第6話-再会-
妙子がマンションに帰り電気をつけると、そこには最近見かけなかった黒猫がいた。
妙子は、ハッとした。
だが、フラミンゴやネズミや、シマウマが部屋にいた時ほどは驚かなかった。
黒猫はマンションの前でよく見かけていたので、他の人からも見える普通の黒猫と思っていた。
妙子は黒猫を横目に、
「ベランダの窓、開けたままだったのかなー?」
そう思いベランダへ向かった。
すると「いや、ベランダの窓は開いてなかったよ」
妙子の耳にはっきり聞こえた。
妙子は黒猫を見て「今の…声…」と聞くと、
「そう俺だよ」
その黒猫が、妙子に向かって言った。
妙子はその声に衝撃を受けた。
足元が崩れヘナヘナと座り込んだ、驚きに体がついていけなかった。
その黒猫の声は、妙子が忘れるはずのない声だった。
少し落ち着きやっと口から出た言葉…
「か…ず…く…ん…」
「そうだよ、俺だよ黒縁和樹。今日は来てくれてありがとうな。嬉しかったよ」
黒猫(和樹)の言葉に、今度は身体をふるわせて泣き出した。
「和くん…和くん…和くん…和くん…和くん…」ずーっと声に出して呼びたかった名前。
涙が止まらなくなった妙子の前で、黒猫(和樹)は妙子が泣き止むのをじっと待っていた。
少し落ち着きをとり戻し「本当に和くんなの?」と、聞く妙子に、
「今日、来てくれた時『和くんだったら教えて』って言ってただろ」と黒猫(和樹)は言った。
その言葉に、妙子はまた泣き出した。
「そうだけど…ずーっとずーっと会いたくて…でも…考えたら苦しくなってきて…」
また泣き出した妙子に黒猫(和樹)は、テーブルの上のタオルを渡して「わかった、わかった。ごめんな。だからもう泣くな、なっ、妙子」黒猫(和樹)は困ったように妙子の顔を覗き込んだ。
黒猫(和樹)から渡された、タオルで涙を拭きながら、しばらくして「和くんあのね…」と、最近妙子の周りで起きたことを、一つずつ丁寧に話した。
黒猫(和樹)は「うん知ってる、いつも一緒にいたんだ、だから妙子のヘッドバンギングも、ワルツも、オセロも見てたよ、病院にいた時は、妙子にも俺のことが見えただろ」
黒猫(和樹)の言葉に、妙子は驚きながらも、「和くんはいつも一緒だったんだ…」と、つぶやくように言った。
やはりみんな関係があった。
そして、周りの人からも見えてると思っていた黒猫(和樹)が和くんだった…
妙子の考えていることが聞こえたかのように、黒猫(和樹)が言った。
「みなさん、妙子を心配して来てくれたんだよ。フラミンゴのみなさんは、生前プロのダンサーで、チームの名前がフラミンゴ。
社交ダンスのペアのネズミさんもプロのダンサー、ご夫婦でダンス教室をされていたんだ。
教室の名前が「チュートリアル」
シマウマさん、こちらも将棋のプロ棋士。
ナマケモノさんもプロの理学療法士」
黒猫(和樹)がそう言うと、黒猫(和樹)の周りに、フラミンゴ、ネズミ、シマウマ、ナマケモノが浮かび出した。
妙子は「わァー」と、驚きながらも、再会を喜んでいた。
黒猫(和樹)は、ゆっくり話始めた。
「俺が空の世界に行った時、皆さん本当に優しくて、よくしてもらったんだ。
そのうち、俺も落ち着いてきて『これからは俺もここ(空)から皆んなを見守ろう』そう思っていたんだ。でも、妙子お前がどうしても気になってな、妙子は人見知りが激しくて、あがり症だけど、いつも笑ってたよ。
だけど空から見る妙子は心を閉ざして、笑わないし、毎日疲れた顔をしてて、そんな妙子を見てどうしたら良いのか分からなかった。
そしたら、フラミンゴのみなさんが『私たちが妙子さんを元気づけに行きますよ』って、言ってくれたんだよ」
黒猫(和樹)がそう言うとフラミンゴたちは一斉に右足。左足。右足。左足。時々クロスと踊り出した。
妙子が「わぁーっ」と懐かしむように拍手していると、次の瞬間フラミンゴたちは、生前の姿に戻った。
周りを見るとネズミも、シマウマも、ナマケモノも全員が生前の姿に戻っていた。
驚きを隠せない妙子に、黒猫(和樹)は、
「妙子覚えてる?フラミンゴの皆さんと、ペアのネズミのお二人はテレビで…」すると妙子は、黒猫(和樹)が言い終わる前に、嬉そうに「覚えてる!フラミンゴの皆さんのダンスを見て思ったの、それとワルツのペアの男性の言葉で、私が何度も足を踏んだ時の話じゃないかな?ってそう思ったの」
と、やっぱりそうだったのね、と言うような顔で言った。
妙子がペアのネズミ、今は生前の姿の2人の前に行くと「そちらは宮澤さんご夫婦だよ、妙子が上司からリズム感がないって言われてるのを聞いて、『妙子さん大丈夫ですよ、私たちに任せてください』って言ってくれたんだよ」
と、黒猫(和樹)が言った。
妙子は「ありがとうございました。足を踏んでばかりでごめんなさい。大丈夫でしたか?」と申し訳なさそうに聞いた。
妙子の言葉にペアのネズミ(宮澤夫婦)は「大丈夫ですよ。私たちの方こそ、私たちのために『最高級のチーズを買おう』って走ってくれて嬉しかったですよ」と、言った。
ペアのネズミ(宮澤夫婦)は、夫婦揃って長身でスタイルが良くて、美男美女のご夫婦だった。
次にチームフラミンゴの前に行った妙子に、黒猫(和樹)が「そちらが…」と言い始めると、チームフラミンゴは20人ほどいて「杉野です」「安藤です」「菅野です」…
と、それぞれが自己紹介をしてくれた。
妙子は「ありがとうございました。楽しかったです」と、微笑んで言った。
「妙子さんダンス上手でしたよ」と、フラミンゴのダンサーの一人(杉野)が言った。
他のダンサーも「ホント、上手でしたよ」「可愛かったですよ」と、妙子を褒めた。
妙子は恥ずかしそうに照れながら「ありがとうございます」と小声で言った。
チームフラミンゴの人たちも、長身でスタイルが良くて綺麗な人ばかりだった。
そして妙子は、将棋の棋士の前に行った。
棋士は落ち着いた、羽織袴の似合う穏やかな雰囲気の男性だった。
黒猫(和樹)が「そちらは松浦さんだよ、妙子が優柔不断な自分を悩んで落ち込んでるのを見て、『今度は私が行きますよ』そう言ってくれたんだ」
妙子は「ありがとうございました」と言いながら、少し間をおいて「でも私が対戦したのはオセロで、将棋では…」と言った。
すると、黒猫(和樹)が「妙子、将棋わからないだろ、だからオセロにしてもらったんだよ」と笑った。
妙子は「あっ、」と苦笑いをして「ありがとうございました」と言った。
そして「あの…一つ聞いてもいいですか?」と続けた。
「もちろんですよ」と、シマウマ(松浦)が答えると、妙子は「あーっ!やっぱりあの時の声、そうだったんですね」と言った。
「私の声を覚えていてくれたのですね」と微笑むシマウマ(松浦)に、妙子は「はい、心が覚えています」と笑顔で答えた。
「それで、私に聞きたい事とは何でしょうか?」
シマウマ(松浦)が妙子に聞くと、
妙子はチェストの上に置いてあった、オセロ盤を持ってきて「このオセロ盤、以前私の家にあった物で、10年ぐらい前に従兄妹に譲ったものだと思うんです。これどこに…」
妙子が不思議そうに聞くと、シマウマ(松浦)は「ああ、オセロ盤ですね、これは妙子さん、あなたの記憶の中からお借りしました」シマウマ(松浦)の言葉に、訳が分からない妙子は「お母さんにも見せようと思って、今朝家を出るときに、カバンに入れたつもりなのに入ってなくて、何度も確認したはずなのに…」と、言いながら妙子は納得のいかない表情だった。
黒猫(和樹)は「妙子、オセロ盤は今、松浦さんが言ったように、妙子の記憶の中の物だから、他の人には見えないんだよ」と、言って続けた。「だから整形外科もそうだよ、妙子にだけ見えていたんだ」と、黒猫(和樹)は言った。
その言葉に、妙子が「病院はあったよ…でも一週間後に行ったら、看板が外されて椅子とかが運び出されてて…」と寂しそうに言った。
黒猫(和樹)はナマケモノ(野上)に手を差し向けて「あの病院は、そちらの野上さんが生前経営されてて、今は息子さんが継がれているんだ、今、リフォーム中なんだ」
ナマケモノ(野上)は眼鏡をかけていて物腰の柔らかい男性だった。
「妙子さん荒療治でしたね、ごめんなさいね」
ナマケモノ(野上)がそう言うと、黒猫(和樹)は「俺がお願いしたんだよ、野上さんは元プロの理学療法士で、妙子の心の力になって欲しくて荒療治だと思ったんだけど、お願いしたんだ」黒猫(和樹)がそう言った。
妙子は「でも、どうして私の姉弟とか、私の記憶を知っていたの?」と妙子は聞いた。
妙子の問いに、ナマケモノ(野上)は「私の目に映った妙子さんの記憶のことですね」
ナマケモノ(野上)の言葉に妙子が頷くと、
「それは妙子さん自身の心象風景です、妙子さんの嬉しかった事、悲しかった事が映し出されたのです。だから妙子さんが認めたくない悲しい記憶も見えてしまうのです。辛かったですね、しんどかったですね」と、ナマケモノ(野上)。
妙子は「やっぱりナマケモノ先生の声だ」と涙を浮かべ「いいえ、ありがとうございました。私、あの後目が覚めたら、心が楽になっていたんです。そして和くんの死も受け入れることができました」とお辞儀をする妙子に、黒猫(和樹)は「妙子、ナマケモノ先生じゃなくて、野上先生なっ」と笑いながら言った。
妙子は慌てて「ごめんなさい」と身体を90度になりそうな勢いで深々と頭を下げた。
そんな妙子を見てナマケモノ(野上)は「妙子さん、いいんですよ」と微笑んだ。
妙子が顔を上げると、チームフラミンゴのダンサーたち、ペアのネズミ(宮澤夫婦)、シマウマ(松浦)、ナマケモノ(野上)から優しさが光のようになって妙子を包んだ。
黒猫(和樹)は妙子の前に行き「妙子、みなさん本当に妙子のことを心配してくれて、妙子が電車の中で泣き出した時も、妙子の気を引くように桜並木の下を走ってくれたんだよ」と言った。
妙子は、あのとき私のために走ってくれてた…
妙子はまた涙が溢れて来た。
なんて言えば、感謝の気持ちをうまく伝えることができるんだろう…
そんな顔で、チームフラミンゴ、ペアのネズミ(宮澤)、シマウマ(松浦)、ナマケモノ(野上)に向いて「ありがとうございました。本当にありがとうございました。私…皆さんにこんなに…思っていただけて…」妙子はそう言って声を詰まらせた。
黒猫(和樹)が「妙子…」と、妙子に寄り添うように言うと、
妙子は「和くん、なんて言えばいいんだろ…?
私、すごく幸せだよ。これから先どんな辛いことがあっても、みなさんのことを思い出したら、頑張れる」
妙子のその言葉を聞いて、シマウマ(松浦)は「妙子さん、妙子さんのその言葉を聞いて私たちも幸せですよ」と言った。
そして後に続いて
「ホント最高の言葉ですよ」
「私たちも妙子さんのことは忘れませんよ」
「ずーっと妙子さんのこと見てますからね」
と妙子に言葉がかけられた。
そしてナマケモノ(野上)が「和樹さん、そしたら私たちは一足お先に失礼します。妙子さんお元気で」と言ってお辞儀をした。
黒猫(和樹)と妙子は一人一人に感謝を伝えた。
チームフラミンゴとペアのネズミ(宮澤夫婦)、
シマウマ(松浦)、ナマケモノ(野上)は、ベランダの窓を通り抜け、夜空へと浮かんで行った。
妙子は慌てて窓を開け、ベランダに出て見送った。
4月とはいえ花冷の空気が冷たい夜だった。
見えなくなるまで、夜空に手を振り続ける妙子の隣で、黒猫(和樹)は妙子を悲しませずに妙子から離れることを考えていた。
次回予告
次回は最終話になります。
やっと会えた和樹、見た目は黒猫でも和樹に間違いない。
「妙子、あのな…」黒猫(和樹)が話出すと、話を遮る妙子。
黒猫(和樹)から、別れを聞きたくない妙子。
一緒にいることはできない、でも離れたくない。
次回もお楽しみに!
あとがき
最後までお読みいただきありがとうございました。
黒猫こそが和樹でした。
妙子を心配する和樹を見て、和樹が空で知り合った人たちが、フラミンゴ、ネズミ、シマウマ、ナマケモノに転生して妙子のもとに来ていたのでした。