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始まりのゆりかご

時間の感覚は曖昧だった。

眠っては目を覚まし、また眠る。

その繰り返しが一日なのか一週間なのか、俺にはわからない。


ただ確かなのは、俺の世界が小さなゆりかごと、その周囲に見える断片的な景色で成り立っているということだけだった。


窓から差し込む光は、床に淡い模様を描き、影は静かに伸び縮みする。

天井は高く、音が上で溜まるように響き、足音は厚い絨毯に吸い込まれて消える。

俺が生まれ落ちた場所は、どうやら小さな家ではないらしい。


最も近しい世界は、声だった。

やわらかい声の人は、いつも俺の名前を呼び続ける。

「……レオン」

その音の意味はすぐにはわからなかったが、繰り返し耳に入るうちに、自分を指しているのだと直感した。


もうひとりの声は低く、時にぎこちなく響いた。

言葉を選ぶ間があり、不器用な返答が続く。

だが、ゆりかごを覗き込む視線と、大きな手に抱き上げられたときの安定感は、俺にとって安心そのものだった。


二人は若い。

会話の端々に迷いが混じり、互いに視線を合わせるのも少し遅れる。

それでも俺を抱き上げるとき、腕の力には迷いがなかった。

そこにあるのは、拙くとも確かな決意――俺を大切にしている、という実感だった。


やがて、耳に入る音は少しずつ意味を帯びていった。

眠りにつく前に繰り返される囁き。

口に水を含ませられるときの声。

布で身体を覆われるときの短い言葉。

それらが状況と結びつき、ぼんやりとした理解を形づくっていく。


ある日、俺の口から音が漏れた。

「……イレーネ」

真似をしたつもりの拙い発音だった。

それでも、その人は驚いたように目を見開き、すぐに涙を浮かべて抱きしめた。

彼女の名前がイレーネであることを、そのとき俺は初めて理解した。


次に、低い声の人を真似して呼んだ。

「……ダモン」

発音は転がり、かすれた。だが伝わったのだろう。

彼は少しぎこちなく笑い、大きな手で俺の頭を撫でてくれた。


こうして、二人が「母」と「父」であることを知った。

名前を呼び、呼ばれ、返事が返ってくる。

その積み重ねが、俺の中で確かな形を作っていった。


前の世界では、名前を呼ばれることすら稀だった。

だが今は違う。

俺は何度も呼ばれ、何度も応え、そのたびに二人の視線に包まれる。


俺はレオン。

イレーネとダモンの子として、新しい時間を歩み始めた。

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