第九話:『罰(バッドエンド)という名の役割』
「ルーティア様って、やっぱり怖いわよね……」
「フィリア嬢のこと、ずっと睨んでたじゃない」
「取り巻きがあれこれ仕掛けてたのも、きっと命令されてたんじゃないかしら」
「王子殿下が離れたのも、そのせいなんじゃ……」
それらの“声”は、誰の口から発されたのかも、定かではありませんでした。
けれど、確かにそこに存在していた。
気配のように、噂のように、まるで霧が立ち込めるように。
それはゆっくりと、けれど確実に――わたくしを包み込んでいったのです。
否定は、しませんでした。
いいえ、できなかったのです。
あのとき、取り巻きたちがフィリア嬢に仕掛けた悪意を、
わたくしは止められませんでした。
むしろ、黙認したのです。
あのとき、ほんの少しでも「去ってくれれば」と思った自分がいたことを、今も忘れることができません。
だからこそ、誰かに誤解されても、責められても、罵られても。
それは“罰”として、わたくしが受けるべきものなのだと思いました。
――フィリア嬢は、わたくしを恨んでいたでしょうか?
それとも、哀れんでいたでしょうか?
彼女の目は、いつも澄んでいて、怯えることも、怒ることもなく。
ただ静かに、真実を見つめていたように思います。
わたくしが彼女の靴に霊喰いの粉が仕込まれた日、
ただ「ご迷惑をおかけしました」と頭を下げたあの姿。
王子殿下の第一舞踏に選ばれても、
誇らしげな顔をすることなく、落ち着いた態度で受け入れたあの横顔。
彼女は、わたくしと違って――
“戦っていなかった”のです。
勝とうとも、奪おうともせず。
ただ、自分の歩幅で生きている。
その姿が、わたくしには羨ましくもあり、恐ろしくもありました。
だからこそ、すべてが終わった後。
「ルーティア様は、悪役令嬢だ」と言われるようになったとき。
わたくしは、否定する気になれなかったのです。
……ええ、わたくしは“悪役”です。
彼の隣に立つことを望んだ。
あの子に嫉妬した。
何もできなかったくせに、なにひとつ守れなかったくせに。
取り巻きが行ったことの責任も取らず、ただ黙って、美しい顔だけを保とうとした。
そのくせ、彼の“最後の優しさ”にすがりたくて、
身を引いたことを「気遣い」だなんて、美名で飾った。
――それの、どこが“ヒロイン”なのか。
笑ってしまいますわ。
だったら、悪役でいい。
罰を受ける側の役割なら、喜んで担いましょう。
「ヴァレンシュタインの令嬢は、いずれ王子を失脚させようとした悪女だ」
「フィリア嬢を苛め抜いた、高慢な娘だ」
それで構わない。
誰もがわたくしを嫌って、憎んで、忘れてくれればいい。
“あの方の物語”に、わたくしが残る必要など、どこにもないのだから。
ただ一人。
ヴィルヘルム兄様だけが、その噂に眉を顰めておられました。
「すべてを飲み込むことが誇りだと思っているなら、ルーティア。おまえは間違っている」
「名誉というのは、真実を知る者が支えるべきものだ」
「おまえの沈黙は、美しさではない。自傷だ」
けれど、わたくしは首を振りました。
「違います、兄様」
「この“誤解”こそが、わたくしにふさわしいのです」
「彼の物語の中で、わたくしが“悪役”だったのなら、――それでよろしいのです」
兄様は、苦しそうに目を伏せました。
でも、何も言わなかった。
もう、言っても仕方のないことだと、気づいておられたのでしょう。
こうして、わたくしは“バッドエンド”へと向かうための道を選んだのです。
誰も知らない、誰も気づかないところで。
ただ静かに、誰かの“幸せ”の背景となる役割を――誇りとして。
わたくしが愛したのは、“王子”ではありません。
“人としての、レオン・アーデルハイト”殿下でした。
その方の望む未来が、誰かの光によって照らされるのならば。
わたくしは、影であって構わないのです。
……ええ。
それが、“わたくしの愛し方”でしたから。




