『二人で一人の忍者』
兄貴は俺の手で、絶対に助ける。
密書を盗むため忍び込んだが、任務は失敗。兄の右吉だけが敵のお城に捕まり、檻の中で拷問を受けている。
俺は兄を一人で任務に行かせてしまった。自分にもっと運動神経があればこんなことにはならなかった。たった一人の血がつながった家族なのに……。
俺たちはある両親のもとに生まれた。双子だったこともあり、生まれてすぐに父親に捨てられたが、母親が俺たちを見つけ出して十の年に病で倒れるまで育ててくれた。
行く当てもなく、兄の右吉と手を繋いで歩いているところを知らないおじさんに拾われた。
名は今井ということしか知らない。でも、この人についていく他ない。このままでは、倒れて死んでしまうだけ、それなら何かの役に立って少しでもご飯を分けてもらおう。
町を通り過ぎて、竹藪を進む。かなり歩いたと思ったときに今井さんは足を止めた。
「ここが私の住まいだ。」
そこには、町にある長屋より少し大きい長屋があった。
扉からは、俺たちと同い年くらいの男の子が俺たちのことをちらちらと伺っている。
「えっと、俺たちは何をしたら良いでしょうか。」
今井さんの顔を覗き込み伺うと、
「とりあえず、中に入りなさい。その草履じゃ足が痛いだろう。」
そう言われて見てみると、草履がささくれ足に刺さり、血がにじんでいた。かじかんだ足には感覚がなく、全く気付かなかったのだ。
草履を脱いで中にお邪魔すると、奥さんと思われる方が俺たちにお茶とみそ汁を出してくれた。
久しぶりに飲む温かいお茶は、少しむせながらのどを通り体の芯まで温まる。
「ありがとうございます。」
二人でお礼を言うと、奥さんは微笑んだ。
ゴホン。
わざとらしい咳払いとともに、今井さんが真剣な顔で俺たちに視線を向ける。
「君たち名前は?」
「右吉です。」
「左吉です。」
「右吉。左吉。君たちに来てもらったのは、助けるという代償で忍者になってもらいたいからだ。」
「えっ、忍者ってなんですか?」
兄貴は不思議そうに首をかしげている。そこで俺は町を歩いていた時に聞いた忍者の噂話のことを思い出し、今井さんに質問をした。
「俺たちは、忍者になってどうなるのですか。」
今井さんは、少し悩んでから口を開く。
「敵国の城から密書と呼ばれる大切な書物を奪い、時には人を殺す。」
聞いていた話以上の残酷な言葉に、思わず吐き気がして口を押える。
「そんなことを俺たちが…」
「断る権利がないのはわかっているだろう。明日から鍛錬をする。」
次の日、朝から鍛錬が始まった。
そこで、兄は生まれ持った運動神経で次々技を覚えていく。その一方俺は、運動神経が悪く体力、筋力が増えず頭脳を使った作戦の立て方を学んだ。
遠くでは、今井さんのご子息の義朗が俺を睨んでくる。特に何をしたわけでもないのに。
あまり気にせずに鍛錬を続けた。
時が経って、忍務を請け負うことになった。二人で一人、俺が頭を使い兄が密書を盗んでくる。うまくいったのは数回だけだった。
俺の足が遅くて逃げきれず捕まって兄の鼻に横一線のキズを負わせてしまったり、髪を掴まれて切り落としたり、気づけば俺は指示をしてその場に待機、兄が行動という風に忍務の流れができていた。
そんなある日のこと、いつも通り待機をしていると城から忍務失敗の狼煙が上がった。
兄は帰ってくることがなく、俺も帰るしかなかった。
長屋に帰ると今井さんが駆け寄り、義朗は俺の胸倉を掴んで睨みつけた。
「右吉さんはどうしたのですか。あなただけ帰ってきて何になるのです。無能な糞が」
「義朗止めなさい。左吉何があった。」
深呼吸をしてさっきあったことを説明した。
「私は二人で動いていると聞いていたが、一人でやらせていたのか。」
怒りを含んだ声色に顔を深く下げたまま上げることができない。
「俺が必ず、助けに行きます。」
自分の胸の生地をぐっと握りしめ、真剣なまなざしで今井さんに伝えると頭を荒っぽく掻きながら、
「お前には武芸の才がないどれだけ鍛錬したところで右吉を助けられることがないだろう。」
「いいえ、俺は行きます。俺にはこの頭脳しかないけど、助けられることはきっとあるはずです。」
「あなたみたいな無能が行ったところで捕まって終わりですよ。少し考えればわかるでしょう。こんなことなら最初から僕と右吉さんが組めばよかったんです。邪魔なんですよあなた。」
「俺は助けます。今からでも考えて一人で救ってきます。俺たちは二人で一人の忍者だから。」
手をぐっと握りしめて、長屋の扉を勢いよく開いた。
忍者刀は俺にはうまく扱えず、竹にめり込んで取れなくなってしまう。手にはつぶれた豆が硬くなっている。キズを眺めながら自分の考えの甘さに目頭が熱くなる。
今まで足手まといだったからと自分だけ安全な場所で待機して、
「くそ、俺はなんてことを…」
早く助けに行かないと殺されてしまうかもしれない。
手に刀を握り直しどうにか竹から引き抜く。何度刀を振っても身にならない。
こんな体。手裏剣も正確性が三割と実用は不可。持っていたところで動きが遅くなるだけ。
もっと投げやすくて手に馴染むものはないのか。
「あなた、本当に行くつもりですか。やめとけと言いましたよね。」
「義朗。なぜそこまでして止めるのだ。兄貴が助かれば君も嬉しいだろう。」
「いいえ、僕が助けに行くので不要です。足でまといはここで待っていてください。」
そう言い終えるなり、忍者刀で俺の左頬に傷をつける。ズキズキと痛む頬を押さえながらとっさに反応できなかった。自分にイラつきを覚える。
「俺を止めるな。君は、忍務を一度もしていないではないか。」
言い捨てるように義朗に浴びせると唇をかみしめながらまた睨みつけてくる。
手についた血を振り払い、そこで思った。俺は動くのが遅く戦うのは不可能でも、逃げるための手段をふんだんに用意しておけばいいのではないか。
「ありがとう。いいことがわかったよ。」
笑顔でそういうと気持ち悪げに顔を歪めその場から去っていく。
「よし、これで兄貴を助けられるぞ。」
長屋に寄り、顔と手のキズを治療すると、また長屋から出ていく。
数時間前にいた忍務場所に戻ってくると、城の警備は先ほどより堅くなっていた。兄貴に指示したルートでは見つかる可能性が高い。
商人に変装をして正面から入った方が逆に安全だな。
「すみません。このお饅頭を売りに来たのですが、中に入れてもらえますか。殿方に有名なのですよ。おひとついかがですか?」
「ああ、ありがとう。でも、訪問のことは聞いていないぞ。」
「もしかして曲者か。」
「いいえ、ほら食べてみてください。この饅頭はすぐ売れ切れてしまうほど人気ですよ。」
門番は一口食べると二人して仲良く夢の中に入った。
俺は堂々と正面から入りまんじゅうを配る。一口食べれば程よい甘さが広がり、飲み込んでしまえば夢の中、何度も研究して作った完璧な配合。
兄貴には敵わないが俺にもこれくらいは。
牢屋に来ると、警備が先ほどの比ではないほど増えている。奥には、顔面を歪むまで殴られた兄貴が座らされている。
無意識化で手に爪が食い込むほど握りこんでいたことに気づき、慌てて止める。
落ち着くための深呼吸を一度深めにして笑顔を作る。
「お饅頭はいかがですか。」
牢屋の前でそういうと警備が怪しいというように首をかしげながら近づいてくる。
兄貴の警戒が解けると、俺は作戦Bとウインクを2回する。兄貴もそれを察して、縄から抜けて、牢屋の上の天井から脱出する。
俺は、饅頭を配りながら城の外へ見事脱出に成功した。
今井さんの長屋に戻ってくると、目を丸くして驚かれた。
「左吉、一人で助けられたのか…」
「はい。」
「ちっ、まあ右近さんが戻ってきてよかったよ。」
俺のことは睨むくせに兄貴にはいい笑顔なんだよな。まぁいいけど。
「兄貴。」
「なんだ?」
「俺、武芸は全然ダメだけどもう二度と兄貴から離れない。だって、二人で一人の忍者だろ。」
「ふふ、そうだな。」