第五話:『誇りを賭けて』
わたくしには、勝てるものがありました。
王族としての血筋はありません。
王子の心を得ることもできません。
けれど、剣だけは――この身体に、確かに刻み込まれた誇りでした。
武技会は、学園における名誉の舞台。
一年に一度、すべての生徒が魔術・武技・学術の各分野で技を競い合う、格式高い行事です。
もちろん、見学には王族も訪れ、学院の総代たちが観覧席に並ぶ。
その注目度たるや、王都の貴族社交にも影響を及ぼすほどのものでした。
わたくしがエントリーしたのは、女子武技部門。
剣技による模擬戦形式で、術式の使用は限定されます。
形式上は「友好と学びの場」とされていますが――
実際は、それぞれの家名の威信がかかる、非常に緊張感のある戦場です。
剣を抜いた時、わたくしの手は一切震えませんでした。
足元は安定し、視線はぶれず、呼吸は穏やか。
五歳から父に叩き込まれた型が、無意識のうちに流れるように再現されていく。
初戦、第二戦、第三戦。
誰ひとりとして、わたくしの前に立ち続けることはできませんでした。
場内は次第に静まり、あとは剣戟の音と観覧者の低い息遣いだけが響いていたのを、今でも覚えています。
そして、決勝戦。
相手は侯爵家の三女、アリス・グレンティア嬢。
体格も筋力もわたくしより上。剣も重く、振り抜く速さではわたくしが劣る。
けれど、足運びと間合いにおいては、わたくしの方が数段勝っていた。
試合開始の合図とともに、彼女の剣が唸る。
真正面から受け止めれば、押し負ける。
だから、受けず、躱す。
躱して、滑るように斬り込む。
剣が、重なる。
足が、交差する。
刹那――
彼女の体がぐらりと崩れ、その瞬間、刃が宙を切った。
勝利の鐘が鳴る。
場内がどよめく。
(勝った)
それは、わたくしが“誰にも譲れぬ”唯一の誇りを証明した瞬間でした。
自分が誇りに思える、たった一つの「わたくしだけの力」。
あの方が見ていてくだされば――と、どこかで願っていた。
たとえ、もう心はわたくしの元になくとも。
かつて、わたくしの剣に「強いな」と言ってくださった、あの日の記憶だけでも――
……だから。
表彰式の後、視線を探したのです。
あの方の姿を。
王族用の観覧席。
緋の衣、整った横顔。
けれど――
殿下の視線の先にいたのは、わたくしではありませんでした。
フィリア・エストレア嬢。
彼女は、医務補助の手伝いをしていたのです。
戦闘によって傷を負った生徒の手当てを、医療班の一員として率先して行っていたと聞きます。
剣の舞台ではなく、誰にも知られぬ裏方で。
彼女は、誰かの痛みに手を差し伸べていた。
その姿を、殿下は見ておられたのです。
わたくしが勝者として剣を掲げていたその時――
あの方は、誰かを癒す彼女を、目で追っておられた。
静かに、拍手が沸き起こる。
わたくしの勝利に対して。
称賛の言葉。敬意の視線。
けれど、その中に、あの方の声はありませんでした。
……ええ、わかっていたのです。
わたくしが何に勝っても、何を得ても。
あの方の心には、すでに別の光が灯っているのだと。
式典の終了後。
控え室に戻ったわたくしは、一人きりでした。
ドレスの胸元を乱さぬよう、ゆっくりと剣帯を外し、机の上に置く。
汗で湿った手袋を外し、手のひらを見下ろす。
白く、細く、綺麗な手。
けれど、それは。
誰にも触れられることのない、孤独な手でもありました。
……誇りを見せたかったのです。
あの方に。
あの日、初めて出会った時のように。
「強いな」と、もう一度、そう言っていただきたかった。
けれど。
あの方は、わたくしを見てなど――いなかったのです。




