第4話-ナマケモノの先生の目に映し出された記憶-
土曜日の朝、妙子はめざましのアラームよりも肩の痛みで目が覚めた。
最近肩凝りなのか、肩の痛みが酷く今日は整形外科に予約をしている。
マンションを出て歩き出すと、後をつけられているような気がし立ち止まり、
辺りを見たが誰もいない。
妙子は少し違和感を覚えながら病院へと急いだ。
整形外科があるのは、駅前のクリーニング店の隣だと聞いていた。
「 あった! ここだ」
そう思い病院のドアに手をかけようとした時、妙子はまた視線を感じた。
急いで辺りを見ても、やはり誰もいない。
妙子は朝から続く違和感を覚えながら、病院へと入った。
院内はこじんまりとしていて、数人の患者が待っていた。
妙子は待合室の椅子に座り、昨夜見たテレビ番組「昭和三十年代の懐かしいダンス」
を思い出していた。
その番組を見終わった後、妙子は釈然としなかった。
テレビの中のダンサーが、自分の部屋にやって来たフラミンゴと同じ動きをしていた。
偶然なのか?
そして、社交ダンスのペアがインタビューで言っていた言葉、
「生徒さんに足を踏まれるのは、私は平気なのですが、生徒さんの方がすごく気にするんですよ」
あれは、自分がダンスを教えてもらいながら、何度もネズミの足を踏んでしまった時の話なのでは?
それとも、たまたまなのか?
だが、その番組は「昭和三十年代の懐かしいダンス」として紹介されていて、
今はいない人もいるかもしれない…。
転生…?だとしたらなぜ…。
その時、「飯田さん」受付の女性が妙子の名前を読んだ。
「はい」
妙子が受付に行くと、名前を記入して少しのカウンセリングを受けた。
「詳しい話は、中で先生に直接お話しくださいね」と言われ
女性の後ろについて診察室に入った。
女性が「先生、飯田妙子さんです」と言って、妙子が記入した用紙を渡していた。
女性が話してる相手は、動物のナマケモノだった
妙子は目を疑った。
ナマケモノは椅子に座り、女性から用紙を受け取り、目を通しているようだった。
女性は当たり前のようにナマケモノに話かけていた。
妙子は驚きを通り越して困惑していた。
先生、ってナマケモノなの?
それとも、また私にだけ見えているの?
戸惑う妙子に女性は、
「飯田さん、こちらの椅子に掛けてくださいね」
と、言って受け付けに戻って行った。
診察室でナマケモノと二人きりになった妙子は、女性に言われた通りに話し始めた。
「あの…最近肩凝りがひどくて…」
と妙子が症状を言い始めると、ナマケモノは、うんうんと頷き、とても優しい目で妙子を見つめた。
すると、ナマケモノの目に突然映写機で映し出したように、
ハッキリと幼い頃の妙子が映つし出された。
家族もいる、妙子たち三人姉弟と一緒にいるのは、近所の兄妹「和樹」と「千恵」だった。
家が隣同士で、仲が良く、家族ぐるみで付き合っていた。
キャンプに行ったり、お正月にクリスマス、七夕いつも一緒で五人兄弟のようにして育った。
特に妙子と和樹は同い年で、幼稚園、小学校、中学校、高校と、ずーっと一緒だった。
妙子は、子供の頃から人見知りが激しくて、かなりのあがり症。
そんな妙子の側には、いつも和樹がいてくれた。
初めて家族と離れた幼稚園では、妙子は和樹の側を離れなかった。
おとなし過ぎる妙子を、からかう子がいたら、
「たえちゃんをいじめたら僕が許さないからな!」
と言って、いつも和樹は妙子をかばっていた。
妙子はナマケモノの目に映る懐かしい映像をしばらく見ていた。
高校の入学式。
そして次に映し出されたのは、和樹の家の前で一人立ち尽くす妙子だった。
無表情で家を見つめる妙子のそばで、コスモスの花が寂しそうに揺れていた。
その映像を見た途端、思い出したくない、認めたくない、そんな現実が妙子を襲った。
妙子は突然、
「いやだ、いやだ、いやだぁーー」
と首を大きく左右に振って肩を大きく揺らして泣き崩れた。
椅子から落ちそうになった妙子の背中を、咄嗟にナマケモノの腕が包んだ。
妙子はナマケモノの腕の中で大声をあげて泣いた。
「どうしてーどうして和くんがーいやだーーー」
「先生、和くん何処に居るのー?」
「先生、和くん居るよねぇ…」
「先生、先生、和くんに会いたいよ…和くんに合わせて…先生…」
妙子は泣き続けた。大声をあげて和樹の名前を呼び続けた。
ナマケモノは優しく妙子を包み込み、
自分が持っている全ての力で、妙子の傷付いた心に寄り添った。
ナマケモノは、
「つらいね、しんどいね、ゆっくり、ゆっくりでいいんですよ」
と、妙子の心に語りかけた。
和樹は高校に進学して、間も無く身体の不調を感じ病院へ行った。
だが、病気がわかった時にはもう手の施しようが無く、
和樹は、高校一年生の夏の終わりに旅立った。
あまりにも突然で、あまりにも早すぎる和樹の死。
妙子は、和樹がいなくなったことを受け入れられず、自分の心をごまかして生きてきた。
そんな妙子が、今ナマケモノの腕の中で、今まで胸の奥に閉じ込めていた、
和樹への想いが堰を切ったように溢れ出していた。
目が覚めると妙子は待合室にいた。
妙子の足元で一匹の黒猫が妙子を心配そうに見ていた。
「えっ?また黒猫?でも、ここは病院…」
黒猫は、優しい目で妙子を見つめた。
「私を心配してくれるの?
ありがとう。大丈夫だよ」
黒猫の優しい目が、妙子は懐かしいようで胸の奥が熱くなるようだった。
妙子は心の中で「黒猫さんあなたは誰…?どこから…?」
「飯田さん」
会計の窓口で妙子の名前が呼ばれた。
妙子は自分がいつ待合室に来たのか、窓口の女性に聞くと
「飯田さん、よほどお疲れだったようで、診察室から出て
そこの椅子に座ると、すぐ目をつむられてましたよ。」女性は優しくそう答えた。
妙子が「あの黒猫は…」と言って待合室の椅子の
方を見ると黒猫は居なかった。
他の患者が二人座っているだけだった。
女性は「黒猫ですか?ここは病院なので…」と言いにくそうに言った。
妙子は「そうですよね…私夢を見たのかなぁ?」と苦笑いをした。
ましてや、先生はナマケモノですか?なんて聞けるはずもない。
また自分だけに見えてるんだと思った。
診察室のナマケモノが気になりながら、また来週来よう。
そう思って病院を出た。
病院を出ると、妙子は空を見上げて、
「和くんごめんね、私どうしていいか分からなかった。
ただ、和くんに会いたくて…
だけど、和くんはいつも私の心の中にいてくれたんだね。
和くん、私もう大丈夫だよ。和くんがこんなに近くにいてくれるんだから。
和くんありがとう」
と、心の中で和樹に話して帰って行った。
病院の屋根の上で、黒猫とナマケモノがそっと妙子を見送った。
次回予告
一週間後整形外科を訪ねた妙子、だが整形外科は取り壊されようとしていた。
ナマケモノ先生にも、もう会えない。
動物たちは妙子の前に突然現れて、突然消えていく。
「もしかして転生?和くんなの…?」
妙子は和樹がいなくなって、一度も行くことのできなかった和樹のお墓参りに、
行く決心をした。
次回もお楽しみに!
最後までお読み頂きありがとうございました。
和樹の死を受け入れることが出来ず、自分の心を誤魔化しながら生きて来た妙子。
ナマケモノに出会ったことで和樹の死を受け入れることが出来た。
心の中に和樹の存在を感じ、大きく前進します。
だが、一方で気になる黒猫の存在、そして妙子の過去、和樹の死を知っていたナマケモノは
和樹の転生なのか?