第1話-フラミンゴと踊る夜-
「ずーっと仕事で悩んでいました。
OL1年目でもう無理かなと思っていました。ずっと1人だなって思っていたんです…
あの夜フラミンゴに会うまでは」
人見知りで、あがり症のOL・飯田妙子。会社にもなじめず、「このままでいいのかな」と悩む毎日。そんな彼女の部屋に、ある夜突然現れたのは……1羽のフラミンゴ。驚く妙子をよそに一糸乱れぬダンス、そして妙子を巻き込んで、なぜかヘッドバンギング、妙子も思わず笑っていた。
その日を境に、妙子のもとには奇妙で優しい“動物たち”が訪れるようになる。鍋の中で社交ダンスを踊るネズミたち。優柔不断な彼女にオセロで判断力を教えるしまうま。妙子の過去の痛みを癒すように、自分の持っている全ての力で、妙子に寄り添うナマケモノ。
そしていつも見守るようにそばにいた黒猫の、正体に涙が溢れる。
あなたに贈る、やさしくて不思議な再生の物語。
読後、きっと誰かに会いたくなる。
終電に乗り込み、妙子(飯田妙子)は座席に深く腰掛けた。
いつもならスマホを取り出し、SNSをなんとなく眺めるのだが、
今日はそんな気力もなかった。 OL1年目を過ぎて、なんとかやってきたけど…
私この会社で大丈夫かなぁ…と弱気になっていた。
電車の振動に揺られながら、思い出したくもないことばかりが頭の中を埋め尽くす。
「はー」ため息が出る。
電車の窓ガラスに映る自分を呆然と見ていた。
その時、妙子の後ろを何かがよぎった。
ピンク色の影、慌てて振り向く。
でも、そこには何もない。
通路を歩くのは疲れきった会社員ばかりだった。
まただ。
妙子はそう思った。
子供の頃からごくたまに、いるはずのないものが見えたりしていた。
大人になってからは、そんなこともすっかり忘れてしまっていた。
疲れがドッと押し寄せてくる。
電車を降り、マンションまでの道を歩く。あ、晩ご飯どうしよう…。
カップラーメンがあったはず。もうそれでいい。そんなことを考えながら足を進め、ようやく自宅マンションにたどり着いた。
その時、黒猫がマンションの前を横切った。
妙子は、気に止める事もなく自分の部屋に向かった。鍵を開け、部屋に入るとソファに倒れ込んだ。
その時だった。
視線を感じる。
ゆっくりと振り向くと。、そこには一羽のフラミンゴが立っていた。
「えっ?」
「なんでフラミンゴ…?」
ありえない。ここはマンションの一室。動物園でもないし、湿地帯でもない。
なのに、目の前には綺麗なピンク色のフラミンゴが、器用に一本足で立っている。
いやいや、疲れすぎて幻覚でも見ているのかもしれない。妙子は目をこすった。もう一度、そっと視線を戻す。
いる!
紛れもなく、そこに。フラミンゴが…そして妙子を見ている。
目が合う。
そらす。
それでもフラミンゴは妙子から目をそらさない
ゆっくりとソファから身体を起こし、座り直す。
すると、フラミンゴが動いた。
右足。左足。右足。左足。時々クロス。
リズムよく、優雅にステップを踏んでいる。
「踊ってる……?」
呆然と見つめる妙子の脳裏に、一つの考えがよぎった。これはSNSにアップしたらバズるのでは!?慌ててバッグに手を伸ばす。
その瞬間。
「えっ、うっそ…⁉︎」
フラミンゴが増えている。
最初は一羽だったのに、今は三羽。そして、その全員が妙子をじっと見つめていた。
一緒に踊れ。
フラミンゴの目がそう訴えている。
「いやいやいや……無理でしょ……」
だが、フラミンゴたちは待っている。
仕方なく、妙子は恐る恐る足を動かす。右足。左足。右足。左足。時々クロス。
すると、フラミンゴが首をクイッとかしげた。
違う。こうだ。
とでも言うように、右足を後ろに高く上げて見せる。
「無理だって! そもそも私とあなたたち、構造が違うんだから!」
思わずツッコむと、フラミンゴたちはくちばしの端を上げて笑った。声は出さないが、目と口元が明らかに笑っている。
なんか感じ悪い。
そう思いながらも、気づけば妙子はフラミンゴの後ろについて踊り続けていた。
右足。左足。右足。左足。時々クロス。
ふと嫌な予感がして振り向く。
「……えーっ? また増えてるじゃん!?」
もはや何羽いるのかわからない。
でも…何羽いるかわからないフラミンゴたちだが、その動きは
一糸乱れぬ動きで見事だった。
凄い!
フラミンゴ、ってこんなに上手に踊るんだ。
妙子は、驚きながらもフラミンゴと一緒に踊ってた。
そのうち、妙子の頭の中を埋め尽くしていた嫌なことがすっかり消えていた。むしろ、楽しいとさえ思えていた。
そして、次の瞬間。
フラミンゴたちは両足でしっかり立ち、一斉に激しくヘッドバンギングを始めた。
「えぇぇぇぇ!??」
バサッ、バサッ、バサッ!!!
ピンクの羽が揺れ、首がしなる。
「ちょと、待ってよ、夜中だよ、近所迷惑!!」
だが、フラミンゴたちは止まらない。
妙子は慌ててリモコンを取り、テレビをつけた。
「ほら、深夜のニュースだよいつもの…..」
ピタッ。
フラミンゴたちは動きを止め、画面を凝視した。
流れていたのは、ペットフードのCM。
画面の中には黒猫が映っていた。
フラミンゴたちが黒猫とアイコンタクトをとっているようだ。
まさかね、…同じ動物だから、親近感⁉︎
妙子はそう思った。
だが、それも束の間。
また、ヘッドバンギングを始めた。
そして、一緒に踊れ!
と誘ってくる。
妙子の体が、無意識のうちに同じ動きをしていた。何がなんだかわからない。
けれど…楽しい…!?
気づけば、妙子は夢中でフラミンゴと一緒にヘッドバンギングをしていた。
こんな自分、初めてかもしれない。
子供の頃から人見知りが激しくてかなりのあがり症。
上司に名前を呼ばれるだけで緊張し、会議では声を出すのもためらう自分が、今、フラミンゴと一緒に全力でヘッドバンギングをしている。
楽しくて、仕方がなかった。
フラミンゴたちも、笑っているように見えた。
「楽しいね!」
思わず口に出していた。
その時だった。
気がつくと、フラミンゴたちは消えていた。
部屋の中は、いつも通りの静けさを取り戻していた。ただ、ソファの上には、疲れ果てた妙子が1人。
立ち上がろうとして
「痛っ!? え、筋肉痛??」
太ももが、ふくらはぎが、悲鳴を上げる。視線を向けると、つけっぱなしのテレビには、朝のニュースが流れていた。
妙子は、消えたフラミンゴに向かって、そっと呟いた。
「私…仕事で悩んでたけど、なんか吹っ切れたよ。」
「ありがとう。」
「でも…筋肉痛、痛いよ!」
くすっ、と笑う
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お読みいただきありがとうございました。
よろしければ、感想などいただければ幸いです。
次回予告
妙子が帰宅した夜。ふと、小さな物音に気づく。
台所の棚の上に置いた鍋の中から、かすかに聞こえる音。
おそるおそる鍋のふたを開けると――
中では、小さな2匹のネズミが、社交ダンスを踊っていた…!?
「フラミンゴの次は、ネズミ!?」
次回も、お楽しみに!
あとがき
最後までお読みいただきありがとうございました。
社会人になって1年目が過ぎた妙子
人見知りであがり症の妙子は
日々の仕事に疲れ悩むことも多い毎日
けれど、そんな妙子の前に突然現れたのは。まさかのフラミンゴ。!?
踊るフラミンゴと過ごした奇妙な夜を経て、妙子は少しだけ何かを吹っ切れた
ようです。
次に出会うのは、2匹のネズミたち
彼らはなぜ妙子の前に現れるのか?
そして
「黒猫は案内人」の意味は?
これからの妙子の物語をぜひ楽しみにして下さい。