『メガネが繋げる恋』
クラスで人気者の篠崎ななが眼鏡をかけ始めた。
篠崎は勉強が苦手で、授業も真剣に取り組み休み時間も勉学に励んでいたのに、よく補習を受けている。
俺はそんな様子を見ながら、篠崎の好きなコーヒー牛乳を渡して言った。
「伊達メガネをかけても頭はよくならないぞ」
篠崎は俺の言葉に、一瞬目を見開いてからその大きな瞳を潤ませ、
「私だってそう思うよ! でも、どんなに勉強をしたって頭がよくならないの。この辛さ、あなたにはわからないわ」
大粒の涙を流し、両手で顔を覆って出ていく篠崎を慰める言葉が出ず。ただただ立ち尽くすだけだった。
教室では俺に大勢の視線が刺さる。そのうちの一人が俺の胸倉を掴み、睨みつける。
「篠崎さんを泣かせるなんてお前は最低だな」
それに続き、クラスの男たちが言い放つ。
「お前は、罪を犯した。天使を泣かせるなんて生きている価値などない」
「馴れ馴れしく話しかけるな。お前なんかが話しかけていい人ではない」
「もう二度と話しかけるな」
俺は口を紡ぎ、唇をかみしめた。本当のことを言っただけなのに。
次の日から、俺はクラスのみんなに無視をされた。
ノートを集めるために声をかけても投げつけられ、睨まれ、舌打ちされる。
あの一言で俺はクラスから居場所を失った。
篠崎もこの状況に何も言わずチラチラと様子をうかがうだけ、俺はため息をつきつつ問題集を作成していた。
ある日、男子と女子で別々に体育をした後、教室で着替える女子たちを廊下で待っている時、篠崎とあまり関りのない女子三人組がこちらに来ることなく階段を下りていくところが見えた。篠崎の表情が気になり、その後を付けることにした。
♦♦♦
「私をここに呼んで何をする気なの!」
空き教室に無理やり押し込まれて、手足を縛られ床に転がされた。
「そんなの決まってるだろ。男子に媚び売りやがってこのビッチが、汚らわしいその体を綺麗にしてあげるのよ」
「あんたは黙って、私たちの言うことを聞いていればいいんだわ」
「たいしてかわいくもないこんな顔、どうせ化粧でしょ。大丈夫、痛いことはしないわ」
頬を手で鷲掴みされ、爪が食い込みズキズキと痛む。
痛みに顔を歪めていると、パリンと何かを踏みつける音やびりびりと紙を破る音が聞こえ、掴まれていた手がグイっとその音の方向に寄せられる。目をゆっくり開けてみると、目の前には私が最近かけている伊達メガネと教科書、ノートが散らばっている。
その状況に、唇をかみしめて三人を睨みつけると上から大量の水が降ってきた。
体全体にかかった水は自分だけではなく、教科書や伊達メガネまでも濡らし、冷える体に身震いをする。
「いい気味だな」
「これに懲りたらもう男どもに媚びを売るんじゃないよ」
「化粧が落ちて、黒い涙出てんじゃん。ちょーうけるー」
縛られている手足を無理やり動かし逃げようとするが、縄がより食い込みジンジン痛みを増していく。
反抗しても逃れられない状況にすべてを諦めた。
「あれ? もう終わり?」
「面白くねーじゃん」
「さっさと逃げようぜ、このままだと先生来るじゃん」
「そうだね」
三人は出口に近づき、そのうちの一人がドアを開けたとき、そこには私を馬鹿にしてきたあいつの姿があった。
♦♦♦
一定の間隔をあけて追いかけていると、空き教室の中に入っていった。
教室近くの壁に隠れ、様子を伺う。声までは聞こえないが、途中でパリンと何かを踏む音が聞こえ、先生を呼ぶか自分が助けるか迷った末、ドアに手をかけると力なく開いた。
そこには、先ほど見かけた女子三人がびっくりした顔で俺を見上げ、その奥で手足を縛られ水浸しの篠崎が見えた。
驚きで固まる身体。思考が停止して考えが何も浮かばない。
「これはどういうことだ?」
独り言のようにこぼれた言葉に、頭が再起動しだす。
俺と同様に固まって動けない三人を教室の中に押し込めてドアを閉める。
今度は意識的に問いただす。
「これはどういうことか説明してくれる?」
徐々に頭へ血が上っていくのがわかる。
三人は目をキョロキョロ動かすだけで何も言わない。
「お前ら、なにしたかわかってんのか! 篠崎を縛り篠崎の持ち物を勝手に壊し、その上水をかけるなんて、どんな理由があろうと手は出してはいけない。」
黙っていたうちの一人が俺に視線を合わせ、怒りを込めて言う。
「だって、こいつが私の彼氏を奪ったんだ。媚びを売って男どもをだまして、こいつが悪いのよ」
俺はため息をつき、そういってきた女に近づく、
「篠崎は別に媚びを売っているわけではない。お前らよりコミュニケーション能力が高くて、努力を惜しまないから。俺ら男側が勝手に好意を抱いているだけだ。お前はどうなんだ。彼氏に直接聞きもせず、篠崎が悪いと決めつけてこんなことをする。お前らは人間として終わっているな」
それ以上言葉は返ってくることはなく、代わりにすすり泣く声だけが教室に響いた。
俺は篠崎の手足を縛るひもを解き、意識を失った篠崎に俺が着ていたジャージの上着をそっとかけて姫抱っこをして、教室のドアを開き出ていく。
保健室に篠崎を預けた後で職員室に向かい、担任の先生を呼び空き教室に向かう。
そこには、今だへたり込み涙を流す三人の姿があった。
「佐藤、鈴木、近藤、職員室に来い」
三人は黙ったまま、先生についていく。俺は教室の真ん中の水たまりから、踏まれてレンズが飛び出しフレームが曲がった伊達メガネを取る。
あの時あんなことを言わなければよかったと後悔を胸に、その場を片付けた。
午後の授業まできっちり受けて、保健室に顔を出す。
「二年二組の桜木春人です。篠崎さんの様子を見に来たのですが」
保健室には先生の姿がなく、近くの椅子に座って待とうとした時、ベットの方から声がした。
「あ、あのさ、さっきは助けてくれてありがとう」
俺はベットを囲むカーテンを開き、手に包帯を巻いた篠崎と目が合う。
篠崎は俺を見るなり顔を真っ赤に染め、貸していたジャージを投げつけてきた。
「なんだよその態度、せっかく助けてやったのに」
「だから、ありがとうって言ってるじゃん」
毛布を顔半分埋まるまで上げると、「本当にありがとう」といい、今度は体全体を毛布の中に隠した。
「熱が出てるかもしれないから無理はするなよ、また何かあればいつでも頼れよ」
保健室を出るときにベットから、か細く「うん」と聞こえ、口元をにやけさせながらある店に向かった。
次の日、学校に登校すると篠崎が俺に問題集を押し付け「早速だけど、教えてくれない?」と小声で頼まれた。
俺は問題集を受け取り、その代わりみたいに篠崎に袋を押し付ける。
「これ、何?」
「見ればわかるさ」
篠崎は袋の中身を見て、嬉しそうに笑ったあとすぐにそれをかける。
「伊達メガネってかけても頭はよくならないんじゃなかったっけ?」
意地悪な顔で言われ、俺は「ははは」と感情がこもっていない声でごまかした。
その様子を見ていたクラスメイトの男子の一人が俺を鋭く睨みつける。それを見て篠崎の耳元に小声で話す。
「ちゃんと勉強を教えるからさ、助けてくれない?」
篠崎は周りを見まわし、よしっとガッツポーズで気合を入れた。なんの気合かはわからないけど、助けてはくれそうだなとほっとしたのもつかの間。事態は急激に悪化する。
「みんな聞いて! 春人は私の彼氏だから」
シーンとなる教室で俺は立ち尽くす。篠崎はちゃんと助けたでしょとでも言いたげな誇らしい顔をしていた。俺は片手で顔を隠し天を仰いだ。
その日から篠崎に勉強を教えて、篠崎がいない間に無視よりも質の悪いいじめが始まった。
横を通り過ぎるときに「彼氏になれたからっていい気になりやがってその汚い手で彼女に触れたらわかっているな」と小声で話してきたり、引き出しから教科書を出そうとした時に、何か刺さって見てみれば画鋲が敷き詰められていた。
しまいには飲み物に、からしやワサビを仕込むなど、精神的ではなく直接体に対してのいじめだった。
「春人、最近様子がおかしいけど大丈夫?」
「ああ大丈夫、それより渡した問題集やった?」
「うん! めっちゃわかりやすかった。ありがとう」
「その調子だ。次のテストは結果出せよ。」
「あったりまえじゃん‼」いい笑顔で返される。
そんな日々といじめは続き、さすがに限界を超えて机にいつも入っている画鋲を、主犯と思われる男子生徒に向けて投げつける。
「こんなことして楽しいのか?」
俺が声を荒げたことでクラス全員が俺に注目する。
手に画鋲が刺さり、血が流れるがそんなことは気にしない。怒りのボルテージがどんどん上がり胸倉を掴み上げる。
シャツに赤黒い血液が染み込み、足元に落ちた画鋲が上履きに刺さる。
「なんでこんなことするんだ!」
男は片側の口角を上げて、目線そらす。
「そんなの決まってるだろ、篠崎様に触れるからだ」
クラスの男子は好きだけでおさまらず、崇拝じみた感情を感じる。
「篠崎に執着しすぎだ」
「何を言っているんだ? これは執着じゃない。愛の表現なんだよ」
そういって悦に浸る表情は、ぞっとするほど正気には見えなかった。これ以上何を言っても無駄だとあきらめるのとほぼ同時に、目の前がブラックアウトする。
次に目が覚めたのは保健室のようだった。最近ここに来たからすぐにわかった。
俺は体を起き上がらせようとするが体に力が入らず、布団にぼふんと音を立てて倒れる。
「っ、春人起きたの?」
カーテンが勢いよく開かれ、涙で顔をべしゃべしゃに濡らした篠崎が俺に抱きついた。
「篠崎?」
「……春人が教室で血を流しながら倒れてるのを見て、本当に怖かったんだから」
「ご、ごめん。」
「私のせいで、っごめんなさい。」
「篠崎のせいじゃない!」
「ありがとう。でも今回のことで分かった。私があんなこと言ったからこんな事態になった。本当に付き合って私に守らせて」
「俺の方こそ」
その真剣な表情に、心の底からななのことを好きになってよかったと思った。




