわたくしを見る。
「鋳物師キルステン。こちらへ」
娘でも、嫁でも、故人でもなかった。
わたくしは自分の足で列を抜けた。
* * *
【十日後・記録役の部屋】
「昨年、霜月十二日」
ベネディクト様は挨拶より先に日付を書いた。記録役の部屋は紙と乾いた墨の匂いがする。窓の留め金は上等で、あと九年。机の取っ手は左だけ緩み、あと三月。直したくて指がむずむずするが、勝手に直すと銅貨六枚を請求できなくなる。わたくしはもう、無償で家を整える死者ではないのだ。
「旅先の町に着いた日です。そこで鐘を鋳った証人は」
「町の鋳場主と、荷運びが三人。鐘は二つ。片方は礼拝堂、片方は放牧地ですわ」
「報酬を受け取った日は」
「霜月二十八日。現銀が半分、残りは春麦でした。麦は少々湿っておりましたけれど、死ぬほどではございませんでした」
「記録には不要です」
「大切ですわ。湿った麦を食べて生き延びたのですもの。死者の食費として計上していただきませんと」
ベネディクト様は麦についても一行書いた。冗談を受け流したのか、正式に死者の食費を残したのかはわからない。たいへん油断ならない方である。
「半年、なぜ戻らなかった」
「山道が崩れましたの。迂回先で鐘を頼まれ、鋳っているうちに冬になりました。便りは二度出しましたわ」
「届いていない」
「届かなかった手紙より、届いた本人を先に捨てる家もございますのね。勉強になりました」
ベネディクト様は顔を上げず、日付だけを確かめた。慰めも、気の毒だという顔もない。それでよかった。七年間の仕事に柔らかい布をかけられたら、わたくしはたぶん、その布の織り代まで査定して腹を立てる。
「若い頃、鋳場で湯を運んだ」
ぽつりと、ベネディクト様が言った。
「まあ。では、熱い場所で話しかけられる腹立たしさをご存じですのね」
「知っている」
「型へ流し始めてから昔話を始める方には、柄杓をかぶせたくなりますわ」
「かぶせたのか」
「淑女ですので、想像だけです」
「そうか」
信じていない返事である。正しい。
ベネディクト様は帳面を閉じた。わたくしが旅先で生きていた日付、二つの鐘を鋳った日付、報酬を受け取った日付。その上へ手を置く。
「あなたの三つ目に、領は年いくら払えばいい?」
危うく、椅子の金具を数え損ねた。
かわいそうだから雇う、ではない。家へ帰れないなら置いてやる、でもない。三つ目にいくら。わたくしの手が作る、あの長い尾にいくら。
「鋳場は領持ち。炭と銅と錫は別勘定。職人の採用はわたくしが決めます。鐘の外と内、両方にキルステン・ファルクの名を残すこと」
「年額は」
「そこを急かすのは無粋ですわ。いま、たいへん美しく吹っかけるところですのに」
「日が暮れる」
「では、金貨で——」
わたくしは額を告げた。ベネディクト様は値切らず、その数字を書いた。こちらが怖くなって小鐘一つ分だけ下げようとしたところで、帳面を閉じられた。しまった。値付けとは、ときに相手の無表情との戦いである。
「条件を確認する」
「もう一つございますわ」
「何だ」
「わたくしの鐘は、三つ目で鳴りますの」
ベネディクト様はその文言も記録した。日付の下へ、わたくしの名と並べて。
* * *
【三月後・領の鋳場】
三月で、尾の短い鐘が五つ並んだ。
数えたくはないが、職人ですので数える。一つ目は型の締め不足、二つ目は湯の冷ましすぎ、三つ目は途中で足した錫が多い。四つ目と五つ目は、失敗した理由まで同じだった。反省にも鋳型を使っているらしい。
パメラ様たちは、わたくしの古い鋳型を使っていた。帳面どおりの分量を量り、外側へエッシェンの名を打ち、内側へ三つの傷まで真似た。それでも、鐘の尾は伸びなかった。
「砂が悪いのよ」
パメラ様は、割れた型の前で言った。
「母様もそうおっしゃっているわ。領から渡された炭も、姉様の頃より質が落ちたの。だから、わたしのせいでは——」
門からベネディクト様が入ってきた。パメラ様の声は、湯へ水を落としたように小さくなった。
ベネディクト様は五つの鐘を一度ずつ鳴らさせた。本人は綱に触れず、鳴った長さを砂時計も使わずに聞く。若い頃に湯を運んだ耳は、飾りではないらしい。
「水はけは直っている。砂と炭は、ほかの鋳場と同じものを納めた」
「でも、鋳型は同じなのです。キルステンが使っていたものですから、同じ鐘になるはずでしょう」
ブランカ様は早口になった。わたくしへ家を整える理屈を語ったときより、ベネディクト様へ向ける語尾は薄い。押せる戸だけ力いっぱい押す方なのだ。
「帳面もあります。配合も、刻みも。あの子が何か隠していたのなら、家の仕事を私物にしたのはキルステンのほうです」
鐘なんぞ、鋳型さえあれば誰でも——
「契約を終了します」
ベネディクト様は請けの帳面を開き、エッシェン家の欄へ線を引いた。
「今後、領の鐘はキルステン・ファルクの鋳場へ発注する。型の返還も不要です。領が買うのは古い形ではなく、鳴る鐘です」
「そんな。一度の失敗で家の名を外すなんて」
「五つです」
訂正が速い。わたくしは唇の内側を噛んだ。ここで笑うと淑女点が減る。もっとも、死者扱いされた時点で、エッシェン家に採点表を返す義理はない。
パメラ様は五つの鐘を見回した。隠すには両手が十本足りない。外側に打った名だけが、どれもよく見えた。
鋳場の門番が、請けの札を外した。木札がブランカ様の足元へ置かれ、代わりに扉へ閂が渡される。重い門が左右から閉じ始めた。
「キルステン。あなたからも説明して。この鋳型は家のものよ。家で鋳れば、また——」
わたくしは答えなかった。閉じる門の金具は、手入れがよい。あと十二年は持つだろう。
扉が合わさり、エッシェン家の声を外へ残した。
* * *
【翌春・新しい鐘楼】
春の風は、鋳場の煤まで明るく見せる。
新しい鐘を横たえ、わたくしは内側へ鑿を当てた。外側にはキルステン・ファルク。内側にも同じ名。その下へ、一つ、二つ、そして三つ目。
最後の刻みだけ、深く入れる。
深すぎれば音が割れる。浅ければ尾が届かない。腕ではなく、肩でもなく、火の前で待った時間ごと鑿へ乗せる。これを数字にして帳面へ書けと言われたら、わたくしは金貨三枚を請求してから断るだろう。
「終わったか」
背後でベネディクト様が尋ねた。相変わらず短い。
「急かさないでくださいませ。いま、自分の名へたいへん美しい一画を加えたところですの」
「鐘楼へ上げる」
「余韻がありませんわね、ベネディクト様は」
「鐘に任せる」
なるほど。たまにこの方は、金具の隙間へぴたりとはまる返事をする。褒めると値付けに響きそうなので、黙っておく。
鐘が吊り上げられる前、鋳場の門に人影が立った。ブランカ様だった。春用の外套を着て、両手を前で組んでいる。あの日の鐘楼の下と同じ姿勢なのに、今日はわたくしのほうが門の内側にいた。
「少し、話せるかしら」
「鐘を上げますので、少しだけでしたら」
「家へ戻ってちょうだい」
ブランカ様の声は整っていなかった。けれど、わたくしの名はやはり出てこない。
「パメラ一人では難しいの。あなたの鋳型も、道具も、部屋も用意し直します。エッシェン家の鐘は、もともとあなたが鋳っていたのでしょう。また鋳ってくれれば、皆も丸く収まるわ」
また。
死んだことにしておいた家へ戻り、削られた外側へ名を打ち直し、同じ炉へ腕を差し出す。丸く収まるのは鐘だけで十分だ。
「申し訳ございません」
ブランカ様の指が、外套の端をつかんだ。
「わたくしの鐘は、三つ目で鳴りますの」
鋳型も、腕も、門の鍵も渡さなかった。ブランカ様は何か言おうとして、結局、わたくしの名を呼ばないまま門前を離れた。
新しい鐘が鐘楼へ上がる。弔い役ではなく、領の鐘を任された者が綱を握った。わたくしは打たない。腕を証すために、自分で鳴らす必要はもうなかった。
綱が引かれる。
最初の音が新しい石壁を揺らした。二つ目が春の空へひらき、その奥から三つ目が伸びる。細く、長く、消えそうで消えず、屋根を越え、鋳場の門を越え、領の道の先まで渡っていく。
わたくしの頭から、銅の重さも、金具の寿命も、小鐘何個分かという勘定も消えた。
音だけが残った。
その尾がようやく空へ溶けたとき、隣でベネディクト様が記録帳を開いた。日付を書き、わたくしの名を書き、その先を空けて待っている。
次の鐘のための場所だった。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます。
作者ページには他の短編も並んでいます。よろしければどうぞ。




