第5話-和樹の墓参りに…-
土曜日の朝、妙子は先週訪れた整形外科へと向かった。
先週の土曜日、整形外科へ行った妙子を、診察室で待っていたのは動物のナマケモノだった。
そのナマケモノに出会ったことで、妙子は和樹の死を受け入れることができた。
「どうしても、もう一度ナマケモノ先生に会いたい」
そんな思いが妙子の足を病院へと急がせた。
ところが病院の前についた妙子は唖然とした。
そこには数人の作業服姿の人たちが病院の看板を外したり、中から椅子や棚を運び出していた。
「えっ?」知らず知らずのうちに病院の方に歩いていく妙子。
「危ないから、下がってください」と、後ろから声がした。
妙子は振り向くと、すがるような思いで尋ねた。「この病院なくなるんですか?…先生は今どこにいるんですか?…受付の女性は…?」
矢継ぎ早に聞いてくる妙子に、少し困ったように言った。
「私たちは仕事の依頼を受けて動いているだけだから、詳しいことはわからなくてね…ごめんね…」
妙子は「いえっ、ありがとうございました」と、お辞儀をして帰った。
あまりにも、突然目の前に現れた現実に、妙子はショックを受けていた。
ナマケモノもいなくなった。病院までなくなるなんて。
あのとき病院にいた他の人たちは?
あれも全部、私にだけに見えていたの?
妙子の過去や和樹の死を知っていたナマケモノを、和樹の転生だと思っていた妙子は、もう一度、ナマケモノに会って確かめたかった。
フラミンゴ、ネズミ、シマウマ、ナマケモノ、みんな関係あるのか?
時々あう黒猫はどこからくるのか?
どんなに考えても妙子には分からなかった。
だが、ナマケモノに会って和樹の死を受け入れられた妙子は、和樹のお墓参りに行こうと考えるようになった。
一人暮らしを始めてから一度も帰らず、和樹のお墓参りにも行ってなかった。
妙子の家と和樹の家は隣同士。
妙子の母親は、妙子の辛さを思うと、帰って来るように無理強いすることはせず、妙子を見守っていた。
「明日、帰ろう」
そう思い、妙子は母親に電話をした。
「お母さん、明日帰るね。和くんのお墓参り一緒に行ってくれる?」
電話の向こうで母親は「ええ、もちろん
、和くん喜んでくれるわ」
そして少しの間を置いて「妙子、待ってるね…」
母のその短い言葉から、今まで妙子を信じて待っていてくれた気持ちが伝わってきた。
「うん。明日の朝、電車に乗る前に電話するね」
次の日の朝、妙子は駅のコンビニで、和樹が好きだった、コーラー味のグミを買って電車に乗った。
座席に座ると、グミを見ながら、心の中で和樹に話しかけた。
「和くんこのグミ好きだったよね、よく一緒に食べてて、一個のこったときジャンケンして『勝ったー!』
って和くんすぐ食べちゃったけど、あのとき勝ったの、私だったよね」
「私が風邪で学校を休んだ時も、このグミを買って来てくれて、『ありがとう、もう熱も下がって、大丈夫だよ』って言ったら、『よかった。心配してたんだよー』って言いながら、うちの弟とずーっとゲームしてたよね」
妙子は素直に和樹のことを思い出せるようになっていた。
でも、思い出と一緒に涙が出てきてしまう。
電車の中で、他の乗客に気づかれないように涙を拭いていたら、
「わー、きれいねー」「見事だわ」
そんな乗客の声が聞こえてきた。
その乗客の声に混ざって、自分の名前が呼ばれたような気がして顔を上げると、電車の窓から素晴らしい桜並木が見えた。
妙子も窓に顔を近づけて見ると、桜並木の下を大勢のフラミンゴと一頭のシマウマが走っていた。フラミンゴの頭の上には2匹にネズミ、シマウマの首にはナマケモノが抱きついていた。
「えっ…」思わず声が漏れた。
妙子にはその光景が一瞬スローで見えた気がした。
だが、他の乗客には見えてないようで、皆が口にするのは桜のことばかりだった。
「私にだけ見えているんだ、あの時のフラミンゴとネズミとシマウマとナマケモノ、間違いない。
やっぱりみんな関係があるんだ、でもどうしてここに?どこへ行ってるの?」
妙子はますます分からなくなっていた。
この場所に関係があるのか?それとも、自分の心が見せている幻なのか…?
動物たちが見えなくなって、しばらくすると目的の駅に着いた。
改札を出ると、妙子の母親が待っていてくれた。
「妙子、おかえり…」心なしか母親の声が震えていた。
「お母さん、ただいま」妙子は満面の笑みで答えた。
これ以上、心配かけたくなかった。
泣かないと決めていた。
二人は、そのまま和樹の墓参りに行くことにした。
妙子はお墓に着くと「和くん、お墓参り、今になってごめんね。そして、ずーっとそばにいてくれたんだよね、ありがとう」そう和樹に語りかけた。
そして母親に向き直り「お母さんと和くんに聞いて欲しい話があるの…」と切り出した。
今まで妙子の身に起きたこと、さっき電車の窓から見た動物たちの話まですべてを話した。
妙子の母親はその話を、一つ一つ丁寧に聞いた。
そして、その話すべてを信じることができた。
妙子が子供の頃から他の人には見えないものが、見えていたのは事実だった。
そして母親は妙子に「妙子、東北にいたひいおばあちゃん覚えてる?」
妙子が「うん覚えてる、でもなんとなくだけど」
そう答えると、
母親は「無理もないわ。ひいおばあちゃんが亡くなったのは、妙子が幼稚園に入園したばかりの頃だったから。
ひいおばあちゃんは「イタコ」だったの、「イタコ」分かるよね?
そのひいおばあちゃんが、妙子を見て言ったの。『たえちゃんは、人に見えないものが見えたり、聞こえたりして悩む日が来るかもしれない。だけどそれは妙ちゃんの力になる日が必ず来る』って」
母親の言葉を聞いて、妙子は思い出していた。
確かに動物たちが妙子のところに来るのは、妙子が辛い時や落ち込んだときばかりだった。
「お母さん、転生って聞いたことあるでしょ。ナマケモノ先生は和くんの転生かなぁ…?」
母親は「妙子はナマケモノ先生が和くんだと思うの?」妙子に聞き返した。
「うん…でも、ナマケモノ先生から聞こえた心の声、和くんの声じゃなかった気がするの」
「じゃあフラミンゴ?」母親が聞くと、
「フラミンゴは沢山いたから…たとえ和くんがいたとしても分からない…それに、和くんあんなに上手に踊れるかなぁ」
妙子が首を傾げると、
その言葉に母親は「妙子、和くん気を悪くするわよ…」と、小声で言った。
妙子は「ごめん」と言いながら笑った…
「じゃあ、ネズミ?」と母親が聞くと、
「違うと思う、和くん社交ダンスできないと思うし、それに私が何度足を踏んでも、あのネズミは優しい目をして教えてくれたの。
和くんだったら、きっと『妙子、おまえなー!』って言うよ、そうだよねぇ、和くん」
と妙子はイタズラぽく笑った。
そして話を続けた。
「それに、シマウマから聞こえた心の声も、和くんではなかったと思う。黒猫はマンションの外で見かけるから、他の人からも見えてると思うの、ただ急に見かけるようになったから気になって…」
そう言うと、妙子は思い出したように、「今日、オセロ盤持って来ようと思ってカバンに入れておいたの、でも入ってなくて…」
不思議そうに言う妙子に
母親は「オセロ盤?でもあれは従兄妹の圭くんたちにあげたでしょ。」
「うん、でも…シマウマが持ってきて、今、私の部屋にあるの」
「………………」
妙子と母親は、しばらく和樹のお墓の前で話した後、帰ることにした。
最後に妙子は「和くん、和くんじゃなかったの?和くんだったら教えて。…じゃあまた来るからね。」そう言って、家に帰った。
久しぶりの実家、隣は和樹の家。
心配そうに妙子の顔を見る母に、妙子は「大丈夫だよ」と微笑んで見せた。
しばらくぶりに家族で囲む食卓。母の手料理を食べながら、妙子はやっと自分が自分に戻れた気がした。
帰りの電車の中、妙子は思い出していた。和樹の墓参りで、やっと正面から和樹の死を受け入れることができた。
実家に帰ると「お帰り」と家族の声。家族で食べた母の手料理。「こんなに美味しかったんだ」「実家ってこんなに優しい…」
家族の温かさを改めて感じた妙子は、また涙が落ちてしまう。
電車を降りてマンションの前まで帰ってきたとき、ふと思った。
そういえば最近、黒猫見かけないなぁ、どうしたんだろう…。
そう思いながら部屋に帰り電気をつけると妙子はハッとした。
そこにいたのは、しばらく見かけなかった黒猫が
ずっとここで妙子を待っていたかのように、静かに妙子を見つめていた。
次回予告
妙子が部屋に帰ると妙子を待っていたのは、最近見かけなかった黒猫。
ハッとしながらも、ベランダの窓が開いていたのではないかと、確認しようとする妙子の耳に「いやベランダの窓は開いてなかったよ」とハッキリと聞こえた。
「えっ、今の声…」
妙子は衝撃を受ける。足元が崩れ、驚きに身体がついていけない。
思いもよらぬ出来事に妙子は…
次回もお楽しみに!
あとがき
最後までお読みいただきありがとうございました。
ナマケモノに会えたことで、和樹の死を受け入れ
お墓参りに行くことができた妙子。
実家に帰り家族と母の手料理を食べ、やっと自分を取り戻します。
だが、朝の電車の窓から見えた、フラミンゴ、ネズミ、シマウマ、ナマケモノ、やっぱりみんな繋がっていたんだ。と確信しますが、なぜここに?
どこへ行ってるのか?
まだまだ分からないことばかりの妙子です。