表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

振り返ってはいけないよ。うしろちゃん

作者: コマダ

供養

 いやな予感がしたら〇〇を振り返ってはいけない。

 〇〇?

 〇〇ってなんだっけ?

 なにを振り返ってはいけないんだっけ。


 ようやく仕事が終わり、帰路についているときだった。 

 ふと気配を感じて後ろを振り返る。

 誰もいない。気のせいだったのだろうか。

 スマホに通知が鳴る。


『不審者注意』


 地域のSNSアカウントからの注意喚起だった。


『女性失踪相次ぐ。

 ××町で一人暮らしをしている女性の失踪が相次いでいる。

 共通点は以下の通りである。

 ・連絡を取り合う友人や親族が近くにいないこと。

 ・争った形跡が部屋にないことから犯人は知人である可能性が高いこと。

 ・被害者女性の友人関係にまったく接点がないこと。

 警察は地域の巡回を強めるとともに、注意を呼びかける。』


 ニュース記事のリンクが貼られていた。

 それ以外にも

『スマホの画面を見せようとする不審者情報』

 など書いてあったが、途中で読むのが億劫になり画面を閉じた。

 それから歩くこと数分。なにごともなく、借りているアパートへ帰宅した。

「ただいまー」

「おかえりー」

 わたしが玄関を開けると、旦那のまーくんが出迎えてくれた。

 2メートルに迫る長身痩躯で、全身まっ黒のシャツとパンツ姿。

 まーくんは同じ小学校に通っていた同級生だった。高校進学を機に疎遠となり、社会人になった数年目にばったりと出会ったのだった。まーくんはわたしのことを思い出せないでいたのだが、わたしは一目見てわかった。

「うしろちゃん。今日は早いね」

 わたしの名前は相馬うしろ。うしろちゃんと呼ばれてる。両親がどうしてこんな名前にしたのか理由を聞いたことがあったが、もう忘れてしまった。

「うん。今日は帰れたんだぁ」

「ご飯できてるよ。今日はハンバーグ」

「はんばーぐ、すき」

 小さいころからハンバーグが好きだ。

「お風呂も沸いてるよ」

「ありがとー」

「どうする? さきにお風呂はいる?」

「うん。さきにお風呂はいるー」

「じゃあ、それまでには準備しておくね」

 一人暮らし用のアパートなので、浴室はすごく狭い。足は伸ばせないから、わたしは膝を抱えて浴槽に入る。

 お風呂から出てリビングへ戻るとまーくんは本を読んでいた。珍しい。いつもスマホで動画を見ているのに。

「なんの本読んでるの?」

「催眠術」

「へー。まーくんそんなの信じちゃうんだ」


『催眠術師マギーが解説する催眠術』


 名前も聞いたこともない人間の胡散臭そうな本だった。

 そもそも催眠術師とは職業として認知されているのだろうか。いやされていないだろう。そんないわゆる怪しい仕事をしている人間の書いた本など真面目に読む気にもならなかった。まーくんも気だるそうに目を通しているだけのようなので、そこまで真面目に読んでいるわけじゃないようだった。

「まーね」

 こちらを一瞥することもなくまーくんは空返事をしただけだった。

「そうだ。かけてみてよ」

「誰に?」

「わたしに」

「えー」

「えーいいじゃん。あ、じゃあ私がかけてあげる」

 財布から五円玉を糸で吊るす。

「あなたはだんだん眠くなーる」

「……」

「どう? 眠くなった?」

「ぜんぜん」

「はい。こんどはまーくんがやって」

「えー」

「はーやーくー」

 まーくんはため息をつきながら、スマホを取り出した。

「え? 催眠アプリ? まーくんこんなの信じてるの?」

 わたしは笑いながらまーくんが見せたスマホの画面を見る。

 虹色に波打つ画面の中央に瞳のマーク? ロゴだろうか? でも、なんでだ。

 耳鳴りがして、無機質な声が聞こえたような気がした。


*************

*認識改変プログラム起動*

*************


******

*催眠開始*

******


*******

**催眠中**

*******


**********

*エラーコード8888*

**********


**********

*催眠失敗しました*

**********


*****************

*認識改変プログラムを終了します*

*****************





 ガチャン。

「ただいまー」

 ・・・・・・。

 返事はない。

 当然だ。一人暮らしなんだから。

 シャワーを頭から浴びる。めんどくさい。仕事の後に湯船につかるのが面倒だったからシャワーにしている。だけどそれも最近は面倒になっている。

 シャワーを浴びて部屋に戻る。脱ぎ散らかした服が床に広がっていて、足の踏み場もない。

「いただきます」

 ずるずる。

 カップ麺をすする音だけが部屋の中に響く。

具のなくなったカップ麺の残り汁もきれいに飲み干した。

喉を鳴らす音が部屋に響いた。

 床に散らばった服を洗濯機に放り込む。これをやらなければ、もう着る服がない。

 寝る前にそれだけはすませ、私はベッドへ倒れこんだ。

ギシギシ。ギシギシ。

 天井を見上げ、天井のシミの数を数える。

じょじょにそれが人の顔に見えてきた。

「このまま干からびて死んじゃうのかな」




「あばばばばばばばば!!」

「うしろちゃん!? どうしたの!?」

「あれ? あれ? わ、たしいままでなにを?」

「あららら。催眠が解けちゃったかー」

「あれれ? わたし、ひとりぼっち」

「そうか。なるほどな。催眠をかけてる状態で、催眠を重ねてかけることはできないのか」

「あなた、だれ? たしか、わたしはひとりぐらしで結婚もしてない」

「ごめんごめん。じつは催眠術を使ってあなたの認識を変えたんだ。ぼくとあなたは結婚していないし、幼馴染でもないし、そもそもあなたの名前すら知らない」

「過去を振り返ってはいけないって催眠をかけたはずなんだけどな」

「いやだ。いやだよ。独りぼっちで死にたくないよ」

「よしよし。ほらうしろちゃん。こっちをむいて」

「だれ? だれ? なんでわたしの名前しってるの?」

「大丈夫。大丈夫。嫌なことは全部忘れましょうね」

「ちょっと、ま」


*************

*認識改変プログラム起動*

*************


そこでわたしの意識は消えた。


大丈夫だよ。

辛いこと全部忘れさせてあげるから。だから。

過去を振り返ってはいけないよ。うしろちゃん。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ