錬金術師の戦争
地平線の向こうから、黒い鉄の津波が押し寄せてくる。
悪徳領主バルカスが率いる、百名を超える重装備の騎士団。彼らの掲げる槍の穂先が、朝日を浴びて鈍く光っていた。その威容は、ただの農民である村人たちを震え上がらせるには十分だった。
「見ろ、案山子の軍隊のお出ましか」
「我ら正規軍に、石ころの人形が通用するとでも思っているのか」
騎士たちは、村の前に整然と並ぶ俺のゴーレム軍団を指差し、下卑た笑い声を上げる。彼らは、これから始まるのが蹂躙であり、殺戮であり、自分たちの圧勝だと信じて疑っていなかった。
俺は、村を見下ろす丘の上から、静かにその光景を見つめていた。隣にはエルナと村長が、固唾を飲んで佇んでいる。
「……全軍、戦闘準備」
俺の呟きに呼応するように、眼下のゴーレムたちの魔力炉が一斉に青い光を灯した。
「全軍、突撃ィィィッ!」
領主バルカスの号令と共に、騎士団が地響きを立てて突撃を開始する。その凄まじい突進力は、城壁すら打ち砕くと言われている。
だが、その鉄の奔流は、いともたやすく止められた。
最前列の壁役ゴーレムたちが、一斉に地面に巨大な盾を突き立て、鉄壁の防衛ラインを形成したのだ。馬のいななきと、金属同士がぶつかり合う甲高い音が響き渡る。騎士たちの突撃は、巨大な岩にぶつかった波のように、その勢いを完全に殺された。
そして、本当の悪夢はそこから始まった。
「放て」
俺の指示で、後方の投石ゴーレムたちが一斉に砲撃を開始する。しかし、彼らが放つのは石の弾ではない。圧縮された土と岩の塊だ。
砲弾は、騎士たちを狙うのではなく、彼らの足元や周囲の地面に正確に着弾した。その瞬間、【物質錬成】が発動する。
ドゴォォン! という轟音と共に、騎士団の足元に次々と巨大な落とし穴が出現し、馬ごと兵士たちが飲み込まれていく。ある場所では、地面が隆起して分厚い土の壁となり、彼らの進路を塞ぎ、陣形を分断していく。
指揮系統は偵察ゴーレムの撹乱によって完全に麻痺し、騎士たちはただ右往左往するだけ。誰一人、村に近づくことすらできずに、その戦力は完璧に無力化されていった。
丘の上で戦況を見ていた領主バルカスは、自軍が一人も血を流すことなく、しかし完璧に蹂躙されていくという、信じがたい光景に愕然としていた。
やがて、戦場には動ける騎士は一人もいなくなった。
俺は、一番巨大なゴーレムを一体、バルカスのもとへと向かわせる。降伏勧告の使者として。
自身の信じる「武力」が、俺の「知恵」と「技術」の前に全く通用しなかったことを悟ったバルカスは、屈辱に顔を歪め、震える声で降伏を告げた。
俺は、一滴の血も流さなかった。
ただ、錬金術師としての力だけで、この戦争に完全勝利を収めたのだ。