商会設立と聖女の薬
俺がこの村に来てから、季節が一つ巡ろうとしていた。
村はすっかり活気を取り戻し、以前、俺の薬で命を救われた旅の商人が、時折顔を見せるようになっていた。彼が隣町で、この村の奇跡を吹聴してくれているらしいことは、何となく聞いていた。
そしてその日、噂は新たな客人をこの村へといざなった。
立派な馬車で乗り付けてきたのは、見るからに裕福そうな、しかし顔色は土気色をした初老の男だった。彼は隣町で一番の大商人だという。長年、原因不明の病に苦しみ、どんな名医も匙を投げた末、藁にもすがる思いでこの村を訪れたらしかった。
俺はいつものように、彼の症状に合わせて薬を錬成し、エルナがそれを処方する。
結果は、劇的だった。
ほんの数日で、大商人の顔からは土気色が消え、血色の良い健康的な肌が戻ってきたのだ。彼は自身の回復ぶりに、涙を流して喜んだ。
「聖者様、薬師様……この御恩は一生忘れませぬ」
彼はそう言うと、感謝の印として、ずしりと重い金貨の袋を差し出した。中には、村の年間の収入を軽く上回るであろう額の金貨が詰まっている。俺もエルナも、これほどの大金を目にしたのは初めてだった。
その夜、エルナは興奮した面持ちで、俺にある提案を持ちかけてきた。
「カイさん。この力を、もっと多くの人を助けるために、そしてこの村を豊かにするために、事業にしませんか」
彼女の瞳は、薬師としての使命感と、村の未来を思う情熱で、きらきらと輝いていた。
正直、俺は金儲けに興味はなかった。だが、彼女の言うことも分かる。この村が自立し、未来を守るためには、力が必要だ。
「……分かった。エルナがやりたいようにやってみてくれ。俺は、いくらでも協力する」
「本当ですか! ありがとうございます!」
こうして、俺とエルナの二人だけの、小さな商会が産声を上げた。
俺が錬金術で薬を「生産」し、エルナが薬師として「販売」を担当する。屋号は、俺の名前から取って「アッシュフィールド商会」と名付けた。村の一角に小さな小屋を借り、ささやかな店を構える。
噂は噂を呼び、薬を求める人々が、遠方からひっきりなしに村を訪れるようになった。
店の窓口に立ち、一人一人に丁寧に対応するのは、いつもエルナだった。彼女の献身的な姿と、薬の奇跡的な効果は、人々の間で自然と一つの伝説を生み出していく。
いつしか、彼らはこう呼ぶようになっていた。
――辺境の村にいる“聖女様”が作る、奇跡の薬、と。
俺の存在は村の外には知られぬまま、「聖女の薬」というブランドだけが、確かな熱を帯びて、独り歩きを始めていた。




