錬成の奇跡
「エルナ、村にある薬草の中で、一番古くて、もう使い物にならないような枯れ草を持ってきてくれないか」
俺の唐突な頼みに、エルナは不思議そうに首を傾げた。しかし、彼女は何も聞かずに「……わかりました」と頷くと、すぐに薬草の保管場所から、手のひら一杯の枯れ草を持ってきた。それはもはや薬草と呼ぶのもおこがましい、茶色く変色し、指で軽くつまめば粉々になりそうな代物だった。
「これで……いいんですか?」
「ああ、十分だ」
俺はエルナから枯れ草を受け取ると、彼女のまっすぐな瞳を見つめて言った。
「見ていてくれ。俺のスキルが、どんなものなのかを」
俺は右の手のひらに枯れ草を乗せ、意識を集中させる。
――スキル【物質錬成】、発動。
その瞬間、俺の右手の甲に、淡い光を放つ古代文字の魔法陣が浮かび上がった。エルナが「あっ」と息を呑むのが聞こえる。
魔法陣から放たれた青い光が、手のひらの上の枯れ草を包み込む。すると、枯れ草は形を失い、無数の光の粒子となって宙に舞い上がった。それはまるで、小さな銀河が目の前に現れたかのような、幻想的な光景だった。
光の粒子は、幾何学的な図形を描きながら渦を巻き、やがて一つの点へと収束していく。
光が消えた時、俺の手のひらの上にあったのは、もはや枯れ草ではなかった。
不純物を一切含まない、親指の先ほどの大きさの、蒼く澄み切った宝石のような結晶。それ自体が生命力に満ち溢れているかのように、穏やかな光を放っていた。
「そん……な……」
薬師見習いであるエルナは、その結晶を見て、わなわなと唇を震わせた。
「枯れた薬草から、不純物どころか、薬効を阻害する成分まで全て取り除いて……有効成分だけを、これほどの純度で結晶化させるなんて……。神話の中の奇跡です……」
「奇跡じゃない。これが俺のスキルだ」
俺は次に、村の枯れ果てた畑へと向かった。エルナと、俺たちの様子を遠巻きに見ていた村人たちが、恐る恐る後をついてくる。
俺は畑の中心に立つと、黒くひび割れた大地に、そっと右手を触れた。
再び、スキルを発動させる。今度は、さっきよりも遥かに大規模な錬成だ。
俺の手を中心に、巨大な魔法陣が地面に展開し、青い光の波紋が畑全体へと広がっていく。大地が浄化されていくのが、肌で感じられた。黒く死んでいた土から、淀んだ魔素が光の粒子となって天に昇っていく。
そして、光が収まった後には、信じられない光景が広がっていた。
あれほど固く、生命の気配もなかった大地が、ふかふかとした、生命力に満ちた黒土へと生まれ変わっていたのだ。
「おお……おおぉぉぉっ!」
誰かが上げた声を皮切りに、村人たちから割れんばかりの歓声が上がった。ある者は泣き崩れ、ある者は抱き合い、そして全員が、俺に対して感謝と、そして畏敬の念が入り混じった眼差しを向けていた。
その時、エルナが俺の元に駆け寄り、その両手で、俺の手をぎゅっと握りしめた。
「あなたは……あなたは、一体……?」
潤んだ瞳で俺を見上げる彼女の姿は、俺の力が本当に人の役に立ったのだと、何よりも雄弁に物語っていた。
俺は、この村で、確かに新たな一歩を踏み出したのだった。




