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夢の交差点

 

 その日は明け方から降り始めた雨の音で目覚めた。マリスはうすい寝巻きのまま与えられた部屋を抜け出しリューガの部屋に忍び込む。ここに来て三日目、端ないとは思うがエレオノールに宣言した以上確信しなくてはならない。今見た浅い夢を確かめなくてはいけない。


 何年もの時を経て、赤ん坊は少年に少年はやがて青年へと成長し裸の彼女を抱いていた。繋がった体の感触と荒い息遣い、淫夢と勘違いしてしまいそうな内容だが、彼女はそれを契約の儀式と受け取った。忘れもしない まさしくそれは彼のやり方だった。そうして彼女は持て余していた膨大な過去の記憶を受け入れた。


 「前世はお互いに大変だったわね。貴方は記憶を失ったままで、私は呪いで身動きの取れないお荷物。予言を成就させるためにデザインされた人間だと言うのに何も出来なかった。いつか私が死んだ後貴方がどう生きたかを 教えてちょうだいね。」



 マリスは何時もの聖女とは異なる言葉使いでリューガに語りかける。曖昧な記憶が確信へと変わり使命が彼女を進化させた。だがリューガは未だ夢の中、彼女は自分自身に語り掛けているのかもしれない。


 「ミルファー家は英雄、勇者と言われる特別な人々が生まれ落ちる家系よ。その仕組みは定かではないけど

人間の宿敵である悪魔との戦いのための技術ではないかと考えられてるの。もちろん そのことを知る者は少ないわ 、私の知る限り五人に満たないでしょう。」


 窓の外では、西から流れてきた雨雲が浄化の雨を降らせている。


 「正直に言うとあまり期待はしていなかったの。だってミルファー家にはもうすでに二人の英雄がいらっしゃるんだもの。あなたのご両親は既にその位にいらっしゃるわ。」


 "英雄二人の力を持ってしても世界の均等を保つ事が出来無い。"


 その未来に考え至りマリスは呆然とする。自分の甘さに怒りを覚える。


 「何時ものように旅立ちの準備は不充分というわけね。でも今度の契約は私の我が儘を通させていただくわ。

 

 貴方の子供を産んであげることはでき無い、私はあなたの横で戦い続けるから。あなたが死んだら私も死なせて、決して一人で生きることを強要しないで頂戴。貴方が失ってしまった記憶が私には在る、何世代もの積み重なる二人の歴史から解放されていないの。自分の未熟さ故に貴方を死に追いやった記憶から逃れられない。貴方と一緒に死ぬ許可を頂きたいの。」


 そうしてマリスは眠るリューガに口吻た。



 




 テーブルの上に並べられた朝食を見ながらマリスは考えていた。


 やはり自分にはまだ覚悟が足らなかったと。英雄剣聖エレオノールとの関係構築が雑過ぎてこの先の困難を考えるとため息が出る。姉のヴァレリーに懇願され、もしかしたらと淡い期待を持ってやって来た辺境伯領だったが、気付けばすでに歴史模様の中へどっぷり引きずり込まれていた。


 それは、単に彼女の記憶が何世代にも渡る大なる戦いの歴史だったため、簡単には受け入れられなかったことが起因するのだが。秘密を打ち開けられない以上、言い訳にならない。


 まあ、小出しにするならば許されるだろう。パートナーはまだ赤ん坊だし、彼に擦り付けてしまえばいい。


 と考えながら無意識に悪い笑みを浮かべる。とりあえず己の価値をもう少し高めておく必要がある。単にエレオノールとの関係だけではなく、午後から予定されているミストラル達との初顔合わせも視野に入れて。



 「どうしたのかしら?マリスちゃんはいきなり雰囲気まで変えちゃって、まだ何かあるのかしら?」


 目敏く彼女の変化を見逃さなかったエレオノールは問い掛ける。マリスにとっては渡りに船だった。握りしめていた紙片を広げエレオノールに差し出した。植物の繊維を砕いて漉いて作っられた。公文書等には使用できないが、この世界でも普及し始めていた薄手の和紙に近い物だ。



 「これはリューガ様かご自身の流行病の治療に使われた魔法陣です。」


 「あら、なぜそんなものが今頃出てきたのかな?」


なめていたわけではない。ただ

 嘘や誤魔化しは通用しない。


 

 だが、予想以上の展開だった。


 エレオノールはここ数日の出来事を思い返していた。先代の御婦人達相手にちょっと拗れそうな案件もすんなり片付く事になるだろう。

 マリスのことを受け入れてもらい、教団との、特に"深緑の信徒"との繋がりを強固にする一手を打つこともできる。全て偶然かもしれないが規格外の働きをする息子のおかげだ。

 


 "生まれて一か月程の赤ん坊の脳みそでは長くは考えられない、深くも考えられない、複雑な考えもできない。だが、やって来た(おばあちゃんでちゅよう)と彼を覗き込む御婦人達は前世で亡くした妻と同世代(四十代)と思われる、とてつもなく魅力的な美女達を見上げながら考える。


 子供を産み、やがて成長した子供達が離れて行く。母親から再び女に戻った女性の魅力は格別だ。おまけに彼女たちは未亡人。じいじは流行病でなくなったらしい。寂しいね、さぞかしお疲れでしょう。リューガはそう考えながらマリスから教わった魔法の一つを発動させる。


 神聖魔法ヒールだがまだ上手く制御できない彼の魔法は上質なエリアヒールとなり部屋中に星屑のようなきらめきが広がった。


 突然の魔法の発動に護衛の戦闘メイドたちが反応するが穏やかな初夏の夕暮れ時の風を思わせる彼の魔法に浸りながら手を胸に当て跪き頭を垂れる。


 劇的な精神、肉体の変化にミストレス三人は互いの顔を見合わせ確認する。


 「三歳、いえ、五歳は若返ったように見えますが間違いありませんか?」


 前辺境伯第一夫人リズタンテの問いかけに前第二第三夫人の二人は信じられないという顔をして自分の頬を撫でながら頷いた。


 「これは聖女の癒し魔法だと思いますがこれほどの効果があるとは知りませんでした。」


 「まずはお座りください。」


 エレオノールは広い辺境伯家嫡男の部屋に応接セットやテーブルを持ち込み皆が談笑できるスペースを作っていた。ユーゴ本人はいつものように魔法の後のお休み状態に入っている。


 お茶が配られ一同が落ち着くのを見計らったように口を開いたのはマリスだった。


 「お気づきだと思われますが今のはリューガ様オリジナル魔法です。」


 深緑のローブはまとっているがフードは下ろされプラチナブロンドの切り揃えられた短髪とエメラルドグリーンの瞳が印象的な息を飲むような美しい少女に視線が集まる。


 「色々と興味深いこと満載ですが、こちらのかわいらしいお嬢さんはどなたかしら?」


 前第一夫人の問いかけにエレオノールが応じて彼女を紹介する。


 「深緑の聖女三位マリスちゃんです。彼女にはミルファー辺境伯家に入ってもらいリューガの教育をお願いしています。いずれは彼のお嫁さんに成ってもらうつもりです。」


 いきなり爆弾をブッコミ情報量を増大させ一つ一つの話を手短に切り上げさせようとするエレオノールの作戦だった。この領土のミストレスだった彼女達の息のかかった使用人がこの館にも大勢いる事ぐらい解っている。もちろんマリスのこともある程度伝わっているはずだ。情報が漏れ漏れなのも構わない敵対しているわけではないのだから。


 ただ、条件は処理速度極限まで上げて停滞を許さない。幸いなことに責任を分担するはずの第二夫人は王都から離れようとしない、ここでの決定権はリクーラン辺境伯から全権を委ねられている彼女にある。


 「ダークエルフねハーフかな?」


 「その目元と瞳の赤はニコランデル家の血筋ですね。」


 「ほう、ならばワルト・ニコランデルとリリン・マーギュリスの娘か。」


 エレンとの話では、煙に巻く予定がいきなり出自まで暴かれてマリスは目を大きく見開いたまま固まってしまう。


 「ニコランデルの血筋がまたミルファーに入るのは癪に触りますが悪いことではありません、良いでしょう。」


 「母親のことが知りたければ今度私のところに来るといい。あいつは長命なのをいいことに自由すぎる。」


 そう言ってくれたのは前第二夫人ダレン・グーナ、冒険者時代一緒に旅をした仲だと言う。


 「でも、あなた赤ん坊の婚約者なのに嫌がってはないわね。きっと何かあるのね。」


 前第三夫人ナナリットは預言者と呼ばれる投資家で戦費で傾いていた辺境伯家を立て直したのは彼女の才覚だ。


 「でも教団が簡単に彼女を手放すかしら?」


 大陸中の多くの国々で信仰される教団だが聖女と呼ばれる特別な存在はマリスを含めて七人しかいない。たが教団を構成する三つの組織の中で聖女が三人居るのは'深緑の信徒'のみ。エレオノールは深緑の聖女一位ワーデルの裁量でどうにでもなると踏んでいた。


 「すでに大量の魔石を早船に積み込み出航の準備はできています。」

 

 辺境伯家の金庫番であるナナリットが小首を傾げてエレオノールを見る。


 「私のへそくりをかき集めました。」


 「あら興味あるわね、貴女のへそくり。」


 「もうご存知なのでしょう?」


 「ふふふっ、あなたの男前っぷりを褒めてあげたかったのよ。」


 呆れ顔のエレオノールにナナリットは笑って応える。


 だがここからが本番だ。


 「お母様方にはこの書類にサインをしていただきたいのですがいかがでしょう?」


 そう言いながら一枚の契約書を三人の中央部に座るリズタンテに手渡す。その契約書の内容を要約すれば(ミルファー辺境伯家で開発された流行病の特効薬及び治癒方法の権利を深緑の聖女一位ワーデルランテに譲渡する。)


 「あるのですか?」

 

 緊張した声でリズタンテが問いかける、大陸中で猛威を振るいこの国の先代王を含む多くの王侯貴族にもその被害は及ぶ流行病だ。一時期の勢いは衰えたとはいえ感染経路の特定できない高い致死率を持つ病の治癒方法だ巨万の富を生み出すことになるだろう。



 "先ほどの朝食中のエレオノールとマリスの会話はシンプルなものだった。


「魔法を完成させてお渡ししたかったのですが、私の知識では補えない部分が存在します。ミストラル様達のお知恵を拝借できないかと愚考いたしました。」



 「まあ、聖女様ったら戦略家でもあらせられるのね。いいでしょう彼女達も早々に引きずり込んでしまいましょう。」


 二人は少しだけ悪い笑みを浮かべながら、互いの目を見て頷き合った。"


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